第56回 瀧見信行

新喜劇は、サボりの僕を変えてくれる場所かも知れないです。


―NSCの24期ですが、お笑いを目指されてたんですか?

そうですね。中学校2年生の修学旅行でクラスメートと一緒に漫才をやったんですよ。その時に、めちゃくちゃ受けて。あ、これでご飯食べて行けたら、俺、生まれて来てよかったなって思いながら死んで行けるやろなって、思ったんですよ。それです。
(その時、生涯お笑いをやると?)
そうです。その頃は俗に言う目立ちたがり屋というか、前に出たい生徒でしたね。先生にも授業中、「黙っとけ!」ってよく怒られてました。高校でもクラスメートと文化祭で漫才させてもらいまして。高校1年の時だったと思うんですけど、高2、高3の女子が、人生で初めて教室にまで僕を見に来たというか。
(へえ~)
それまでは一切、そんなことなかったんですけど、初めてそんな経験しましたね。

―NSCに入られたのは?

19歳の時です。高校卒業して1年、入学金とかお金を貯めて入りました。
(NSCは同級生と一緒に?)
いえ、僕1人で。相方も一応誘ってみたんですけど。「俺はちゃんと働きたいんや」、と。
(現実的ですね~ご家族には?)
ずっと黙ってました。お笑いやっているって言うたんは、5年位前です。
NSCの時には、バレんように願書送って。合格通知が届くのを待って、一番にポスト開けて。すっごい真面目な家だったので、大学行けへんというと、親戚中から「はあ!?」っていう感じでしたね。小学校の時から家庭教師もついていたんで。
(めちゃめちゃ厳しいじゃないですか)
だから言えなかったんですよね、ずっと。祖母も「なんでもいいから学校と名前が付くところに行って欲しい」って言うてましたし。通うのも内緒で、バイト行くふりをして通ってましたね。

―NSCでは?

相方を見つけてコンビ組んで漫才とかコントとかしてました。
(デビューとかは?)
まったくなかったですね。学校時代は担任の先生のモノマネをしたりしてウケていたので…浅はかでした。
(お笑い番組は見られてました?)
それもね、見せてもらえなったんです。当時、「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ)とかあったんですが、全然見せてもらえなかったです。次の日、学校で話題になるんですけど、僕だけNHKの大河ドラマしか見てなくて。そんな家でしたね。「バラエティー見てたらアホになる」というような家庭やったんです。ただダウンタウンさんのビデオをこっそり借りてきて、見たり。テレビが1台しかなかったので、CDラジカセでラジオをずっと聴いて、ハガキを出したりとかしてました。

―NSC卒業後は?

NSC卒業してから、結婚式の2次会の幹事を代行する会社があったんですけど、そこで2次会の司会のアルバイトをしてました。何年かやっていたら、「お前、なかなかエエやないか」と、当時の大阪支社長の方に言うていただいて、「良かったら、バイト感覚でうちの会社手伝ってくれへんか?」と言われて、「平日全然ヒマなんでいいですよ」と言うて、3か月後くらいですかね、いつの間にか、僕が大阪支社長になってましたね。
(はははは~)
あれよあれよと言う間に、上手いこといって。気づいたら、社員の入社面接とかやってました。
(就職じゃないですか)
そうなんですよ~。全然食べていけてました。今より5~6倍給料良かったですね。
(それを捨てて?)
やっぱり、お笑いしたいな、舞台に立ちたいなと。中学校の時の思いですね。人を笑かして、お金もらいたいなというのが、ずっと根っこにあったんで。すみません、とお断りして。結局、アルバイトから5~6年はやったと思うんですが。吉本にも所属してなかったんで、音楽ライブの司会とか、いろんなことやってましたね。

― 一念発起して新喜劇へ?

はい、新喜劇に入りたいなあと。漫才コンビを組んでみて、まわりがすごかったんで、これはもう漫才の世界では勝たれへんな、と痛感してました。今度はお芝居に挑戦出来たらなと思って、金の卵7個目で、受かりました。
(どんなオーディションを?)
書類審査があって、2次は特技、なんでもいいからやってください、と。僕は、尼崎のラジオ局に自分で電話して、「DJやりたいんですけど、オーディションしてもらえませんか?」と言って、経歴を送って合格したことがあって、「1人でしゃべるのが得意なんで1人で喋らせていただきます」と、ラジオのDJ風に喋らせてもらいました。
(なんか、どうとでも生きて行けそうですよね~)
いえいえ、そんなことないです、そんなことないです(笑)。アホなんです。
(手ごたえは?)
もう、全部不安で。書類から不安でした。毎回、「行けた~良かった~」って感じでした。

―新喜劇に入られて戸惑われたことは?

