MBS(毎日放送)

第103回 佐藤美優
(さとう・みゆ)

寝ずにセリフを覚えるのも全然苦じゃないし、楽しいです。

―東京ご出身で金の卵11個目ですが、お笑いは好きでしたか?

趣味というか、お笑いは好きだったんですが、職業にしようとは全く思ってなかったです。役者を目指したくて、東京で芸術科のある高校に通って、卒業したら、そのまま事務所とか劇団に所属するって自分では思ってたんです。
(どんな俳優さんを目指されてました?)
もともとはコメディをやりたかったんです。ラブコメとかアクションコメディとかがすごく好きだったので、そういう分野で活躍できる役者さんになりたいとずっと思ってました。最初、新喜劇とは全然思ってなかったので、まさか、まさかです。

―新喜劇に興味を持ったきっかけは?

ホントに申し訳ないんですが、新喜劇は見てなくて。初めて見たのは、小さい頃にルミネで1回観たくらい。その後、高校の校外学習の時に「ルミネtheよしもと」で新喜劇を見たんですよ。自分の中でちゃんと意識を持って新喜劇を見たのはその時が初めてで。それがきっかけ、ですね。
(どんな新喜劇でした?)
辻本さんの茂造でした。コメディ系が好きだったというのもあって、お笑いを通して伝えるメッセージ性とか、そういうのが自分の中でドンピシャだったんです。その時に「あ、これだ!」って思ったんです。でも自分の中では葛藤もあって、すぐには決断できなかったんですけど。自分に人を笑わせることが出来るのか、悩んで。でも、ここで諦めて、のちのち後悔するのは嫌だなと思って、高3の時に決断して、金の卵オーディションの書類を送りました。
(すごい決断ですよね~)
お母さんとかがものすごく応援してくれて。精神面ではフォローしてくれたので、気持ちは楽でした。
(お友だちには?)
内緒にしてたんですよ。受かるまで誰にも言わずに。結局、受かったことを伝えた時は、そんなに驚いてなかったです。「美優なら出来るよ」みたいな感じだったので、それがすごくうれしかったです。

―オーディションはどうでしたか?

2次審査で特技披露があったんですが、私、特技がなくって。目を二重から三重にするっていうくらい(笑)。それって受かる気もしなくて。何かやらなきゃと思って。その当時、学校で習ってた「ME&MY GIRL」というミュージカルの中に「顎で受けなさい」という曲があって…。
(え!?アゴ?(笑))
はい、そうです(笑)。その歌詞が、女の子が悲しい気持ちを押し殺して明るく振る舞う、みたいな感じだったんです。どこか新喜劇に通じるものを感じたので、それを歌おうって。特に歌が得意でもなく、歌いたくて歌ったんですけど。私のひとつ前の方が、ものすごい歌が上手くて、しかもフラフープを回しながら歌うという特技を披露されたので、その時は「私、落ちたわ」と。そのくらい自信はなかったです。審査員の皆さん、うつむきがちに聞いていらして、手ごたえもなかったし…。「あ~もう、終わったな~」と思いました。2次は「なんで受かったんだろう?」って、疑問の方が大きかったです(笑)。

―3次審査はお芝居ですね。

審査の2日前に台本が来て、電話で社員さんが、「セリフは全部暗記して来てください。関西弁でお願いします」って。読んだ時に、関西弁が不安だったんです。私、本当に暗記するという作業が苦手なタイプなんですよ。台本に女性が3役くらいあって、一応、頑張って覚えて行ったんですけど、関西弁もひどかったし、感情も思うように出せず…手ごたえは全くなかったです。そこでも「落ちたなあ」って思いながら、新幹線に乗って帰りました。
(でも、受かられた?)
なんでなんですかね~(笑)自分の中では疑問です。でも、さすがに3次合格は、うれしさが出て来ました。最後の4次は意思確認で、「辞退するなら1週間以内に連絡ください」という感じで終わりました。実は私、新喜劇に受からなかったら、NSCに通おうと思ってたんです。
(あらま!?)
NSCの入学願書もオーディションと同時進行で送ってたんですよ。ちょうど、NSCの入学金振り込みの〆切日に「今日振り込みます」と電話したら、ほんとに数10分後に新喜劇から3次合格の電話がかかってきたんです。だから、「あぶな~い!」と思って(笑)。NSCは辞退させていただきました。
(間一髪でしたね~(笑)大阪に来られていかがでしたか?)
いや~もう、全てが別の国にいるみたいな感じでした。ほんと、海外みたいな感じで。言葉とかもそうですし、ノリとかも。今まで経験したことのない世界だから、すごく新鮮で。今でもそうです。お芝居に欠かせない会話とか、日々勉強という感じで街を歩いてます。

―初舞台は覚えてますか?

