第58回 井上安世

ボケを考えることが、すごい好きなんですよ。


―小さい頃から新喜劇がお好きだったとか。

好きでした。お昼と言えば、大阪人は新喜劇なんで。幼稚園ぐらいの頃から、「大きくなったら入りたい」じゃなくて、「入る」って決まってたんです。ベッキーさんが小さい頃に芸能界に入るって思ってたのと、同じエピソードなんですけど。もう、入るって決まってたんですよ。自分の中で。
(子ども心に新喜劇の魅力は?)
小さい頃からいちびりで、男子とかよりも目立つタイプというか…。笑かすのが好きやったんですかね~周りが笑っているのが楽しくて。こういう仕事やったら、好きなことをやりながら自分も楽しいしって、思ったんですかねえ…ただただ、好きやから入りたいと思ってましたね。
(憧れの新喜劇俳優さんは?)
カッコいいな~と思ってたのは(吉田)ヒロさんなんです。ヒロさんは、めちゃめちゃカッコよくて。以前からアイドルみたいな人気があったんですけど、私の小さい頃もまだそんな感じで。アイドルとか俳優さんより、ヒロさんにキュンキュンしてました。今は全然思わないですけど…(笑)。

―学校時代も新喜劇一筋で?

どっかで漠然と、いずれ(新喜劇に)入るんだろうなと。18歳で普通に就職はしたんですが、20歳になったら、新喜劇入るって決めてたんですよ。でもどうやって入っていいかわからなくて。NSCに行くお金もないし…。それで20歳になったら、私がなりたいと考えてた新喜劇女優の浅香あき恵さんに弟子入りしてみようって考えてたんです。19歳のある日、パソコンで打ち込みをしていた時に、新喜劇のホームページが気になって見てみたら、金の卵オーディションの告知画面がドーンと出て、「あ、これしかない!」と。すぐに履歴書を買いに行って、写真も同僚に仕事着のまんま撮ってもらって、その日のうちに送ったんですよ。1次の書類審査が通って、2次の面接にお越しくださいというハガキが届いた時、もう、「新喜劇入りたい!」しかなかったので、会社の部長に、「この日、有休下さい」と言いに行ったんです。正直に「新喜劇の面接に行きます」と言ったら、「何考えてんねん! そんなんで有休あげられへん」て。結構、大きい話になって、会議みたいになっちゃいまして。受かったら辞めますというのも都合が良すぎると思って、「私はこれしかないと思ってるんで、今辞めます」って言ったんです。そしたら「ちょっと待って、そんな勿体無いことしたらアカン。受かるかどうかわからないし、君にはまだ居てもらいたい」と。ありがたいことに引き止めていただいて。でも「今までお世話になって、こんなひどい辞め方はないと思うんですけど、後悔したくないので辞めます」とその場で…。
(すごい決断力)
で、面接行って。約1か月以上オーディションがあったんですけど、合格しまして…。19歳やったから出来たことで…たぶん、もうちょっと落ち着いた年齢になっていたら、受けてなかったかも知れない。勢いって大事やな、と。

―ご家族には言ったんですか?

言ってなかったですね。家族にもまわりの友だちにも。お笑い好きってことはみんな知ってたんですけど。「入る」というのは、特に人には話してなかったので、みんなビックリしたと思います。その頃は1人暮らししてたので、家族には入ってから言ったんです。「辞めてん。新喜劇入ってん」と、あっさり。今、自分で思っても、すごい行動力あったなあ、と。受かってもないのに会社辞めるなんてアホじゃないですか。私らの時代でも就職難だったし。熱かったのか、何も考えてなかったのか、その時の自分に聞かないとわからないですね。
(ちなみに一芸披露はどうしたんですか?)
私、ほんまにモノマネとかも出来ませんし、何したらいいんやろ? と思って。歌を歌うとか、ダンスを踊るとかでも良かったんですけど、そんなん誰でも練習したら出来るじゃないですか。それやったら、素直に言おうと思って。「特技ないんです。ただ、一般の人より、ちょっとだけ親指の関節が柔らかいので、ちょっとだけ曲がります」って親指を目の前で見せて回りました。
(はははは~)