動き、ですね。いまだに怒られるんですけど、「人の前を通るな!」って。当たり前のことやなと思って。次に僕が喋らなあかん時に、後ろから通ったら、「後ろから通るな!」と怒られて。お芝居なんで、「どっち向いて誰にいうてんねん!」って怒られたり。まだまだ、まだまだ勉強中ですね。
(オープニングの常連ですね)
ネタを考えて、よっしゃ、これでいけるど! 完璧や! ウケるイメージも完璧や! と思ったネタがスベった時、うわーっと思いますね。「なんでや~!?」って。またすぐ次の舞台があるので、どうしよ、どうしよと、考えて考えて、でも2時間ちょっとしかないので、これで行くしかないな、これで様子見よというのが、バーンとウケたり。「なんでこれでウケんねん!?」って。まだまだわからないですね。

―初舞台は覚えてますか?

覚えてます。すっちーさんの座長で、金貸しの役やったんです。むしろ浪花の商人みたいに「まいど!」って出てきて、「えらいコテコテの人やね~」みたいなキャラクターでした。緊張しすぎて細かいところはあんまり覚えてないんですよ。そろばんを持つ手が震えて、カタカタ鳴るんで、慣れるまで持たずに舞台に出てましたね。土曜の収録でも初日くらい緊張して。セリフは「北浜の方で商売させてもろてます」と言うだけやったんですけど、すっちーさんからアメをもらって、握ったとたんに手が震えちゃうんで。
(え~そんなに)
すぐポケットの中にしまうんですよ。持ってることも出来ないくらい。でも、今のところは大きな失敗はないですね。ないんですけど、夢で…夢で新喜劇のテーマソングで幕開いて出て行ったとたん、「こんなセット知らん!」という夢をよく見ます。
(え~よく見るんですか!?)
うなされますね。「夢で良かった!」というのが、よくあります。ドッキドキしながら目が覚めます。
(健康によろしくないですね~)

―新喜劇のことをよく教わった先輩は?

川畑座長から「とにかくお前はサボるな!」って(笑)。月曜日の夜に新喜劇のリハーサル、火曜日に本番という時に、営業が日曜日まで広島であって。台本をいただいていて、オープニングもこれでウケるやろというネタを考えたんで、僕だけ、新幹線の乗車変更してホテルを取って、ひとりで広島で飲み歩いてたんです。で、リハーサルは夜やから寝る時間もあるわと思って、月曜日の朝帰ったんです。そしたら、川畑さんから「お前ちゃんとオープニング考えたんやろな」と言われて、こうこうこうでと説明したら、「それで初日やってみろ」と言われて、見事にスベりました。「な、お前らくらいの奴が、台本もらってから、泊まって、飲み歩いて、遊んで、何しとんねん! なにさぼっとんねん!」。超当たり前のことなんですけど…。
(意外に真面目じゃないんですね(笑))
真面目じゃないんですよ。サボるんですよ、僕。
(真面目な家だったのに…)
そうなんですよ。しんどいこと、すぐ逃げたいんです。だから、諸見里くん、新喜劇では先輩なんですけど、芸歴では後輩で、飲みに行ったら、「瀧見しゃん、絶対サボったらダメでしゅよ、みんな言ってますよ」って、諸ちゃんはちゃんと言うてくれるんですよね。あと、「袖行ったら、ちゃんと先輩の出番見ないとダメでしゅよ」って。
(諸見里さん真面目ですよね)
めちゃくちゃ真面目です。信濃君にも怒られますし…。諸ちゃん、信濃君、僕の宝物ですね。怒ってくれる。
(怒ってくれる後輩がいるって…)
めちゃめちゃありがたいんですよ。信濃君とかに、ネタの相談とかも行きますし。新喜劇歴は浅いんですけど、変に芸歴だけ長いんで、周りの後輩たちもみんなやりにくいかなと思ってたんですけど。藍ちゃんも「かぶってますよ、おっちゃん、前出てしゃべりや」とか言うてくれたり。ありがたいです。ほんとに。
(みんなから突っ込まれる先輩なんですね)
そうですね。基本的に、「瀧見のおじさん」って呼ばれてます。35歳なんですけど、動きとか、おっさんなんでしょうね。

―この先どんなところを目指されて行こうと?

僕は「待ち」なんですね。誰かに何かされて、「やめろや!」という。永遠にいじめられて行きたいなと思います。いじられて、ナンボじゃないと。自分から笑いを起こしてとかは、もっとすごい方がいっぱいいてるんで、勝たれへんやろな、と。リアクションで勝負かな、と思っているんですけど。

―あの「千を出せ!」のネタはいつ頃から?

