MBS 毎日放送

目次

第15回 未知やすえ

―漫才師としてのスタートは?

ちょうどプロの漫才ブームが終わって、素人の漫才ブームが来てました。
東京で「お笑いスター誕生!!」(1980年4月~86年9月NTV)とか、「笑ってる場合ですよ!」(1980年10月~82年10月CX)にも素人の参加枠があったんです。
あと小さいイベントに呼んでもらったり。

高校3年生の間は賞金稼ぎじゃないけど、お小遣いが稼げるくらいでした。
「笑ってる場合ですよ!」では、学校を休んで行かないとダメで、初めて東京のホテルに泊まらせてもらいました。
晩ごはんも朝ごはんも出るやん!東京うろうろ出来るやん!で、すごい楽しくて。
その時もたまたま5回勝ち抜きのチャンピオンにさせてもらって。
ほんとに「素人名人会」で名人賞を取ってなかったら、漫才はやってなかったです。

高3になって「就職どうしよう?」となったんですが、「絶対プロになる」と言って、2人で吉本に入ったんです。
学校を卒業して4月1日から10日間、うめだ花月の出番だったんですが、プロになったとたん、お客さんが笑ってくれなくて。
「なんじゃこれ!?プロってこんなに厳しいんや!」って(笑)。
やってたネタも高校生の時に作ったネタだったんですが。
最初の頃は奨励賞とかでしたけど、賞もいただいて頑張れてたんですが、だんだんウケなくなってくるし、3年弱くらいして、相方が辞めると言い出しました。

  • 戻る
  • 次へ

/

バックナンバー

× 閉じる