第60回 秋田くみ子

作家の先生から「あなたは10年かかる」って言われたんです。


―もともと新喜劇を目指されていたんですか?

思ってました。ベタなんですけど、小さい頃からテレビで新喜劇を見ていて。中学くらいで吉本新喜劇に入ろうと決めてました。高校を卒業する時、最初は大学に行くって言ってたんですけど、ある日、三者面談で「吉本新喜劇に行きたいんで、大学行きません」って言ったら、先生もお母さんもひっくり返って。「いまさら何を言ってるんだ」と。母が看護師をやっていたので、大学も看護師系の大学に入る予定だったんです。突然言ったんで、母も先生もびっくりでしたね。
(学校生活では?)
目立ちたがり屋ではありました。学級委員長になったりとか、生徒会長に立候補して副会長になったり、放送部に入ったり。前に出るタイプではありました。父がすごいカラオケが好きで、小さい頃からカラオケ大会によく出さされてたんです。だから人前に出ることに免疫がついてましたね。
(何を歌われてたんですか?)
当時は北島三郎さんとか…。
(えっ!? 女の子なのに?)
歌ったんです。「まつり」を歌って、入賞して…味を占めて。引くタイプじゃなく、前に出るタイプでしたね。

―高校の三者面談で初めて思いを打ち明けたんですね。

私はその時、何故か新喜劇に入れるもんだと思ってたんですよ。入れる、入れるとずっと思っていたので、親を説得して。母親から「とにかく、どうやったら新喜劇に入れるか調べなさい」って言われて、会社に電話したんです。すると、「今は、オーディションを受けるか、誰かの弟子になるか、NSCに行くかですが、どれひとつ、入れるという確証はないですよ」と。お金もかからなくて確実なのは、オーディションだな、と思ったら、「2~3年後です」と言われたんです。それまで東京へ行って、養成所みたいなところに入って、歌やダンスやお芝居を…。
(わざわざ東京へ?)
そうなんです。大阪には、けっこう地元(加古川)の友だちが出て来てて、何もしてない自分が気まずい雰囲気になってきて、1回、東京には住んでみたかったんで、東京へ。
(思い切って行かれましたね)
今考えると、よくぞ行ったな、と。何とか養成所みたいなところにも入って、バイトしながらやっていたら、ちょうど2年後くらいにオーディション雑誌で、「吉本新喜劇、大阪と東京でオーディション」というのを見て、「あ、これだ!」と。
(大阪で受けられたんですか?)
東京で受けました。何故か大阪は競争率が高いんじゃないかと思って。で、実際、東京の面接では隣に座っている人たちが、「新喜劇は一度も見たことがないですけど」って言っていて、その時、「これは、ちょっと勝ったぞ」と。最後に横にいる人が「入れてください!」って土下座をしてアピールしたんです。審査員の人から「秋田さんは土下座しないんですか?」と言われて、「土下座しなくても、面白い人は面白いし、入れる人は入れるんで…」って結構、冷静な返しをしたら、「そうだよな~」って。
(すでに毒舌キャラが…)
はははは~そっから入ってたかもしれないですね(笑) それは結構、鮮明に誰に言われたかとか、覚えてますね。今考えたら、よく言ったなと思うんですけど、ほんとに入れると信じ込んでいたので、そんなことが言えたのかな、と。
(1997年ですね。この時は何人?)
最後の最後に残ったのが、9人くらいでした。1人辞め、2人辞め、今現在残っているのは、東京にいる国崎恵美ちゃん、山田亮君、五十嵐サキちゃん、NSCでは先輩になる伊賀健二君ですね。

―絶対入れると思った新喜劇、実際はどんな感じでした?

正直、最初は、テレビで見ていた人が目の前にいるうれしさと緊張が凄かったですね。覚えているのが、(未知)やすえさんと東京に一緒に行く仕事があった時、「未知やすえが隣にいる!」と思ったら、もちろん寝れないし、喋れなかったです。最初はおとなしい子だったと思います。想像したとおり、プロ意識の高い集団だという印象はすごく受けました。あとビックリしたのは、本当の白髪だと思ってた竜じいさんが、カツラだったのにもすごいビックリして。眉毛も。「そうやったんや~」というのが衝撃的でした。今でもそうですね。普通に冷静に考えて、目の前に内場勝則がいるとか、吉田ヒロがいるとか、池乃めだかがいるとか。家に帰ってもいまだに「あの中條健一が目の前にいる」って思う時があります。あははは~(大笑い)。

―初舞台も緊張されましたか?

