第48回 酒井藍

保育園の頃から、ずっと新喜劇一筋でした。


―もともとお笑いを目指されたのは?

私、もう保育園の頃から新喜劇に入りたいと思ってました。
(そんなに早くから!?)
そうですね。ずっと新喜劇に入りたいという気持はありましたね。高校を卒業する時に、大学に行くか、吉本の養成所のNSCに行くか、悩んだんです。で、親に相談したんですよ。お父さんとお母さんに。そしたら、「アホなこというな、大学行け!」と。行きたい大学なんてなくて、やりたいことはお笑いしかないのに、大学行ってもなあと思って、「それなら働きます」っていうて、働くんだったら公務員になろうと思って、1年専門学校へ行って、公務員になりました。

―その公務員というのは?

奈良県警の事務なんですけど。でもやっぱりやりたい気持ちは変わらなくて、公務員やっている時も、ずっと毎日手帳に「新喜劇に入りたい、新喜劇に入りたい」って(笑)ほんとに、ホラー映画のように書いてました。
(まさか警察手帳?)
いえ、私、職員なんで手帳はないんです。奈良県警の職員もすごい素敵なお仕事で、好きやったんですけど、やっぱり私がやりたいのは新喜劇やなと。逆に違うお仕事することによって、(新喜劇への思いが)より大きくなったというか。それでこっそり、オーディション受けたんです。
(受けてから仕事を辞められてますよね)
そうなんです!(笑)こっそり受けてて。警察職員になって1年半くらいの時に、オーディションがありまして。お父さんとお母さんも知ってたと思うんですよ。ずっとやりたいと言ってましたし。1年くらい黙ってたんですけど、ある時パソコンに「金の卵オーディション」の画面を立ち上げて、知らんふりして、お父さんにスーッと見せたんです。そしたらお父さんが「ええ加減にせえよ! そんな簡単なもん違うから、受けてみろっ!」って。で、受けたら、ラッキーなことに受かって。お父さんはそこから反対出来ずでした。

―ず~っと、新喜劇一筋だったんですね。

でも私、一度だけブレたというか、中1の時にモーニング娘。に入るか、新喜劇に入るかで悩んだんですよ。人生でブレたのはそれだけです。でも、保育園のアルバムには「スチュワーデスになりたい」とか、小学生のアルバムには「オリンピックに出たい」とか書いてはいるんですけど。本気で悩んだのは、モーニング娘。か新喜劇でしたね。

―柔道もやっていらしたとか。新喜劇に役立ってますか?

めっちゃ弱かったんですけど、一応、柔道2段なんです。10年やってたんですよ。弱かった割に。こんだけ肥えてるのに、どっこも身体痛くないです。腰も膝も。肩こりもないし。別に身体柔らかいわけじゃないんですけど。奇跡的にないです。それぐらいです。
(いまはやられてないんですね)
はい。みんな心配してくれるんですけど…膝痛ないか? 腰痛ないか? とか。ほかのぽっちゃり型の先輩とかは、膝痛いとかあるんですけど、私、ひとつもないんですよ。

―金の卵オーディション3個目に受かった時は?

まさか~!! って感じでした。オーディションを受けた時、ほんとに私は全くの素人で、ただの新喜劇が好きな人だったので。オーディションを受けに来た人の中には、経験者の方とかもおられるじゃないですか。声の出し方も違うし、お芝居とかも上手やったし、こういう人が受かるんやと思ったんですよ。だから諦めてたんですけど。ラッキーでした。ほんまに。人生で一番うれしかったかも知れないです。信じられませんでした。

―実際、舞台に立つまでは?

3個目の中では、デビューは私が一番最後でした。5人受かって、女子は私ひとりやったんです。10月に入って、なんばグランド花月での初舞台が4月くらいやったので。その間は、うめだ花月で金の卵ライブとかやらせていただいたりしてました。

―初舞台は覚えていますか?

