第49回 諸見里大介

滑舌ネタだけじゃない、違うボケも見せたいでしゅね。


―お笑いを目指されたきっかけは?

高校2年ぐらいですかね、お笑いのテレビを見ててやりたいなあ、と思いまして。やりたいな~くらいやったんですけど。とりあえず大学(琉球大学)行っても特にやりたいことはなかったんで。全然行ってなかったんです。家を出て、普通にパチンコ行って、漫画喫茶行って帰る、みたいな。授業も出ず、単位も取らず。友達とかもあんまりいなかったし、このままではあかんなと思って、大学2回が終わった頃に、やっぱりお笑いやりたいなと思って。大学休んでNSCへ行きましたね。4年間休学して、最終的に大学は辞めました。
(4年間休学されたんですか?)
1年間は働いてたんですよ。富山県に出稼ぎに。それまで何回かお笑いをやりたいと言っては、両親にダメと言われ続けて。最終的にやるんやったら、自分のお金でやったらいいんじゃないの? となって。とりあえず、どうなるかわからないから、大学に籍だけ置いといてって感じで。毎年休学届け出しに帰ってましたね。4年目で復学か退学やったんで、退学しました。でもその時もテレビも何も出てなかったですけど。

―NSCに入るため、1人で大阪へ?

1年働いた後、22歳の時ですね。
(一大決意ですね)
そうでしゅね~なんかでも、そこまでの熱意はなかったですよ。絶対売れてやる! という気はなく、のほほんとしてたと思います。なんていうんでしゅかね。今でこそ、新喜劇がルーティーンみたいな感じになってますけど、そういうのがすごい苦手なんですよ。飽き性なんですよ。おんなじことをするのが嫌で。たぶん、ネクタイとか絶対出来ないと思って。そういう職業、何かないかなと思って、たぶん、選んだというか…。

―そこで相方と?

(2004年、川見直通と漫才コンビ「ハム」を結成)
そうでしゅね。7年やったんかな。それでテレビも出させてもらったんですが。世間で一発屋芸人っているじゃないですか。それほども行かず、一世風靡した方を100とすれば、僕ら2~30しかいってなくて。ま、仕事もなくなって行って。最初芸人辞めようと思ってたんですけど、ちょうど解散する2年ぐらい前、新喜劇に信濃(岳夫)さんっておられるんですけど、信濃さんとプラスマイナスさん、すごいプライベートでも仲良くて、お芝居みたいなのやろうよと言われて。お芝居をやったんです。初めてやったんですが、1回目がしゅごい受けたんですよ。今まで漫才とか、ひな壇とか、そういう場面しか知らなかったんですが、お芝居やりながら、ボケたりするとか、そういう経験が初めてで、しゅごい新鮮で。なんか楽しいなと思って。そこから(芝居に)惹かれていった部分があって。その頃から芸人辞めるか、新喜劇入るかどっちか考えてましたね。

―「ハム」を解散されたのは?

このままやってても、未来がないな、と。相方はまだやりたがっていたんですが、僕とやるより、他の人とやった方が…ネタも後半は彼が作ってくれてたんで。僕だと滑舌ネタ1本にしかならないんで。それをやらないといけないみたいな枷もあって。お互い、別でやった方がいいのかなと思って…。
(その頃の新喜劇はあまりオーディションがなかったのでは?)
僕が(金の卵)6個目なんですけど、5個目から3年くらい、空いたんじゃないですかね。解散してから、1年半くらい待ってました。
(その間は大阪で?)
なんも仕事なかったんで、バイトしようと。新喜劇入ったら、週出番でバイトも出来ないって聞いてたんで。ちょっとお金を貯める時期にしようと思ってたんですけど、解散する直前くらいに、「アメト--ク!」(テレビ朝日)に出していただいて。(2011年2月17日放送「滑舌悪い芸人」)それですごい、皆さんに知ってもらって、そっからピンの仕事がいっぱい入って、何とかバイトもせずにすみました。仕事しながら、オーディションを待っているって感じでしたね。

―オーディションで見事に合格されました。

みんなから、「絶対受かるやろ」って言われてたんですよ、「絶対落ちへん」って。でも、それがしゅごいプレッシャーで。書類でしょ、一芸披露、芝居審査、最終選考って4回あったんですよ。毎回合格です、不合格です、って通知が来るんですよ。ドキドキしてました。これで落ちたらヤバイなと。同期で後輩のやまだひろあきくんっているんですけど、その子と一緒やったんで、「ハガキ来た?」って連絡して。「僕、まだ来てないです」「俺も来てない。じゃ、まだかな~」とか。「僕は落ちてるから来ないのかもしれません。諸さんは来るかもしれませんよ」って謎の励ましあいをしてました。お互い受かったから良かったんですけど、すごいドキドキしてましたね。言われれば言われるほどプレッシャーで。

―初舞台はいつ頃?