稽古の時から、すっごい緊張してました。NGKの初舞台では「先生、戻って来て!」というセリフだったんですけど、その声が震えていたのをすごい覚えてますね。入れると思って、すごい自信を持っていた割には、夢のようで、ずーっとふわふわしてました。「私、吉本新喜劇の座員なんだ~」って思ったのと同時に、ここからどうやって売れよう、名前を知ってもらおうかと考え始めましたね。でも、作家の先生に「あなたは10年かかる」ってはっきりと言われたんですよ。
(どなたに?)
湊裕美子さんです。湊さんにはほんとに感謝してまして、コーヒーの飲み方も1から教えていただいて。「そんな風に熱いコップを持ちません」って、すごく怒られたりとか。ある時、ネタをずっと考えていたら、「秋田は絶対10年かかる」って。「でもその10年というのは、貴重な10年で、この間にきっちりお芝居を覚えなさい、そしたら、きっと少しずつみんなに覚えてもらえるようになるから」って言われて、ほんとに10年目で、あの毒舌キャラが出来たんです。
(そんな積み上げの結果の毒舌なんですね…)
そうなんです。ちょうどあの辺りでやっと皆さんに、「毒舌の」といってもらえるように。その前から、ちょこちょこやらせてもらってたんですけど。台本に「いらっしゃいませ、お前ら」とか「顔面グーで殴りますよ」と書いてもらったのが、10年目くらい。すっごいうれしかったのと同時に、湊さんすごいな、と。

―先輩からはどんなことを教わりましたか?

先輩方、中山美保さんもあき恵さんもやすえさんも一の介さんも「くーちゃんは絶対芝居覚えた方がいい」「新喜劇は芝居が出来る人が絶対、最後に残るから、ギャグに走るな」「面白くて芝居が上手かったら、ギャグもちゃんと出来るし、芝居を絶対コツコツ覚えなさい」というのは、どの人にも言われたんですが、とくにこの4人に言われました。楽屋のこととか、先輩まわりのことは、藤井隆さんが、1から教えてくださいましたし。藤井さんってすごくて、先輩が咳払いしたら、すぐにパッとお茶を出したりする人で。私と一緒だったら、小さい声で、「秋田、お茶○○姉さんに持って行ってあげて」「○○さん、タバコ吸うから、灰皿持っていって」ってちっちゃい声で。「俺が動くと、秋田が怒られるから」って。
(すごい気遣いの人ですね)
すごいです。私、生きてきた中で、一番だって思いました。藤井さんはなんであんな風に動けるんだろう?って思うくらい、ほんとに優しくって。教えていただいた事は山のようにあります。でも、プライベートでは一番お世話になったのは、(浅香)あき恵さんなんですよ。後に仲人もしていただいて。本当に足を向けて寝られないです。

―どんなことでお世話に?

入って3年目くらいの時、何かいろいろ悩んでいた時期があったんです。そしたら、そんなに親しくなかったんですけど、あき恵さんから「泊まりに来ない?」って言われて、1泊して帰って。1週間くらいしたら、また「くーちゃん泊まりに来ない?」って2泊して。またちょっとしたら「くーちゃん、泊まりに来ない?」と言われて、次は3泊。最長1か月くらい。
(え~っ!? 1か月も?)
1か月泊まってたんです。あき恵さんからは「そんなに泊まった?」って言われるんですけど、確実に泊まってたんです。一緒に仕事に行かせて貰ったり、あき恵さんのお母さんと私と、時々、まる兄(Wヤングの佐藤)と3人で、お昼ご飯食べて、あき恵姉さんの帰りを待つっていう。で、さすがに1か月泊まった時に、「帰ります」って言ったら、あき恵さんが「じゃあ、くーちゃん、最寄り駅まで送るね」って言ってくださって。私がその時に、仕事のこととか人間関係で悩んでいることは知っていらしたんですけど、泊まっている間は一切、聞いて来られなかったんです。帰る時に、「私ね、昔、すごいいろいろあって、悔しくて泣いて、人も信じられない!って思った時に、みどり姉さん(若井みどり)から「あき恵ちゃんのことは、私が守ってあげるから、新喜劇頑張りなさい」って言われたの。それがすごいうれしくてね。今、その言葉をそのままくーちゃんに言えるから、新喜劇頑張りなさい」って言われた時に、まあ、泣きましたね。ぽろぽろ泣いて、あ~そうか、これをお姉さんは言いたかったんだなって。