―念願の新喜劇ですね。

これでやっとスタート地点に立てたんかな、と。その後、1年間はなんばグランド花月の事務所の上の、新喜劇の皆さんとは程遠い場所に朝から晩まで詰め込まれて、先輩方に会うこともまずなかったです。新喜劇に入ったという実感が沸くのは、1年後にやっと出番をいただいて、初めて「あ、これで新喜劇に入ったんや」と。
(2個目は厳しかったそうですね)
厳しかったですね。ちょっと地獄でしたね。バイトも出来ないし。受かってから合格したメンバー12人が集められて、第1声が「辞めたい奴は、今辞めろ」って。バイトも出来へん、交通費もかかる、ご飯も食べなあかん、「辞める奴は、今、辞めろよ」って言われました。最初に「おめでとう」とかじゃなくて(笑)。
(え~っ、厳しい…)
めっちゃ思い出します。私は、就職してたんで、失業保険があったんです。社会人やったんで運転免許取らなと思って貯金も。それで、ギリギリ食いつないでいたというか。他の人は夜中のバイトしてたり、融通が利くアルバイトをしてたと思います。

―舞台デビューまでの1年間はどんなことを?

1か月に1回、年に12回のライブ、1週間に1回のコント、トーク、あと即興コントというのをしなくちゃダメでした。当時ついてくださっていた作家さんが、私たちの先生やったんですけど、「お前とお前、コンビ組め」と言われて、1週間後にネタを披露するとか。即興コントやったら、「今からお前がツッコミな、この設定でボケていって」と。例えば待ち合わせ場所で、遅れた理由を全員がボケていく。「はい、スタート」の合図で20分くらい続くんですよ。その時に「ハイ、ハイ」って手を挙げて答えていかなダメなんです。「お前ら手を挙げないんやったら、やる気ないっていうことやろ」となるんで。NSC生も多かったんですが、私は引き出しもない、もう空っぽなんですよ。もちろん、誰も笑わないですし。笑うような状況じゃないし。変なことを言ったら、「それ、どういうこと?」って詰められるし…。24時間営業のファミレスとかサイゼリアでほんまに朝5時とかまでみんなでネタ考えて。1年間、365日、ずっと一緒にいたのは、2個目のメンバーです。森田まりこと音羽一憲が正式な同期で、ほかはもともとNSCにいた人でした。

―入ってからが大変でしたね。

大変でした。チケットも1人25枚ぐらい持たされて。1枚1500円なんです。必死で友だちとかに売るけど、毎月やってるから買ってくれる人も限られてくるじゃないですか。余ったら、実費なんですよ。それはもう絶対避けなあかんから、命がけでした。もう、あの時はすごい大変でしたね~。今みたいに先輩とやる新喜劇と違って、自分たちだけなんで。第1回目なんて、今も見たくないくらい、ほんまにひどい、文化祭レベルでした。のちのち作家さんが教えてくれることで、成長はしていくんですけど。最初は手探りでやって行ったんで。でも自分たちで考えたり、即興コントとか作らされたりしたのは、役立ったなと、今は思います。最初はしんどかっただけですけど。私たちは恵まれてたなと思います。それがなかったら、今、オープニングのネタを考えたり出来なかったな~と。

―初舞台はどんな役柄だったんですか?

あの時は、確か、ホステス役やったんです。見た目インパクトのある人から徐々にみんなデビューして行って、私と金原早苗と、めちゃめちゃ後の方でした。オープニングで、吉田裕さんがお客さん役なんですけど、接客をするのに、横に座って、(吉田)裕兄さんが「姉ちゃん、かわいいな~」「いややわ~かわいいなんて!」と銀盆で叩くというお決まりのシーンなんですけど。ほんまに始めての1回目の舞台で、パーン!てやったら、そのお盆が手から抜けて、客席ギリギリまで飛んでいってしまって…。落ちずに済んだんですけど、裕兄さんが「おーい!」って突っ込んで、お客さんはミスって好きじゃないですか。笑ってくれはったんですけど、「客席に飛んで行かんで良かった~」と思って。もう、初歩的なミスを初舞台でしてしまいました。練習したんですけど、手が汗でびしょびしょで滑ったんやと思います。めちゃめちゃ緊張しました。今まで人の頭をお盆で叩いたこと、ないですもん。

―その後、どんな役を?

