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第42回 新名徹郎

―NSCでは漫才コンビを目指されて?

新喜劇の幕開きの芝居で、特に川畑さんとかに新喜劇の笑いの作り方というのを、勉強させてもらいました。
幕が開いてすぐ、お客さんはい、学祭の時の気持ちが忘れられず、ずっと漫才をやりたかったんで。
入る時に、ちょうどその年にM-1が始まって、NSCからも全員出ろと。

最初に組んだ子と出たんですけど、全然ウケなくて。
お互い「そりゃそうやろ」と解散しました。
M-1終わった時に、生徒が半分減ったんです。
25期は今まで一番生徒が多くて、大阪だけで800人くらいいたんです。

(ええっ!? 800人?)
夏にM-1始まって終わったら、みんな壁にぶち当たって、生徒が半分に減ってました。
それでもまだ400人くらい残ってたんで、僕も色んなクラスを見に行って、相方を捜してました。
違う相方と組んで、しっくり来ないなと思って解散して。

次くらいの時かな? 安井まさじと組んでるんですよ。
1か月だけ。
安井まさじもM-1終わって解散して、また次のコンビ組んで解散して。
僕も「ダ・ヴィンチ」組むまでに5人くらいと解散してるんですが、その間の1人に安井まさじが入ってます。

(そうなんですね!新喜劇トリビアですね~)
昔から仲良くて、同じクラスで、まさじの方が
「新名、やれへんか?」
と誘って来てくれて。

いろんな奴から聞いたら、その当時、みんなボケで入って来てるんですよ。
僕みたいにツッコミやりたくて入って来てる奴はなかなかいてない。

で、やってみたんですけど、僕は漫才やりたい、まさじは千原兄弟さん好きで入って来てるんで、結局コントがやりたかったんです。
まさじもいい奴なんで、僕の漫才に付き合ってくれてたんですけど、考えてくるネタはコントばっかり、僕は漫才ばっかりで。
まさじが
「新名、コントやりたいんでゴメンな」
で解散。

その後、何人かと組んで、12月、1月くらいですかね。
(釜口育と)「ダ・ヴィンチ」を結成したんです。

相方も解散してピンでやってたんです。
インパクトのある顔やし。
僕は今もですけど、フットボールアワーさんの漫才がホンマ好きやったんで、憧れるじゃないですけど、後藤さんと岩尾さんみたいな感じでやろうと。
6年目くらいに解散しましたね。

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