―それが転機になったんですね。

それから何があってもずっと笑顔で過ごしていたら、信頼できる先輩がたくさん増え、後輩も出来て、同期も。ほんとに心から信頼する人が出来たんで。その時に、あき恵さんが、「将来は、くーちゃんの仲人やりたいな~」っておっしゃってくださって。私も「絶対お願いします」って言ってたんですけど、結婚する時、中條さん2回目と言えども、文枝師匠のお弟子さんに当たるので、これは絶対に文枝師匠にお願いするんだろうなと思っていたら、結婚イベントの打ち合わせで「仲人さんどうされますか?」と聞かれた時に、中條さんから「あき恵さんご夫婦で」って言ってくれてすごいビックリして。「ありがとう」って言ったら、「絶対そうだと思ってたから。そこはそうしてあげようと思ってた」と言われた時に、良かった~この人で、って。うははは~(笑)なあんて、ノロケちゃいましたけど…(笑)。

―でも、最初は大嫌いだったとか?

結婚発表の時にも言ったんですけど、大っ嫌いだったので…。同じ部屋に居たくない、1m以上近づきたくない人だったんです。大嫌いは、初めてNGKでマドンナ役をやった時に、舞台袖で「お前がマドンナか~ブサイクやし、マドンナいけるかな~」って、吉田ヒロさんと笑いながら言ったんですよ。その時は、サラッと「そんな事言わないでくださいよ~」って流してたんですけど、舞台の上でもちっちゃい声で、「お前がマドンナって」ってボソッとつぶやいたり、1週間の出番の間で毎回、言われ続けたんですよ。そうすると、「なんやねん!」っていう怒りに変わってきまして…。そこからです。もう、絶対イヤだって。ある日、グルメロケで中條さんと一緒になったんです。その後、ご飯に誘われて、「いつでもいいですよ」って150%社交辞令で言ったら、「また誘うわ~」って言われて。そこから5~6回断わり続けて、理由を法事とか、お婆ちゃん亡くなったとか…ほんとにイヤだったんで。もう断わりきれなくなって、「今日、行きます」っていう時に、私が片思いしてる人からメールが入って、「くーちゃん、今日晩ご飯一緒に行かない?」って。うっわ~と思って。でも、仕方なく中條さんと行ったんですよ。そこからですね。喋ってたら、あれ、この人、そんなに悪い人じゃない、って思い始めて。マイナス5万点ぐらい嫌いだったんで、ちょっといいとこ見えたら、プラスにしかならないんですよ。ご飯食べてる時も「寒くない?」って、ひざ掛けを店員さんにもって来てもらったりとか、帰りも駅の改札口まで見送ってくれて、切符も買ってくれて。何度がご飯に行くうちに「この人いいな~」って。そこから「お付き合いしてください」「はい」という感じに…。
(でも舞台袖の時から、「好きな子いじめる小学生」みたいな…)
すごい、そのお言葉どおり!後でそれを言われたんです。好きだったけど恥ずかしくて、小学生の子が、好きな子にちょっかいかける感覚だった、って(笑)。

―毒舌キャラが生まれるきっかけは?