これは1年くらい前ですね。一番初めは内場さんが言うてくれはったんです。「千と千尋のカエルやないか」って。僕、知らなかったんですよ。「千と千尋」は知ってたんですけど、「千と千尋のカエル」ってどんなんなんやろ? と。そしたら内場さんが続けて、「千を出せ、千を出せ」。それを僕が真似したら、皆さん、笑っていただけて。「何やろ?」と思って、すぐ、レンタルビデオ屋さんへ走りました。
(最初に振られた時、わからなかったんですね)
知らなかったんです。一応、「誰がやねん!」と言うといたんですけど、「カエルなんて出てきてたかなあ?」っていうくらいのイメージやったんです。
(さすが、内場さんですね~)
「爆買いの中国人」と言うてくれはったのも内場さんです。今、旅行に来られる方も多いんですけど、食券システムのお店に後輩と入って、「先に席とっておくわ」って座ろうとしたら、店員さんから「チケット、プリーズ!」って実際、間違えられたことがあります。
(あははは~)
そんなん、よくありますね。「テイクアウト、OK!」って言われたり…。すっちーさんが「爆買いの中国人」、「1人でバッファロー吾郎さんですね」、「千を出せ!」の3つ全部いじってくれはる時が、たまにあるんですよ。その時は嬉しいですね。

―今、3年目。目指してる先輩はいらっしゃいますか?

烏川兄さんですかね。お芝居もしっかり出来はりますし、ツッコミもボケもなんでもやりはるし、いじられた時の対応とか、めちゃくちゃすごいな、うまいな~と思いますね。面白いですね。
(ほかには?)
川畑さんは、僕とは舞台上では種類は違うと思うんですけど、若手に力をすごく入れてくれてはる人というのを感じます。そういう先輩にならなあかんな~って。今もずっとノーギャラで週1回、若手対象にレッスンをしてくれてはるんです。貴重な時間やのにすごいな~と思って。
(どんなことをされるんですか?)
オープニングのネタを。設定は喫茶店。男の子2人女の子2人、4人でチームなんですけど。主役を呼び込むまでのオープニングの中の動きのこととか、ボケのこととか、すぐに舞台に直結する、レッスンですね。これも川畑さんに教えてもらったことですが、オープニングには、新喜劇が全部つまっている、と。極端な話、オープニングが出来たら新喜劇出来るといってもええと思う、と。だからとにかく、オープニングで頑張って、「瀧見、そろそろ」と何か役をいただけるようになっていかなあかんな、と思います。見に来てくれたお客さんに、オープニングで楽しませて、新喜劇が始まったなというところで、座長とか先輩の皆さんを呼び込めたら最高かなと思ってます。

―今の瀧見さんにとって、新喜劇とは?

サボリの僕を、変えてくれる場所、かもしれないですね。一度出番をいただいたら、幕があがるまでにそのネタを考えないといけない。そのネタがあかんかったら、次の2時間、3時間後にはまた新しいモノを考えないといけない。どんどん、どんどん常に考えとかないといけない。僕、そういう裏の努力とか、全然出来ないんで。今、人生で一番頑張っているかもしれないです。新喜劇に入れていただいて。
(もともと宿題やらないタイプですか?)
要領よくやらないタイプですね。これやらんでも大丈夫やろ、なんとかなるやろという。でも舞台は全然そんなに甘くないんですね。

―趣味とかプライベートでハマっていることは?

たまに僕、レザークラフトをやるんですよ。財布作ったりとか、小銭入れ作ったりとか。
(アートですね)
無になれるんですよね。メッチャ簡単なんですよ。張り合わせて財布を作ったりするんですけど。ネットで珍しい革とか取り寄せて。
(はじめられたきっかけは?)
もともと趣味がなかったんですよ。何かないかな~と思ってたら、たまたま知り合いがレザークラフトをやっていて、「自分の手作りやねん」って見せられて、あ、財布を自分で作れたらいいなあって。昨年とか(2015年)は全然仕事なかったんで、1つ作りました。半年くらいかかって二つ折の財布作って。
(ほかには?)
あと、裁判の傍聴へ行きますね。お芝居じゃない、リアルな人が見たいなと思いまして。新喜劇のお芝居にもどっかで活きてくるやろなと思うんです。弁護士の方も、淡々と鋭いこと言うなとか、そんなん見るの楽しいですね。民事も刑事も両方行きます。
(いつ頃からですか?)
2年位前からですかね。お知り合いの方に傍聴面白いよ。今度一緒に行こうよって誘って頂いて。こんなに面白いんやと。こんなリアクションするねんやとか。僕、けっこう、人を見るのが好きなんで、よく周りの人に「見すぎや」って怒られるんです。ケンカしてる人がおったら、絶対見に行きたいですし。ラブラブしてるカップルがおったら、近くでどんな会話してるのか聞きたいですし。
(カップルを見てるのは違う意味で怪しいですけど…)
飲みに行くのも好きなんで、広島にわざわざ飲みに残ったのも、広島の人ってどんな喋り方して、どんな会話するねんやろ、ということに興味があったんです。
(人を見るのが好きなんですね)
じっと見てしまいますね。何もかも忘れてしまいます。テレビ見てるような感覚です。他人がどんなことに関心を持っているのか、とか。すごい興味あります。
(哲学者みたいな感じ…)
いや、いや(苦笑)、そんなええもんやないです。ただの人見てる…
(おっさん?)
誰がおっさんや!(ツッコミ)ありがとうございます!

2016年12月5日談

プロフィール
1981年7月12日 大阪府生まれ。2001年 NSC大阪校 24期生。金の卵オーディション7個目。