第72回 平田健太

僕、けっこう、いじられキャラなんです。


―もともとお笑いを目指されていたのですか?

そうです。完全にお笑いを目指してました。陣内智則さんとかの世代をメッチャ見てまして…チュートリアルさんとかブラマヨさんを見て、お笑いが好きになったんで。
(いつ頃から将来お笑いをやろうと?)
小学校の時から、ずっと野球をやってたんですけど、チームの中でもお笑い担当というか…(笑)小学生、中学生の時も、人前で何かオモロイことをやるのが好きでした。中学生の時に「?マジっすか!」(2001年4月~03年3月MBS)とかを見てて、(お笑いを)メッチャやりたいなというのはあったんですが、その時は野球が一番で。高校卒業する時にNSCに入ろうかなと思ったんですけど、学校の先生に「大学だけは行っといて欲しい」と言われたこともあって、大学に4年間行きました。でも気持ちが変わらなかったんで、卒業後に、NSCへ入りました。
(普通、就職を考えますよね)
ほんとに。全員(就職)してたんで、ヤッバ~とは思ってたんですけど、1年間だけNSC入ってみて、そっから決めよう、という感じでした。
(ご両親の反対は?)
普通にありました。ま、父はお笑い好きだったので。母の方が反対は強かったですけど、無理言ってやらせてもらいました。

―NSCでは?

漫才コンビを組んでたんですけど、相方とあまりうまくいかず、NSC卒業後、2、3か月で解散しました。その時に、新喜劇の金の卵のオーディションのチラシを見まして、小さい時から新喜劇は見てたんで、興味もあって、解散後にオーディションに応募しました。
(ちなみに当時のコンビ名は?)
コンビ名ですか?(笑)「タクケン」っていうコンビでした。
(ボケですか? ツッコミですか?)
2人でWボケみたいなのをしてました。2人で突っ込んだり、人と違うことをしたいなと、ちょっと変わったことをやってました。元からそういうネタが好きやったんで…。

―金の卵のオーディションの手ごたえは?

全くなかったです。NSCの時も、そんな実力もなかったですし。ほんまにたまたま受からせていただいて。受かるとは一切思ってなかったです。
(一芸は何を?)
高校の時に「エッサッサ」って、ありまして…。
(エッサッサ?)
上半身裸になって、「エッサ、エッサ」って言うのがあるんですけど、それをやって、誰一人笑ってなかったですね。すごい視線感じました。
(でも合格されて、次は演技ですね)
演技も本格的なものは全然で、コントしかやったことないですし。NSCで演技の授業もあったんですが、「全然上手くないな~」とずっと先生からも言われてて、ほんとに自信がなかったんです。でも台本もらった時に、1週間くらい期間があったんで、練習をけっこうやりましたね。
(全部覚えたんですか?)
はい、役柄が誰になるかわからない、感じだったので、全部一応、覚えて行って。僕、ヤクザかなんかの役だったんですけど、その役をやった後に「回しの役もやってもらっていいですか?」と言われて、台本持ちながらやったんですけど、全然ダメやなと…。
(ずっと野球も続けて来られたし、真面目ですよね。)
野球なかったら、僕、ちょっとヤバかったんです。勉強も全然できなくて。新喜劇の中でも1、2を争うくらい、勉強できない子でして…。諸見里さんが同期入団なんですが、僕のアホぶりを見抜かれました。野球がなかったら、高校もたぶん行けてなかったんで、野球やってて良かったなと。真面目なのかはちょっとわからないです。
(最後は面接ですね)
その時は、新喜劇に入ったらこうですよ、という説明受けて…。あ、でもオーディションの時に高校のエピソードも話したかもしれないです。
(どんなエピソードが?)
僕、興国高校なんですが、ボクシングの世界チャンピオンの井岡一翔君が同級生なんですよ。メチャメチャ仲良くて。高校時代もけっこう遊んでました。で、あいつがプロになって。世界チャンピオンになるまで、毎試合チケット貰って、「来てくれよ」と言ってくれてたんです。で、「世界チャンピオンになったら、ベルトと一緒に写真撮れたらええな」みたいな話もしてたんです。で、いざ、世界チャンピオンになったじゃないですか。その世界戦だけ、僕ちょっと見に行けなかったんですよ。
(なんで!?)
ちょっと好きなアーティストのライブがありまして…そっちを優先してしまって…。
(あははははは…ちなみに誰ですか?)
Dragon Ashです。それで、行けなくて…ていうか行かなかったんです。チャンピオンになって、「おめでとう」だけ電話しようと思って。僕の高校の周りからも「井岡の電話番号教えてくれ」ってあったんです。僕ぐらいしかつながってなくて、勝手に教えるのもよろしくないんで、一翔の許可もいると思って、電話したんですけど、まさかの音信不通になってて…。電話番号変えてたんですよ。そういうエピソードを話しました。