すごく控えめだったので、どっかでやっちゃいけないんじゃないか、やる前には先輩方に承諾を得なければというのがあったんです。きっかけとなったのは、内場さんが「秋田~お前おとなしい顔して、ほんまは、先輩らのこと、おもんないわとか、こいつ死んだらええのにとか、殴りたいとか、絶対思ってるやろ。普段ニコニコしてるけど…」「そんな~とんでもないです」「いや、絶対そうやわ~」って楽屋で辻本さんと一緒に言われてたんです。ある日、内場さんから「1回、舞台で言うてみ。昔、大先輩で高橋和子さんという方が毒舌キャラされてて、笑顔で電話帳ビリビリって破ったりしてたよ。今そんな人いないし。絶対、秋田いけるから」って。「そんな台本に書いてくださいなんて言えないじゃないですか」「何言うとんねん、お前自分でやったらええねん。お前ら、そういうのが足りひん」って言われたんです。「ただ言う時は、この人言わなそうだろな、という役の時に言え」って。

―最初に言われたのは?

8年目くらいだったと思います。バスガイドさんの役が来た時に、「ここだ!」と思って。ちょうど相手が井上竜夫さんで。その時は台本に書いてなかったんですけど、ええい、言ってやれと。「おじいさん、早くしないと、顔面グーで殴りますよ」って。そしたら、ドーンとウケて、石田靖さんが「お前、最低やな。最低やけど、めっちゃおもろいわ」って舞台の上で言ってくださったんです。次に小籔さんが「秋田ちゃん、あれすごい面白かった」って、言うポイントを教えてくださるようになって。小籔さんとご一緒させていただいた時に、舞台で「秋田ちゃん、ここやで」って肩をポンポンと叩いてくださって。先輩方や、今の座長さんが作ってくださったみたいなところがあるんで、ほんとに感謝してますね。内場さん、あき恵さんも言ってたんですけど、「よくぞくーちゃんからそういう面を引き出した」って。やっぱりスーパー座長だなって思います。新喜劇って「○○な人」って覚えられ方するじゃないですか。そういう肩書きを作るのはすごくお上手な方。瀧見君の「千と千尋のカエル」を見た時に、やっぱりすごい!ギャグの工場!って。でも「無理やり入れるな、自然の流れで」って言われます。

―今年で何年目ですか?

ちょうど20年目ですね。子どもも5年前に生まれまして。そこから仕事をセーブしていたところもあったんですが、少しずつ解除させていただいて、単独ライブも年1回やるようにしたり。トークライブも3か月に1回したり。私たち40代という世代が一番中途半端だと思うんです。マドンナじゃなければ、母親役でもない、すごい宙ぶらりんなところにいるんですけども、落ち込まないんですよ。ここでどんなキャラを作ってやろうとか、もっと毒舌なギャグを言ってやろうか、とか。子どもを産んだからこそ、分かる芝居もたくさんありますし、もっと芝居を勉強しようとか。逆にわくわくしてますね。新喜劇の女優さんて、歳を取るほうがおいしいって、中山美保さんに言われたことがありまして。「私も前の週まではきれいなマドンナ役だったのが、次の週に、オバハンとか、シワシワとか言われて、確かに悔しかったけどな、おいしいねん、目立つねん」って言われた時に、あ、確かに年取ってからの方がおいしいんだって。芝居の面ではおいしい歳にかかってきたというのもあって、いろんなことにチャレンジしていきたいと思いますね。テレビとかドラマにも挑戦したいですし。あと、働くママとして、ママが頑張っているぞというのをアピールして、ママ向けのイベントも今後はやって行きたいな、と。すごく今、わくわくな時期です。後輩が頑張っているので、私たち同期がほんとに頑張っていかないといけない時期なんです。40代の世代に任せておけるなと言われるように、頑張っていこうな、と同期のみんなで喋りました。私たちが頑張れば、新喜劇はもっと面白くなっていくと思うので…。個人的には芝居も出来る、ギャグも出来る、お芝居にシフトしながら、キャラをつけたいとは思います。やっぱり、新喜劇の女優といえば、秋田くみ子といっていただけるまで時間かかるんで、そこまでは、コツコツ頑張って行きたいと思います。

―ご夫婦では?

中條さんとも何かチャレンジしたいなと思ってます。せっかく夫婦になったのに、何かやりたいねって。1つ思っているのは、あと2年後に、結婚して10周年になるので、そこの節目で何かしたいなと思ってますし、息子もようやく最近、ママとパパの職業を理解してくれているので。息子は新喜劇より落語の方をじっと見てたんです。不思議そうにずっと。コネはあるので(笑)、何かしたいといったら、どうぞと言いたいです。

―今、趣味とかプライベートでハマっていることは?

