MBS(毎日放送)

第107回 前園健太
(まえぞの・けんた)

自分ではわからないんですが、「ヘンな奴やな」とよく言われます。

―NSC大阪タレントコース1期生ですね。

もともとはお芝居に興味がありまして、「俳優をやりたいな~」と思って、ネットとかで検索してた時に、たまたま「NSCタレントコースが出来ます」というのを見つけて、「役者とか、芝居とかも学べます」と書いてあったんです。1期生ということやったんで、NSC1期生にはダウンタウンさんとかいらっしゃるし、1期生という響きが良かったもんで、25歳の時にNSCタレントコースに入りました。
(俳優をやりたいと思ったきっかけは?)
漠然と芸能界に興味はあったんですけど、やろうとは思わずにズルズル来てたんです。24歳になった時に、「なんか面白いことしたいな~」と思い始めて。その辺から「芸能界入れへんかな~」「自分にできることないかな~」と探し出した感じで。そこからですね、お芝居やってみたいとなったのは。
(憧れの俳優さんとかは?)
特にこれというのはなかったんですけど、阿部寛さんのドラマ「結婚できない男」(2006年関西テレビ)を見た時に、「こんなハマリ役な人おんねんな」と思ったんですよ。あんな濃い顔で。映画「テルマエ・ロマエ」の時もそうなんですけど。憧れというか、「すごいな~」と思ったのは、阿部寛さんですね。僕もちょっと「顔が濃い」と言われることがあるので、親近感じゃないですけど、そういうのもあったかな? って。

―タレントコースに入られていかがでしたか?

タレントコースは40~50人やったと思います。その中でも、男は5~6人しかいなかったんですよ。もともと女性タレントコースで、稲垣早希さんとかが出身で。それが、男も入れるタレントコースが出来て。(※タレントコースは1期のみで終了。ゆえに “幻の”と言われることも)お芝居、ダンス、あと、一応お笑いの授業とかも軽く、「漫才やってみよか」くらいに。ほぼほぼ、お芝居とダンスでしたね。

―1年間学ばれて、卒業後は?

タレントコースのメンバーで卒業公演の舞台があって、初めてお客さんを入れた舞台を経験しました。それが刺激になったというか、その時に「面白いな」と思ったんです。卒業公演を経験して、(芝居を)やって行きたいなと思ってましたね。
(どこか劇団に所属しようと?)
その時は、知識もなかったですし、どうやって役者の仕事を取って行くのかも、わからなかったし。NSCに入って、吉本に所属ってなったら、何かしら(仕事が)あるのかなと思ってたところがあって。全然そんなことなくて。一応、舞台とかのオーディションの話とかの情報をもらって行ったりしてました。その時は、舞台というより映像、ドラマとか映画とかの仕事の話が卒業したらあるのかな、と思ってたんですよ。甘く考えてたところがあって。そんなんって、東京じゃないですか。大阪では、ほぼほぼなくて、あってもエキストラのオーディションくらい。「なんか思ってたより全然ないな~」って(笑)。大阪おってもアカンのかな~と思ってたんです。でも、経験がないので、とりあえず、経験積んでいかないと話にならないなと思って。

―オーディションとかはいかがでしたか?

舞台のオーディションを何個か受けたんですね。その中で、ミュージカルの「ズボン船長」っていうオーディションがあったんですよ。アークスインターナショナルの制作で、なだぎ武さんが出られる舞台だったんです。タレントコースからも何人か受けて、僕ともう1人の男の子が使ってもらえることになって。そんな大した役じゃなかったですけど、いよいよ出れるという、その1週間ぐらい前に膝を地面に打ちつけてしまって、膝の皿が欠けて…。それで出れなくなって。
(なんと!もったいない…)
せっかく受かったのに、出れなくなって。「そんなことある?」っていう感じやったんですけど(笑)。その後、NSCの33期さんがメインで若手でお芝居をやるという企画があって。今でも活躍されている堀川絵美さんだったり、ビスケットブラザーズさん、東京にいた男性ブランコさんらが出る舞台に、NSCでは35期扱いの僕も出させていただいて。たまたまメインの主人公的な男の子役をもらって、結構ガッツリ芝居させていただいたんです。「やっぱり芝居面白いなー」となりました。

―金の卵オーディションを受けられたのは?

たまにオーディションを受けながらズルズルズルズルしてたら、12月になってて。「大阪でこれ続けててもな~」って思って、東京の方へ行こうかなと思ったりしてた時に、新喜劇の金の卵のオーディションの話が回って来たんです。新喜劇ならテレビでも放送されますし、舞台ですけど、お芝居だし。もちろん、面白いことが好きというのもあって、NSCを選んだのもありましたし。新喜劇はお芝居とお笑いの融合なんで。最後、受けてみようかな、それでアカンかったら東京へ行こうかなという感じやったんです。それで受けたら、受かったみたいな感じです。

―それまでの芝居と新喜劇ではずいぶん、違ったのでは?