―新喜劇は子どもの頃からご覧になってました?

はい、僕、ビデオに録ってましたよ。野球の練習終わってからとか、行く前とかに見てました。それこそベタですけど、(土曜日の)3限目終わって家帰って来て、ご飯食べながら見るというか。当時は内場さんと辻本さんと石田さんと吉田ヒロさんの時で、ずっと見てて、学校でも物まねしたりとか。
(誰の?)
内場さんとか結構してましたね。「イーッ!!」とか。「そんなん出来るんですか?」とか。

―新喜劇に入ってみてどうでしたか?

不思議な感じでしたね。それこそ、内場さんの週とかに入ったりしたら、「うわっ、内場さんや!」みたいな。すっちーさんとか、高井さんもbeseよしもとの時から見てた人なんで、その人たちと一緒に楽屋にいるというのが、いまだに不思議な感じです。ちょっと慣れては来ましたけど、すごいところに来たなあと言うのはあります。
(楽屋の用事とかは?)
けっこう、ミスしがちなんで、まあまあ怒られてはいますけど、ガッ!とは怒られないというか…。結構、皆様に優しくしていただいてます。学ぶこと多いですね。新喜劇以外でも、プライベートの時に活かせたりするんで、社会勉強になります。
(例えばどんなところが?)
例えば…ご飯食べてる時の、先輩方に失礼のない行動とか、お酒の注ぎ方とか。僕、全然知らなかったんで。20代前半で、右も左もわからんかったんで、ひとつひとつ教えてもらったりしましたね。

―よくお世話になった先輩は?

清水啓之さんにはメッチャお世話になってまして。啓之さんと辰巳さんには何かあったら、ご飯とか誘ってもらってて。そこに、もじゃさん、もりすけさんもいるんですけど。その4人の先輩方にいろいろ「こういう時はこうした方がいいよ」とか聞いたり、同期入団の諸見里さんにもほんま、お世話になってます。諸見里さんも長いことされてるので、ひとつひとつ丁寧に教えてくれますし、相談事も聞いてくれますし。「こいつ今悩んでるな」とか分かるんですかね、すぐご飯とか誘っていただいたりとか。一の介師匠は、こんな不器用なやつを店で雇っていただいているんで、感謝しかないです。あと、レイチェルさんも。いい先輩ばかりですね。
(悩みは?)
ありますね。NSCの同期とかもちょこちょこ結果残してきたりしてるので、焦りとか。出番が少なかったりすると、悩んだりとか。川畑座長が毎週レッスンをしてくださってたんですが、そのレッスンもなくなりまして。これまで2年もやっていただいていたので、十分ありがたいんですが。これからアピールする場所が減って行くので、その辺の焦りとかもあります。この職業はそういうことはついて回るので、その中で自分がどうしていくか、ですね。

―初舞台は覚えてますか?

覚えてます。辻本さんの「茂造ヘルパー」ですかね。それが初舞台でした。てんどん(劇中劇)のシーンにちょっとだけ出て来る、ヤクザというかヒットマンでした。
(緊張されました?)
稽古とかが、やっぱり緊張しますね。ほかの週とかでも、当時はテレビで見てた人と一緒に稽古しているんやというのが一番にあったんで。始めの方はメッチャ緊張しました。野球で打席立つ時とちょっと似てますね。ヒット打たなアカンとか、結果残さなアカンとか。ネクストバッターサークルと舞台袖がちょっと似てます。

―印象に残っている舞台は?