私ね、こう見えてなんですけど、美容オタクなんですよ。藍ちゃんから「美ターパン」ってあだ名を付けられて。「美+ピーターパン」なんですけど。すごく歩くのが好きですし、スーパーフードとか、頭皮マッサージもすごく好きで通ったり。あとは風水系ですね。風水大好きで、これは何にいいとか。この言霊は使っちゃいけないとか。
(ことだま!?)
すごく、言霊を信じます。こうなって欲しいなと思ったことがそうなったり、ふと考えていたことがテレビ番組になっていたりとか。引き寄せがすごく強いんです。中條さんも以前、言ってたと思うんですけど(第46回「中條健一」さんインタビュー参照)、イチローさんに新婚旅行も連れて行ってもらって。「アメリカに連れて行って。ファーストクラスで」なんて私が言い出したので…。
(言霊ですね~)
あの時は飛行機見てビックリしました。ほんとにファーストクラスでしたから。だから中條さんにはマイナスな事は絶対言わないようにしてます。仕事の波があってちょっと落ち込んだ時には「パパ大丈夫よ~絶対いいことあるから、口角上げてニコニコしておけば、いいことあるから」って言うと「そやな~」って。家の中では「最悪だ」とか「最低だ」というような言葉は絶対、使わないようにしてます。外でもそうですけど。私を救ってくれたあき恵さんが教えてくれたので、恩返しをする意味でも絶対、普段からマイナスなことは言わないって決めてます。入った当初はそれを言ってたんですよ。愚痴じゃなくても悪いことを。今日は寒いな~、しんどい、眠たいとか。言わなくなった瞬間にバーッて仕事が回り始めて。毒舌キャラも出来たけど、何が変わったんやろ?そうや、マイナスのこと言うてない。当時、一緒に舞台に出てたレイザーラモンのRGも、「そうやな、俺らメチャついてるよな、バンバン言霊使っていこう、バンバン感謝して行こう」って。言いそうにないタイプだと思うんですけど、すごい言ってて。そこから、毒舌キャラがちょっと定着して、婚約、結婚、出産って来てるんで。起きてることにすべて意味があると思ってます。ちょっと嫌なことが起きても、きっと意味あるな、神様から連絡が来たって、基本、すごいプラス思考で。
(悪いことを言わないというのは、すごい大事ですね)
今、新喜劇の人で、悪いこと言わない人は、回っているというか愛されてるというか。例えば、吉田裕とか…。
(私も今、浮かんでました)
そこなんですよ! 後輩ですけど、裕と藍ちゃんに関しては、いつも見習ってますし、あの2人の偉いところは、いつもニコニコしてて、何か嫌なことがあっても「あ、そうですね」ってニコっとして。西川忠志さんもそうです。私、「歩くパワースポット」って言ってるんです。
(あははは~)
だから、忠志さんとあき恵さん、裕、藍ちゃんとご飯食べた時って、いいこと起きるんですよ。ちょっとのことですけど。乗りたかった電車より1本早く乗れたとか、会いたかった人に会えたとか。そういう人たちって、絶対マイナスのことは言わない。もう1つ共通してるのは、礼儀正しい。誰に対してもきちんとあいさつする。4人プラスすっちーも小籔さんも。相手によって変えない。「おはようございます」って後輩にもきちんとあいさつするし、先輩にもするし。
(いいことを聞きましたね)
ほんと、すぐやってみてください。ゲッターズ飯田さんが言ってたんですけど、こっちからあいさつすると、運気が上がるって。日常にはちょっとした幸運へ道がいっぱいあって、人が見てなくても口角上げて笑っておきましょうとか。普段から、幸運になるためのアンテナや、芝居に対して、役者に対してのアンテナは、たくさん張っておきたいなと思います。

2017年4月10日談

「秋田久美子」から「秋田くみ子」に改名しました。

プロフィール
1975年7月31日 兵庫県生まれ。1997年1月 入社吉本新喜劇オーディション。