娘役も、けっこう早目にやらせていただいたんですけど、その時も右も左もわかれへんというか。昔、私、演劇部に入ってたんですけど、全然、演劇と違うので。新喜劇は舞台の上で日常をやってるだけというか。その中で普通やったら、こんなんせんやろ、ってことが起こるんです。新喜劇はお笑いなんですけど、「ボケまっせ」ってボケてないんですよ。天然で起こってることとかで出来上がっているボケが多いので。あと、初めての娘役で人を捜すシーンがあって、自分では全然気づかなかったんですけど、「どこ行ったの~」と言いながら、下を向いていたらしいんです。あとで、その時の川畑座長に、「普通は人捜してて、下見いひんやろ」と。あとその時にたこ焼きの袋を持ってたんですけど、実際入ってないから、知らずに雑な動きになっていて、「ほんまにたこ焼き入ってたら、あんな動きする?」とか。ほんまに舞台やりながら、教えてもらって身につけさせていただきました。毎回終わるたびに教えてもらって、毎日が勉強でした。

―印象に残っている舞台は?

初めてのボケの芝居が、烏川さんのリーダー週だったんですけど、辻本兄さんと一緒に出る役で、辻本さんがお医者で私が看護師の役。稽古の時、「台本全部覚えんでいいから」って言われたんですよ。「え?」と思って。次の日の本番前の本読みの時も何も聞かされず。「どうしよう? もう本番や」と思って、辻本兄さんのところに行って、「どうしたらいいんですか?」と聞いたら、「とにかく自分の自己紹介の時にボケてくれる? あと、俺の言ったことに全部キレて返してくれる? それだけ」って言われたんですよ。「どういうこと? どういうこと?」と思いながら、とにかく短い時間の間に自己紹介ボケを何とか考えて。とりあえず、そこは何とかウケてクリアしたんですけど。あと、キレて返さなアカン時に、「○○なんじゃあ~コラぁ~」と言ったんですよ。もう、わからんくて。それがドカーンとウケたんです。何もわからないんですけど、全部、辻本兄さんのお陰じゃないですか。「すごいな~この人」と思って。自分がボケたことよりも、辻本兄さんの言ったことがすごいな、と。あと、その時、突然、パーンてビンタされたんですよ。
(え~っ!? ほんとに叩かれた?)
ホンマに叩かれました。その時もビックリしすぎて、目がテンになって…。ビンタするなんて聞いてなかったんで。それもウケたし。ウケたから良し、なんですけど。全部初めての経験を15分くらいの間でしました。その1週間、長かったですね。ほかの時はアッという間に終わってしまうんですけど。自分でも悩みすぎたというか。途中で分からなくなってくるんです。最初はすごいって思ったんですけど、次から自分の言い方とかでウケへんようになってきたりとか。あと、初歩的なミスですけど、自分が物を落としてしまったりとか。いつ叩かれるかわかれへんからビクッとしてしまったり。頭がついていかなくて、初めて悩んだ新喜劇の週でした。でも、そういうもんやと思います。みんな、こういう道を歩いて来はったんやな、って。

―失敗とかを気にするタイプですか?