僕らの年は、10月入団やったんですよ。2012年の10月に入団して、今年の10月で丸4年になるんですけど、最初の3か月はレッスン期間みたいな感じで、発声とか。初舞台が2013年の2月で、同期の中では真ん中くらいやったと思います。祇園花月の川畑さんの週やったです。帯谷(孝史)さんとコンビで出たの覚えてます。川畑さんもツッコミうまいですし、何とかなったかなと思ったんですけど。ボケとかも荒削りながら、そこそこいったんと違うかなと思ってたんです。たまたま知り合いが見に来てて、その方と舞台終わった後でご飯行った時、「ボケとかオモロかったけど、自分の番終わったら、ぼーっとしとるなあ」って言われて。確かに、皆さん自分の番が終わっても、後ろで芝居したりするじゃないですか。そういうことが全然出来てなかったのを指摘されて。そこからちゃんとしようと思いました。
(新喜劇で後ろで見てる人たちの芝居って難しいですよね)
そうですね。でもあれは大事だと思いますね。すっちーさんとかも僕の中で芝居すごいうまいな、というのがあって、それが土台にあるからボケが生きるのかな、って勉強になります。1個1個のしぐさとかうまいですし。川畑さんとかも、毎回変えてくれたりします。普通に絡んでると、何言うてるかわからん奴が出てきた、だけになるんですけど、喋り出したら、急に後ずさりして、「何や、何や」みたいな。急にデカイ奴が出てきて変な喋り方したら、そらビビるやろっていうリアクションしたり。それで受けたりとか。須知さんしかり、川畑さんしかり、だだのボケ・ツッコミじゃなくて、芝居が根底にあるというのが、しゅごい勉強になりますね。

―新喜劇に入って感じる難しさは?

めっちゃあります。今、若手で「新喜劇2026」っていう、10年後こうなっているだろうという、若手が10人くらい持ち回りで座長をやらせてもらうイベントがあるんですけど、今年の6月にやらせてもらって、自分の中では受けたし、たまたま見に来た川畑さんも、「粗いとこはあるけど良かったよ」と言ってくれたんですけど、VTRを後日家で見たら、「もっとできるやろ!」みたいな。動きもちっちゃいし、実際やってるのと見るのと全然違うなと思って、恥ずかしくて。僕それまで、自分が過去に出たバラエティーとかあんまり見れなかったんですよ。すごい見るのがこっぱずかしくて嫌だったんですけど、自分が出た新喜劇はとりあえず、ちゃんと見ようとその時に思いましたね。あと、祇園だったかな、自分なりに自然なしぐさでやったつもりが、VTRで見たら、でかいから動くだけで目立つから、お客さん目散るなあと思ったり。そういうのは勉強になります。川畑さんから教わったんですけど、見るのも4つの見方があって、客席で見る、テレビで見る、袖から見る、舞台上で見る、全部見え方が違うから、出来れば全部見た方が勉強になるって。
(全部見るのは大変ですね~川畑さんにはいろいろ教えてもらうことが?)
はい。川畑さん、教えてくれるタイプの人やと思うんですよ。皆さん、いろんなタイプがあって。内場さん、辻本さんとかは、「ついて来い!」っていうか、僕の勝手な見方なんですが。すっちーさんも教えてくれますけど、川畑さんは仕組みを教えてくれるタイプなんです。こうやから、こう、とか。ハケボケってあるじゃないですか。あれをハケる時はやるもんやと思って毎回考えてたんです。勝手に考えて稽古の時にやったんですけど、それがすごいいい芝居の時で、やった後に、「わかってないな~ここはいらんねん。ここはシュッとハケなアカンねん」と言われて。僕らがハケて、すぐにいい話に戻したいのに、僕らがハケボケをやることによって、また空気を変えなあかん。それまでは部分で見てたんです。僕が出る、僕がハケる。芝居の流れを見て考えたら、最近はちょっとずつですけど、これはやらん方がいいなとか、あいまいな時は聞いてから。ちょっとずつですけどわかるようになってきました。ここはシュッとハケなあかんなあとか。

―諸見里さんと言えば、お客さんも期待してる滑舌ネタですが、あれは最初から?

そうでしゅね~。でも1個のとっかかりで、それで認知されたら、いいなあと。「2026」とか、川畑さんの週でイチボケという、一番ボケる役をやらせてもらったんですが、滑舌ネタだけじゃない、違うボケも、これから見せたいですね。滑舌ネタでずっと行こうという気もないですが、それを捨てるってわけじゃないです…捨てれないですけど…(笑)とっかかりで、覚えてもらっているのはすごいいい事やと思いますけど、違うボケも出来たらな、と。

―諸見里さんは体格もいいし、舞台栄えがしますね。

いやぁ…でも、けっこう同じカテゴリーにバケモノばっかりいるので…。
(え!?)
今別府さん、藍ちゃんとかとポジションを争わないと。厳密にいうと全員違うんですけど、その辺と闘っていかないといけないと思うと…。
(当面のライバルは?)
同世代のボケというと、藍ちゃんなんですが、藍ちゃんのボケは発想力がすごいなと思います。また僕もタイプ違いますが。藍ちゃんも「ぶぅぶぅ」だけじゃなく、色んな普通のボケもやって行ってるように、僕もそういう感じでやりたいなという気持ちはあります。

―この先、どんな形でやって行きたいですか?