覚えてまーす! 公務員として働いていた時は、自分で稼いだお金があるので、給料が入ったら、新喜劇をめっちゃ見に行ってたんですよ。今までは、中々そんなにいける機会がなくて、テレビで見てたんですけど。社会人になって、めっちゃ占いにハマって、占いと新喜劇にめっちゃお金を費やしたんですよ。大阪に出たら、いろんな「占いの館」とかあるんです。新喜劇を見に行き、占いに行って帰る、みたいな。働いてお金が入ったら、「よし、新喜劇見に行ける!」と思って。ずっとお客さんとして新喜劇を見てた時は、客席の客電が消えた暗い状態から、幕が開くことで、だんだん明るくなってくるんですよ。でも舞台に出てたら、明るいまんまなんですよ。
(あ~なるほど!)
明るい時からだんだん、暗い客席が見えてくる。それが、「あ、すごい! 逆や!」と思って。私、一番最初に出してもらったのが、川畑兄さんの週で、老人ホームの話でヘルパーさんの役やったんですけど、吉田裕兄さんと最初から板付きで舞台にいてるんですけど、「タラララッタラ、タラララッタラ~」ってテーマソングが、めっちゃ一番近くで聞けてる! すっご~! って、思った記憶があります。もちろん死ぬほど緊張してたんですけど、それより感動の方が大きかったです。あと、この音楽って、「ボンボン、ボンボン」って、そんなベースの音が入ってたんや~ってその時気づいて、「すげ~こんな深い音楽やったんや」って(笑)

―初舞台はうまくいきました?

もう皆さんに助けていただいて、っていう感じです。緊張しましたけど、めっちゃうれしかったです。ほんまに。うれしさの方が大きかったです。皆さんにめちゃめちゃ優しくしてもらって、いろいろ教えてもらって。今もなんですけど。9年前のことですが、今でも鮮明に覚えてます。

―ほかに印象に残っている舞台は?

う~ん……どれも楽しいけど。私、けっこうヤクザものの映画とかめっちゃ好きなんです。「クローズ」とか「闇金ウシジマくん」とか。ああいう映画めっちゃ好きなんですよ。「闇金ウシジマくん」とか何回もやってるじゃないですか。毎日やってくれ! と思うほど好きなんですよ。初めて小籔兄さんの週で、ヤクザの姐さんをやらせてもらった時、すごくうれしかったですし、楽しかったです。あと、全身タイツ着させてもらった時も楽しかったし。新喜劇って、入ってみてさらに好きになったといいますか、色んな役が出来るというか、私は色んな役してるわけじゃないですけど、まさかの恰好とか、絶対、普通することのない役とかやらせてもらえたりして、いまだに全部が楽しいです。考えることも一杯ありますけど、楽しいです。

―新喜劇では誰にいろいろ教えてもらいましたか?

入った頃、一番最初に、川畑兄さんが「自分でボケれる役者にならなあかんよ。だから頑張り」って言うてくれたんです。小籔兄さんとかもボケ方とか、こうした方がお客さんに伝わりやすいとか、なんでそんな考えが思いつくんやろ? というようなことを、ポン! と教えてくれたり。すち兄さんも横にいたら、ほんまにマジですごいなと。サラッと「こうボケるから、こういう感じでボケてみて」とか教えてくれるし。まず、座長の皆さんがすごいな、と。ほんまに色んな人に教えてもらって、恵まれているというか。女性のお姉さんでも、若井みどり姉さんにわが子のようにご飯連れて行ってもらったり。あき恵姉さんもかわいがって下さるし、気遣ってくださるし。やすえ姉さんもほんとに、太陽みたいな人ですし。由美姉さんも私がちょっと減量したらすぐ気づいてくださるし。新喜劇って、ほんまにすごいあったかいとこやなと思います。上の方だけじゃなくて、近いところだったら、しみけん兄さんとかは「何でもいいからボケてきたらいいからな」と言ってくださって、ほんまにやりやすいというか。宇都宮まき姉さんは、悩んでる時に声かけてくださるし、森田まりこ姉さんとか、金原早苗さんとか、姉妹のようにかわいがってもらっているというか…。私、すぐ寝るんですよ。夜とか10時になったら眠たなるんです。よく、宇都宮まき姉さん森田まりこ姉さんとか、金原早苗さん、やすえ姉さんとかとご飯連れて行ってもらうんですけど、「いいよ、藍ちゃん、もう寝」って言ってくださるんですよ。ほんま、すごくあったかいところです。名前挙げたらキリがないくらい。私、1人づつのいいとこ、言えますよ。全員、好きですね。松浦兄さんも先輩なんですけど、親友のようにいろいろ言うてくれるし。吉田兄さんも優しいんですけど、アカンところはみんなアカンってちゃんと言うてくれる。だからこそ、私ももっと頑張らなあかんと思えるというか。周りの人が優しいゆえに。今までは、好き、大好き、楽しい、頑張ろうって感じやったんですけど。今は新喜劇のために、もっと自分が頑張るしかない。もっともっと新喜劇に恩返しが出来るように。

―いつ頃からそう思うように?