自分の母校でやった新喜劇ですかね。僕の高校、毎年、NGKに観劇に来てたんですよ。島木師匠も出身でして…。先日、高校の体育館が新しくなったことで新喜劇をやったんです。川畑兄さんの優しさやと思いますけど、いい役をやらせてもらって。あの台本は宝物ですね。妹の結婚を許さない兄のところに結婚を申し込みに行く恋人役でした。
(配役は?)
兄役が烏川耕一さんで、川畑さんは隣のクリーニング屋の役でした。あ! 初舞台、僕、辻本さんじゃなかったです。NGKが辻本さんでした。祇園花月で高井兄さんのリーダー週です。その週も結構、自分の中で思い出がすごいです。
(どんな役で?)
オープニングのカップルのお客さん役で。その時、前田まみさんが奥さん役やったんですけど、けっこう、まみ姉さんに引っ張っていただいた感じでした。
(母校に新喜劇をやりに行くなんていいですね~)
内容はボロボロやったんです。いいかアカンかでいうと、アカンかったです。あんまり自分、納得しないタイプなんで、基本的にはアカンかったからこうしようかと思うタイプなんで、うまくはいってないですね。
(これはうまくいったという週はない?)
いつも課題は残りますね。いい時もあるとは思うんですけど。次に生かさなあかんな、という。謙虚におらな、お客さんって怖いというか。お笑いって新喜劇もそうですけど、難しいというか、なめた感じでは痛い目に合うんで。いつまでも危機感を持った状態じゃないとダメやと思うんです。

―新喜劇で目指されているのは?

吉田裕さんですかね。
(あ、けっこう身近な)
先輩の皆さん、尊敬しているんですよ。小籔兄さんとかも。あんなにテレビに出てて、新喜劇も面白いですし。僕、けっこういじられキャラといいますか…。裕兄さんとか返しも面白いですし、人からメチャクチャ愛されてる感が強いんで。人から愛されるような人になりたいなというのが、一番強くて…。これ、恥ずかしいな。
(吉田裕さんはみんないい人だって言いますから)
裕兄さんみたいにいじられながら愛される人になりたいな、というのがありますね。

―ギャグも作っていきたい?

ギャグとかあったら武器になるんで、作っては行きたいですね。
(何かあるんですか?)
ギャグですか? 平田なんで、「ひらパー」にかけまして、「ヒラタ~」「ひらパーみたいに言うな!」っていうのがあるんですけど…。これ、言うのメッチャ恥ずかしいですね、結構、石橋君といる時とか、その場で考えたやつがギャグになることもあるんですけど、舞台では発揮できてないです。
(「ヒラタ~」は?)
舞台ではやったことなかったんですけど、この前、母校に行った時に、川畑兄さんが「やっていいよ」と言ってくださって、アドリブで入れたんですけど、後輩、誰も笑ってなかったですね。先生すら笑ってなかったです。冷汗だけ出ました。

―5年目ですが、これからの抱負は?

なかなかチャンスも少ないと思うんで、ひとつのチャンスを掴めるように。新喜劇やってる時が一番人生で幸せな時やと僕は思うんですよ。舞台立ってて、お客さんの前で自分の好きなこと出来るというのは、すごい幸せなことなんで。その幸せを続けるとしたら、毎週出ることが一番なんで。週出番、どの週も出れるように、頑張っていくしかないです。

―趣味とかハマっているものは? Dragon Ashですか?

はい、浮気せずに。あとプロレスがメッチャ好きなんです。それと、今別府JAPANという野球チームに入ってまして。別府兄さんが監督で。僕が入団した時やったんで、すぐ、入れていただいて。小籔兄さんがオーナーなんですけど、小籔兄さんにもご挨拶もさせていただいたりしました。
(ポジションはどこを?)
キャッチャーです。ほかに誰もいないんで。
(どのくらいの頻度でやってます?)
暑い時は出来ないんで、7月、8月はやらないんですよ。寒い時もしないんで。春と秋しかしないんです。だから年間、5回あるかないか。徐々に減って行ってますね。
(野球はメンバー揃わないと出来ないですもんね)

2017年11月6日談