覚えてます! デビューライブが終わって間もなく、祇園花月の川畑座長の週でした。オープニングで同期入団の伊丹祐貴さんと旅館に来たカップル役で出させてもらいました。それまで東京の世界しか知らなくて、関西のノリとか全く知識がないまま舞台に立ったので、すごく浮いてたと思います。ちゃんとなり切れてないな、というのは自分でも思ったし、見てる方も「あの子、ちょっと」と疑問に思ったと思います。それをカバーするくらい伊丹さんが演技力のある方だったので、安心感がありました。
(ボケにも挑戦されました?)
やりました。オープニングネタは自分たちで考えるんですが、私はその時は全然考えられず。伊丹さんが、いろんなものを持ってきてくださって。その1週間「こんなにやるの!?」っていうくらいやりましたね。
(手ごたえは?)
その週では全く。自分がボケのセリフを間違えちゃいけないとか、立ち位置間違えちゃいけないとか、意識しなきゃいけないところに集中しすぎて、お客さんの反応は全然見られなかったです。

―NGKでの初舞台は?

すっちー座長の週で、「すち子の、ティアラを奪え!」というジュエリーショップが舞台の話で、私は浅香あき恵さん扮する社長の秘書の役で出させてもらったんですが、稽古の時にすっちーさんだったか、「めっちゃめちゃ声でかいなあ。ハキハキしてるやん。メチャええやん!」と言っていただいて。私、声が大きいことしか自分の中で自信がなかったので、すごくうれしくて。初日から全力で、「声だけはちゃんと出そう」って思いました。不安もある中で、それはほんとにうれしかったですね。

―印象に残る役はありますか?

私の中で印象的だったのは、すっちーさんがカメラマンに扮した「須知井留さんと二人の幽霊」というNGKの舞台で、最後に1分くらい、ちょこっと出るだけの役だったんです。筒井亜由貴さんと夫婦で、織田信長子という役で。
(ふふふ、織田信長子…)
子どもが11人いて12人目がお腹にいる妊婦さんで、ちょっと普通じゃ考えられない役じゃないですか。最初、普通のお芝居したんですけど、幕が下りてから、須知さんに「もうちょっとヤバい奴でやってみて」みたいなことを言われて。その時は元気よく「はい!」って答えたんですけど、家に帰ってから「ヤバい奴って何だろう?」と、自分なりに研究しました。次の日、思う存分やってやろうと、全力で「ヤバい奴」をやったら、須知さんから「いいじゃん!」って言ってもらえて。それがすごくうれしかったんです。で、もっともっとヤバい奴になろうと思って、次の公演もさらに、その次もさらに、で、1週間終えたんです。その役で自分の中の殻が破れたというか、今までのマドンナ系のオープニングとかきれい系とかでやってたものとは、全然違う役で。その反面、もっと出来たんじゃないかという悔しさもありました。そこから自分でネタを考える役とかもやらせてもらったりとか。自分の中でターニングポイントだったんじゃないかな、と。
(ヤバい奴って、どんな感じだったんですか?)
わははは(笑)。とにかく動きを大げさにやるという…。
(島田珠代さんみたいに?)
そうです! 珠代姉さんとかまりこ姉さんの新喜劇をその日の夜に見まくって。しゃべり口調とかも大げさにして、勢いでやったりとか。そのくらいしか出来なかったんですけど。
(一晩で変えれるというのはすごいです)
いや~もう、必死でした。

―昨年(2020年)は新型コロナで劇場が閉鎖した期間もありました。その間のモチベーションは?

それこそ、あの期間は自分にとっていい期間だったというか…世間的には良くないですけど。立て続けに吸収しなきゃいけないことがいっぱいあったので、その間に自分の中でいろいろと整理出来たんです。もともと私は新喜劇のお芝居を映画やドラマに持って行きたいなと思ってて、新喜劇はお芝居の勉強をする場所と、ずっと思ってたんです。その期間にたくさん映画やドラマを見ていく中で、「あ、このお芝居新喜劇に使えるかも?」とか、軸を置く場所が逆になったんです。新喜劇に長くいるにはどうすればいいか、とか。そういう自分自身の整理、自分がどうありたいかっていう、ことを考える時間になったので、それ自体がモチベーションアップだったのかな、って思ってます。

―セリフを覚えるのは苦手と言われましたが、新喜劇は本番までがすごく短いですよね。

今でも慣れないです。覚える作業が得意じゃないので、必死ですね。寝ずに覚えるのは日常茶飯事みたいな。それは全然苦じゃないし、楽しい。それを苦しいなとは全然思わないので。ただ早く順応していきたいなと思ってます。2、3回読んだら覚えちゃうくらいのスペックは手に入れたいなと、常日頃思ってます。
(お芝居、お好きなんですね)
ほんとに好きですね~やっぱり。でもその分、うまく行かないと悔しい気持ちはあります。
(お芝居の一番の魅力は?)
やっぱり、普段できないことが出来るところ、ですかね。普段経験できないことや、やっちゃいけないことが舞台上では許される、フィクションだからという面で。思い切り出来るというのが魅力なんじゃないかな、と。

―舞台上での失敗とかありますか?