ビックリしましたよね。少ないですけど、これまで舞台を経験してたので、普通に1か月半とか稽古して、舞台は作るもんやという認識やったんです。初めはほんとに、驚きしかなかったです。「あ、1日だけなんや」という。ほぼアドリブというか。稽古が1日だけというのにも驚きましたし、台本が来るのが2、3日前で、「そんなこと、あんねんや」みたいな。僕らは入ったばかりでセリフなんか1言2言ですけど、師匠方だったり座長だったり、ベテランどころの方はメッチャ台詞あるわけじゃないですか。もう、「すごいな~」でしかないですね。初めの印象は、驚きしかなかったです。

―通常の新喜劇ではどんな役柄を?

その後、すちさんの週でヤクザの子分で出させていただきました。普通、新喜劇は若手がオープニングとかを担っているんですけど、僕は見た目なのか、雰囲気なのか、あんまり明るい感じじゃないので、オープニングに適してないみたいで。9年目なんですけど、オープニングをやったのは、3、4回しかないんですよ。みんなオープニングをいっぱい経験してるんですけど、僕は違ってて。社長の秘書役だったり、ほんま悪役だったり、あと霊媒師だったり…。
(霊媒師!? あはははは(笑))
なんか暗そうな感じの、そっち系の役ばっかりでしたね。
(明るい役をやってみたいとは?)
何でもやってみたいというか、気持ちはありましたけど、適してないんだろうな、と。そんなに嫌やなとか、もっとこうしたいなみたいなのは、その時はなかったですね。与えられた役をやるっていう感じでした。

―印象に残っている舞台は?

初めて小籔さんの週に出た時は、緊張したと言いますか、たまに楽屋におられる時にごあいさつくらいしかしてなかったんで。やっぱり全国区で出られてて、テレビで見る方でしたから。もちろん、めだか師匠とかテレビで見たことある方と絡む時は、初め「おおっ」ってなりましたけど。なんか小籔さんはまた特別というか、初めて普通に楽屋で会話した時は、衝撃でしたね。その時の僕の役が、最後の方にめっちゃ叫ぶ役やったんです。大人しそうな奴が急に叫ぶ、そういうオモロさで使ってもらって。僕、あんまりノドが強くないんですよ。実は2回手術してるんです。何とかその週は耐えたんですけど。初めての小籔さんとの舞台なのに、声飛ばしそうになって、危うく悪い印象与えるところやったなという、思い出があります。

―新喜劇でやってみたい役やポジションは?

どっちかというと、お芝居のポジションかな~と、思ってるんですけど。お芝居の流れの中でボケる、みたいな。雲の上の存在ですけど、めだか師匠、お芝居の流れでさらっとボケてはるのが、すごいカッコいいなあと思ってまして。そういうことが出来るようになりたいなというのは、思ってます。
(役柄的にはどんな役を?)
一番初めに、俳優を目指すきっかけになった阿部寛さんのハマリ役みたいな。1度、藍姉さんの週で、吉田裕さんのヤクザの子分をやったんですけど、その時の役がちょっとアホそうな感じの天然な子分の役で。そのお芝居はけっこう褒めてもらえたんですね。「あれ、ハマリ役やったな」って言ってもらえたんです。何年かやってましたけど、そんなこと言われたことなかったんで。藍姉さんにも「あれは、ゾノ(前園さんの愛称)やな、と思てん」って言ってもらえて。僕でもハマリ役というか、ハマった役っていうのがあるんかな? っていうのをちょっと感じたんで。「ハマリ役やったね」と言われるような役をまた出来たらな、と思ってます。そういうのをいっぱい出来るようになりたいですね。

―何かご自身の武器になるものは?

最初に真田十勇士の1人をやらせていただいて、殺陣が面白いな、出来たら出来たで何かの時に使えるかもしれないな、って。大した武器もなかったので、ちょっと練習しとこかなという感じで、殺陣を教えてくださった方のところに通ってました。最近ちょっと行けてないんですけど。
(殺陣って、まず斬られ役から勉強しますよね)
初めはそうですね。斬られ役からですね。殺陣って、芯ばっかり見られるんですけど、斬られ役の方が難しい。リアクションが大切で。殺陣がカッコ良く見られるのは斬られ役のおかげなんで。そういうところはいい勉強になったというか。
(新喜劇と通じるところが?)
そうですね。1ボケとか回しが目立つためには、周りがちゃんとしないと。普通の人がちゃんと出来てるから、ボケが面白いんで。結構通じるものがありますね。新喜劇で殺陣と言えば、アキさん、平山さん、あの2人は別格なんですけど。タックルながい。さんとかも殺陣が上手で、僕は4番手くらいにはなれるんかな? と。「よしもと新喜劇NEXT」でも、すっちーさんが要所、要所で「前園と言えば、殺陣なんでね」と言ってくださって。一応、新喜劇の中でも殺陣の出来る奴、ということにはなってるんですが。

―バイオリンも習われたとか?