たぶん、すごく気ぃちっさいんですよ。気持ちが…ほんまにガラスのハートなので…。たぶん、傷つくのが怖いんです。「自分は全然出来ないから、そこまでがんばらなあかん」と、そう思ってたら、何かあった時、「自分は出来へんって思ってたから、な」と自分に言い聞かせられるんです。普段から「自分は出来る」と思っていたら、(出来なかった時に)傷つくから…。だから「よしっ! 今日は上手くいった!」と思って寝た日はないですね。いつも、寝られへんかったりすることの方が多いです。「何で出来へんかったんやろ」とか「最悪や~」と思って。「もう辞めたい。出来へん」と思うことも何回もありました。自分が出来なすぎて…。
(明るく見えるのに…)
全然明るくないですよ!! 私、すっごいネクラですよ。1人が大好きなので。ほんまにしょっちゅう1人でお酒飲みに行ったりしてます。仕事のことばっかり考えるので、友だちと飲みに行くのは減りました。新喜劇って昔は外部の人とのつながりって全然なかったんです。最近はほかの漫才の人とかと仕事する機会が増えたので、私、NSC29期扱いなんで、NSC29期の人とめちゃめちゃ仲良くなって。ここ3年くらいなんですけど、しょっちゅう飲みに行って、土俵は違うんですけど、高めあってます。
(真面目ですね)
いや~そんなことないです。もともと面倒くさがり屋で、朝起きるのも嫌いやし。ただ、人に求められたものは、絶っ対にちゃんとしなアカン、というのは昔からあったかも知れません。例えば、相談に乗られたら、その子がそれを解決できるまでやってあげなアカン、っていう。だから「もう、お節介やわ~」って、アカン風に言われてました(笑)。だから自分に求められたものもちゃんとしないと。そこまで相手が求めてなくても、自分が満足するまでやらないと、「あ~もう人生終わる」ぐらいの勢いで落ち込んじゃうんで。
(ご自身が満足するゴールはどこなんでしょうね)
ないですね。ほんまに。お客さんの笑いも、どこまでかがわからないというか、無限大やと思うんです。普通に今日、お客さん笑ってくれてるなと思う時はあるんですけど、他の先輩とかがボケて、「ドカン!!」とほんまに劇場が崩れるんと違うかなという声を以前に聞いたことがあるので、「今日ウケたな」と言われても、笑い声って、もっともっといけるんちゃうの?って。
(はははは~欲張りですね)
客席に800人いたとしたら、1人くらい笑ってない人がいると思うんですよ。好き嫌いあるから。全員を笑かすことってめちゃくちゃ難しいんで。ゴールってどこなんやろ? わからないですね。

―この先、どんな方向をやっていきたいですか?

私は、ボケを考えることがすごい好きなんですよ。どうやっていきたいというよりか、女・川畑兄さんみたいに、ネタを考えられて本を書けるような新喜劇女優になりたいですね。自分がピンでギャグをバンバンやるタイプじゃないので、その場の流れにあったボケを考えてやったりとか。入った頃って、まだ女の人がネタ考えるということがなかったみたいで。みんなで一緒にやってても、私たちに話は聞かれないというか、考えてもそこまでちゃんと聞いてくれないとか。最近は「あれ、安世、何かあるんやったら、考えといてな」と川畑兄さんに言われたり。今やっと、女の人もネタ考えられる時代になって来てるんやな、と。自分が考えたものを見て笑ってもらえるのは、すごいうれしいです。もし、流れに沿っているんやったら、自分が死に役でいいんですよ。そういう風に本を書けたら。ほんまに女・川畑兄さんみたいになりたいですね。本も書けて回しも出来て…。私は藍ちゃんとか、珠代さんみたいなボケのタイプではないので、やすえ姉さんとかそっちの方のタイプで…いずれは、やすえ姉さんのキレる、あのギャグをいただきたいな、と思ってます。

―今、趣味とかプライベートでハマっていることは?

日本酒を家に飾ってるんです。私がお酒好きなのをファンの方が知ってくださっているので、お酒をもらうんですよ。飲むものもありますけど、勿体なくて飲まないものを飾っていて、それを眺めるのがすごい好きです。ふふふ。
(家飲みも?)
家飲み、めっちゃします。一時期、720ミリの日本酒を1日1本空けてました。
(強いんですね)
外でみんなでワイワイ言って飲んでいると、楽しくなって酔っ払っちゃうんですけど、家で1人で飲む時って、ホラー映画とかサスペンス映画を見ながらなんで、酔う気持ちには一切ならず。淡々と見ながら、おつまみ作りたいなと思ったら、一旦止めて。それが幸せなんです。そういうのがすごい好きなんで。人と飲みに行くのも好きですけど、自分ひとりの時間がほんまに好きで…。
(ぜひ、違う幸せも探してください)
あはははは(笑)ほんまや~これだけ聞いたら、私、さみしいな~(笑)

2017年3月27日談

プロフィール
1986年8月28日 大阪府生まれ。2006年9月 金の卵オーディション 2個目。