前までは、最強のMr.オクレ師匠みたいになりたいなと思ってたんです。出て来るだけで笑いがあって。出番が多くなくても確実に笑い取れる。色んな人の週に出てるし、そういう風になれたらいいな、って。今まではそれが100やったんですけど、川畑さんの週とかでイチボケを、NGKで1回、祇園花月では何回もやらせてもらったんですけど、普通のボケとか勉強になるし、「2026」とかで座長やった時のこととか考えると、イチボケとか座長やってみたいなという気持ちもふつふつと沸いてくるというか…(笑)最初入った時は、「座長は目指してない」って皆さんに言うてましたし、座長になれなくても最強のMr.オクレ師匠になれたらいいなと思ってたんですけど、全く目指さないっていうのは違うかなと思って。目指しつつも、ダメやったらダメでいいかな、と。ハナから目指さないんじゃなくて、目指す気持はあってもええんかなと思ってます。
(野望が出てきた?)
おりゃ~やったんぞ~と言う感じじゃないです。お鉢が回ってきて、すごいラッキーが重なれば…って。座長というよりはイチボケをやってみたいなという気がありますね。今のところ、川畑さんの週ですけど、内場さんの時やしみけんさんの週やったらどんな感じになるのかな、って。烏川さんとか、新名さんとか吉田さんとか(にツッコまれたら)どうなるんだろうって、いろいろやってみたい気持はありますね。

―安井まさじさんがいらっしゃる時の、熊本弁と滑舌の絡みはなかなか面白かったです。

あ~はい、ありがとうございます。まさじさんもすごい勉強になりました。一番近いところでは、まさじさんがすごい喋りやすくて。いろいろ教えてくれたり、言い合いもしましたし。熊本行っちゃいましたけど、近い先輩の中では一番世話になったんで。大きくなったところを見せたいですよね。新喜劇で何年か先に…。とりあえず、「新喜劇2026」、優勝したいですね。

―最近ハマッているものは?

最近、ゴルフを始めました。吉田さんと金原ちゃんも始めたばかりなんで、ちょこちょこ打ちっぱなしに行ってます。
(コースへは?)
僕は4回ぐらい出ました。全然ヘタですけど。
(体格いいから飛びそうですね~めだか師匠もされるんですよね)
そうです。めだか師匠のコンペがあるんですけど、それに出て。だいぶヘタですけど。それぐらいですかね。あと将棋かな? 将棋のイベントにも松浦と2人出してもらいました。僕はあんまり先を読んでないです。じっくりやる人とやると負けます。感覚で指してるんで(笑)それぐらいですかね。趣味がない男です。あとは飲酒。
(強いんじゃないですか? やっぱり泡盛ですか?)
そうでしゅね~昔ほどではないですが。泡盛が一番好きです。強かった頃はビール1ケースぐらい飲んでましたよ。 (うわっ!)

―プライベートでこれから挑戦したいことは?

ダイエットしてるんですけど…100キロ切りたいです。それぐらい(笑)
(ちなみに何キロですか?)
今が113なんです。もともと124やったんです。だから10キロくらいは瘠せてます。
(すごい!)
あと13キロ。99.9キロでいいんで。それ見たら満足して、またリバウンドすると思いますけど(笑)新喜劇を長く続けるには健康でないと、と思って。太りすぎて、勝手に僕が思ってるだけなんですけど、長ぜりふが言えなくなって…。
(え~っ!?)
息継ぎなしで言えてたセリフが、1回切らないと言えなくなって。たぶん、太りすぎて、(ノドを指して)ココが、気管が圧迫されているんじゃないのかなと思って(笑)
(あははは)
それもあって瘠せようと…。だって僕、高校の時、50キロでしたからね。
(えっ!?)
52、3キロでしたから。ずっと55キロ以下でした。スポーツやってて。小・中学校は野球で、高校はハンドボールやってたんで。今、みんなビックリしますもん。体型がほぼ2倍になってるんで。
(スポーツ少年だったんですね)
今や見る影もないですけど。すごい嫌なんですね。毎年、新喜劇祭りとか特番とかで、藍ちゃんとか、じゃいこさんとか、今別府さんとか、烏川さんとかと同じカテゴリーに入れられるんです。一昨年とかやったら、「ダブルダッチ」を「デブルダッチ」とかいって、やるんですけど、いっつもね、不本意なんですよ、僕。鏡を見ながらね、練習するんですけど、「俺、この中違うけどな」と思ってると、「いや、お前もこっち側やで!」と烏川さんに言われたりとか(笑)
(あははは~)
俺、そっから抜け出したいと思ってて。俺、デブじゃなくて、ただデカイだけだ~と思うんでしゅけど。ダイエット成功したら、抜けれるかなって。
(ダイエットの成功をお祈りしてます)

2016年8月12日談

プロフィール
1982年7月21日 沖縄県生まれ。2000年4月 NSC大阪校27期生。