それこそ、つい最近も祇園花月の舞台で定番のカバン叩きの時に、台本に「○○ちゃん、かわいいから」と言われて、「いややわ~」バン!って顔を叩く芝居があったんですけど、相手役の方が、「メッチャきれいやわ」って言ったんです。私は台本通り、「かわいいやなんて、いややわ~」って言っちゃったんですよ。そこは、やっぱり指摘を受けまして、「あ、そうだ、相手のセリフちゃんと聞かなきゃ」って思ったんですが、2回目の時も、おんなじことしちゃったんです。その時は、相手のセリフが聞けてないな~と思いましたね。
(けっこう、新喜劇ってアドリブも多いじゃないですか)
そうですね。普通の舞台でも相手のセリフを聞かなきゃいけないっていうのは絶対なんですけど、特に新喜劇って前の人のセリフをちゃんと聞かなきゃいけない場所なんだな、というのを再確認しました。
(大阪弁には慣れました?)
いや~もう、ぷっふふふふ(苦笑)…ダメですね~。難しいです、やっぱり。正解がよくわからないです。コテコテの関西弁もあれば、控え目の関西弁もあって、それがごっちゃになるとまた気持ち悪い感じもあるし。まだまだ勉強不足だなと思います。自然に出てくるようになったらいいですね。
(大阪にどっぷりつかってください(笑))

―印象に残る先輩からのアドバイスとかは?

たくさんあります。いろんな言葉をかけていただいてます。あるアドバイスの言葉が心の中にあるんですけど、その言葉は自分がちゃんと成績を残してから、それがちゃんと形になってから、言いたいなというのがあります。自分がちゃんとした新喜劇座員になった時に、また言いたいです。
(座員の中でよくお話されるのは?)
ひとつ上の曽麻綾さん。やっぱり人柄も素晴らしいし、努力家の方なので、自分も頑張らなきゃというモチベーションを与えてくださる方です。いつもお世話になってます。
(曽麻さんは日本語から勉強された方ですよね)
そうなんです! ほんとに凄いなと思います。自分が関西弁出来ないっていうくらい、もっと頑張れるのにと思わせてくれる人ですね。日本語からって、凄いです、ほんとに。努力って報われるんだなと思います。

―新喜劇に入って良かったと思うことは?

やっぱり、素敵な方に出会えたことですね。今、新喜劇にいらっしゃる方って、人情がある、誰かを思う気持ちとかにあふれてる方がいっぱいいるから、自然と自分もそういう意味でのいい人になれるんじゃないかな? と思います。それは自分の中で入って良かったなあと思うことですね。そんなすごい人たちの中で、自分自身が浮いてないかな、お芝居ちゃんと出来てるかなという不安はあります。でも、これって良くないんですよ。
(良くない?)
謙虚な姿勢って大切だと思うんですけど、卑下するのは良くないことだと思ってるので。そこは自分に自信を持ってやっていかなきゃな、と思ってます。

―この先、やりたい役は?

これからいろんな経験をする中で変わっていくかもしれないですが、現段階でやってみたいのは上品でおしとやかなマドンナ役とか、それとは対照的なパンチがあったり、クセのある役で、ギャップで笑わすことが出来るような、そんな役で新喜劇に貢献できたらいいなと思います。
(これからの抱負をお願いします)
毎週、NGKの舞台に立っていられる新喜劇座員になりたいし、なるために頑張ろうと思います。私自身、新喜劇から影響を受けたから、私もNGKの舞台に立って、たくさんの人に笑いや感動とか、なにか人に影響を与えられるような座員になりたいなと思ってます。

―大阪の生活で、今ハマっていることは?

薬膳スープですね。一時期、体調が良くない時があって、疲れなのかわからないんですけど、舞台人として良くないと思い、ネットで調べたんですよ。「体調不良」「改善方法」って。身近で出来ることとが食事の改善で、薬膳がすごくいいと。NGKの近くに麻辣湯(まーらーたん)のお店があるんです。お姉さん方も連れて行ってくださる店で、薬膳なんです。それが結構好きだったので、薬膳を家でもやってみようかなと思って始めたら、すごく今、調子が良くて…。
(へえ~そうなんですね。お気に入りは?)
ちょっと辛めなのが好きなので、山椒やコチュジャンとか豆板醤を入れた薬膳スープに今ハマってます。あと野菜は家にあるもので。えのきとか白菜とかサラダに使った残り物のレタスとか。具材は何でもって感じですね。
(残り野菜で出来るのはいいですね)
是非とも。皆さんにお勧めしたいです!

2021年4月23日談

プロフィール

2000年10月16日東京都出身。
2019年金の卵11個目。

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