単純にこれといった趣味がないというのがあって。どうせ趣味にするんやったら、舞台でも使えそうなもの、という感じで始めたんです。新喜劇の楽器隊の「ホンワカパッパー隊」でも出来るようになれば、仕事につながるかなあ、というのもあって。隊にはバイオリンがいなかったので。そんなに特別な思いがあって始めたんじゃないんです。でも、楽器って甘くないなって。弦楽器の中でもだいぶ難しいものを選んじゃったなと、後悔してるといいますか。
(舞台に役立ってますか?)
とにかく、ヘタクソなんです(笑)。スーツとかタキシード着て楽器持ったら、めちゃくちゃ弾けそうに見えるらしいんですよ。祇園花月の信濃さんのリーダー週で、それが振りになって、「上手いんかな~」と思ったら全然弾けないっていうベタなボケを入れてもらえるようになったり。仕事につながったりもしてますね。意外とやってみるもんやな、と思ってます。
(「前園健太バイオリンリサイタル」のポスターが、小道具に使われてました)
それ、僕知らなかったんですよ。松浦さんのツイッターで初めて知って。「え~っ」と思って。メッチャ写真撮りたかったなあと思って。そんなんで使ってもらえるのもありがたいなあと。

―9年目ですが、これまで悩まれたことは?

あ~ないと言えば、ウソになりますよね~(苦笑)。僕もそんなに仕事がある方じゃないんで。現実はやっぱり厳しいところがあります。向いてないのかな~と思う時期はありましたけど、ね。それはみんな通る道といいますか。
(先輩から言われて印象に残っていることは?)
なんか僕、ちょっと変わりもんみたいなんですよ。自分ではわからないんですけど。「お前、ヘンな奴やな」ってよう、言われるんですよ。
(ふふふっ、ヘンな奴?)
そんなヘンな行動取ってるつもりも、発言してるつもりも全く自分ではないんですけど。なんかこう、変わってるみたいで。だから「よしもと新喜劇NEXT」でも使われるみたいなんですけど。自分ではわからないんですけど、そういうヘンな部分がハマれば、「もっとウケそうやなのにな」みたいなことは言っていただいたりするので。僕でも、まだ芸人としての才能みたいなんが、もしかしたらあるんかな? とプラスに考えてますね。
(隠れた才能!?)
「ヘンな奴」と言われることが、もしかしたら何か才能があるんじゃないかと思って(笑)。プラスにとらえて行こうかな、と思ってます。
(ぜひ、開花させてください。期待してます!)

―今ハマっていることや続けている趣味は?

続けてると言えば、動画編集とかを副業でやってたりするんですけど。バイト感覚で作ったりとかしてまして。先輩の新名徹郎さんのYouTubeチャンネルとか、嘉門達夫さんのをやらせていただいたりとかしてたので。編集は、ま、面白いなと思ってやってます。あと、最近、ちょっとトレーニングを始めまして。普通にプッシュアップバー買って、腕立て伏せだったり。心肺機能をあげる、「バーピー」っていうトレーニングを4分間繰り返すのを結構やってますね。
(舞台は体が基本ですもんね)
そうですね。ま、健康にも気ぃ使って行こうかなと思って。ベタですけど、ブロッコリーだったり、あとベリー系が身体にいいというので、片っ端からブルーベリーだったり、ブラックベリーだったりを買いあさって、食べてます。食生活が、コンビニ弁当とかやったんで、これは良くないなと思って(笑)。
(自炊とかは?)
全くしてなかったんですよ。変えなアカンなと思いまして。玄米買ってみたり、ちょっとずつですけど、改善してるとこです。
(新喜劇には料理上手な方がいらっしゃいます)
ぢゃいこさんとかめちゃくちゃ料理上手で。営業でご一緒した時に、炊き込みご飯を作ってきて下さって、美味しかったんですよ。にいなチャンネルで、いがわゆり蚊さんとかも料理されてたり。男性でも清水けんじさんとか、YouTubeで料理チャンネルをやってはるんですけど、1回ご一緒した時に、「玄米こうやって炊いた方が美味いで」とか、しらす丼の作り方を教えてもらったりして。やってみよかな、と思ってます。
(ご自身もYouTubeチャンネルお持ちでした?)
バイオリン始めた時に、一応、形にも残るかなと「バイオリンを弾く」というのを、YouTubeに挙げてた時期はあったんですけど。サボってますね(笑)中途半端になっちゃってますね。また、再開しようかなとは思ってます。

2021年6月25日談

プロフィール

1986年12月26日大阪府東大阪市出身。
2012年NSC大阪タレントコース1期生。
2014年金の卵7個目。

SHARE
Twitter
Facebook