ここ、2~3年ですかね。私が新喜劇に入った時の目標は、女性でイチボケというか、イチボケっていうのは、新喜劇の中で一番ボケる人なんです。例えばすち子さんとか。女性でそういうイチボケをやっている人はあんまりいないんです。そういう人になりたいって、ずっと思ってたんですよ。そういう役をやらせてもらえる機会とかを与えてもらうようになった時に、やっぱり難しいけど、人を楽しませることが出来ることもあって、もっと新喜劇のことを好きになったし。おこがましいですが、新喜劇のために、しっかり私も頑張って貢献したいというか、そういう考え方に徐々に変わっていったという感じですね。今も昔とはちょっと考えも違ってきて、それは少し大人になったんかなとも思いますし。またひとつ目標が出来たというか。今、頑張りたいと思っているのは……座長になりたいと思ってます。
(あ! 女性の方から聞いたのは初めてです)
ほんまですか? おこがましいですけど。私なんて、まだまだですけど。そのために今、もっともっと努力しようと思ってます。まわりにすごい人がいすぎるので、そういう人からいろいろ教えてもらっているので、それを吸収して、座長になれたら、最高やなって思います。
(10月24日にある座長公演「新喜劇2026」は気合が入りますね)
そうですね。「2026」に限らず、今後もイベントとかをやっていけたらいいなって、今企んだりしてます。

―酒井さんといえば、「ぶぅ、ぶぅ、私人間ですねん!」の1人ノリツッコミですが…。

あれは、小籔兄さんの週にオープニングでお客さん役だった時、清水けんじさんから「ノリツッコミやってみたら?」と言われて、ほんまに普通のノリツッコミやったんですよ。違う小籔兄さんの週で、森田まりこ姉さんがリアルなゴリラで、私はブタって言われて。まりこ姉さんに比べて「お前はヘタなんか」といわれて、ノリツッコミじゃない形で「ぶぅ、ぶぅ」をやらせてもらったんですよ。で、「私、人間ですねん」というのは、烏川耕一兄さんの週で1回やらせてもらって。「こんなん言うてみてもいいですか?」って聞いたら、「ほんなら最後に言うてみ」と。石田靖さんの週とかでもやらせてもらったりして。これこそ、皆さんのお陰で出来たようなギャグなんです。

―これからもずっと続けて?

私、「ぶぅぶぅ」にすがり付いていたら上にいかれへん! と思ってるんですよ。「ぶぅぶぅ」にすがりついてる場合ちゃうと。「ぶぅぶぅ」を捨てるわけじゃなくて、酒井藍の名刺というか、「こんなんやってます」って覚えてもらえる入り口になればな、とは思います。だからやらない週もありますし。やってなくて、わかっていただけるのが、一番うれしいので。でもね、やっぱり「ぶぅぶぅ、見たかった~」という子どもたちもいるので、役によってやらせてもらったりというのはあるかも知れないです。知ってもらえるきっかけになればな、と。ま、90歳になっても「ぶぅぶぅ」とは言っていられないので…。やはり、前に進むためには、武器のひとつとして持っておきたいかな、っていう感じです(笑)
(これからが楽しみです)

―今、ハマっているものありますか?

ほんとに、お休みの日とかでも外に出ないんですよ。みんなバーベキュー行ったりするのが好きやし、皆さんアクティブなことも好きなんですけど、私はそんなに行かないというか。家で、プライベートでハマっていることは、朝スムージーを飲む、寝る前にYouTubeを見る。これが毎日の楽しみというか…。
(お気に入りの動画は?)
モーニング娘。とRIP SLYME。あと、全然知らん人がやってる、台湾へ行ってる旅動画。毎日見あさることが楽しいですね。
(新喜劇も楽しいし、日々充実してますね)
そうですね。やっぱり映画とか見てても、これ新喜劇に使えそうやな、と考えたりするので。今が頑張り時というか、今、いろんな人に新喜劇を知ってもらわなきゃいけない時やと思うので、充実というか、一日新喜劇のことを考えようと思ってます。でも気ついたら台湾の動画見てます。あははは(笑)まだまだダメですね。もっと頑張ります!

2016年8月12日談

プロフィール
1986年9月10日 奈良県生まれ。2007年9月 金の卵オーディション3個目。