制作的感性をもって営業の仕事を円滑に

INTERVIEW 01人脈や経験を活かし、自分だからできる仕事を目指す

MBSに入社後、営業部に配属されて2年。そこから、放送の送出を司るテレビマスター、報道を経て、13年間制作で『ちちんぷいぷい』を担当し、再び振り出しの営業へ。18年ぶりに営業の業務に取り組んでいます。営業開発部は、テレビが担当するタイムやスポットのCMセールスをするのに、スポンサーニーズに合わせて単発番組やミニ番組を企画したり、レギュラー番組とスポンサーの橋渡しになれるような企画を考えたり、交渉したりする部門です。
純粋に営業というよりは、企画会議の場でアイデアを求められたり、ロケ台本のチェックをしたりと、結構クリエイティブな側面も必要で、制作での経験を生かし刺激的な毎日を送っています。

何しろ番組制作時代が13年と長く、そのほとんどを『ちちんぷいぷい』にどっぷり関わってきました。番組内の芸能関係を担当し、テレビで気になる注目のタレントを紹介する「今日のダレ?」のチーフを長年務めました。今は、これまで培ってきたキャリアを活かして、営業の仕事に取り組んでいます。

私は大学時代に水産学を専攻して、今でも魚が大好きです。社内のフロアに水槽を置かせてもらって世話をしていますが、それが高じて『ちちんぷいぷい』時代には"お魚博士"として58回にわたって番組に出演、魚に関するニュースを解説してきました。生番組ですから、司会者や出演者の方からどんな質問やコメントが飛び出すか予測がつきません。いきなり聞かれても、きちんと正確に、しかも楽しく答えを返すことにスリルとやりがいを感じてきました。

INTERVIEW 02魚好きの夢がかなった"奇跡"のドキュメンタリー

いつか魚の特番を作りたい。そんな私の夢が思いがけない形でかなったのが2011年放送の『クニマスは生きていた!~"奇跡の魚"はいかにして「発見」されたのか?~』というドキュメンタリー番組です。京都大学時代の先生だった中坊徹次教授と、友人のさかなクンとで、70年前に絶滅したクニマスという魚の番組を作ろうと取材していて、思わぬところから存在しないはずの「クニマス」を番組で発見してしまいました。

「絶滅種の再発見」という、日本の教授のだれも経験したことがないシーラカンス級の「大発見」となったわけですが、番組としては、歴史的発見の「発見前」からカメラが回っているという、前代未聞の「ドキュメンタリー」になりました。

『クニマスは生きていた!』は、MBSで初となる第52回科学技術映像祭内閣総理大臣賞(グランプリ)や、第37回放送文化基金賞番組部門テレビエンターテインメント番組本賞、平成23年日本民間放送連盟賞の優秀賞、2012年度US国際映像祭ドキュメンタリー番組環境・エコロジー部門2位受賞という高い評価をいただき、身に余る光栄だと思っています。私個人としても制作に携わった集大成として「ちちんぷいぷい」の仲間たちと取り組んだ、一生の思い出となる作品になりました。

INTERVIEW 03制作と営業の「融合」

「営業」は、お金を稼ぐところで、
「制作」は、お金を使うところ。
「営業」は、どうやればより稼げるか考え、
「制作」は、どうやればよりおもろいか考える。

そもそもの「言語」が違う、明後日の方向を向いた両者の間を、可能な限り無理なく埋めるのが、今の僕の仕事だと考えます。13年の制作経験から、「営業の言語」を「制作の言語」に日々翻訳し続けて、スポンサーも営業も制作も視聴者も、みんな笑顔になってもらえるように奔走しています。

もちろん、今もたまに「おさかな」の話でぷいぷいに出演して解説したりしますし、営業のスポンサーからオファー頂いて、お魚トークショーをしたりしています。

みなさんへ一言

私がこれまで経験したように、MBSには様々な仕事があり異動も多いんです。自分はこんな仕事をやりたい!という情熱を持つことは大切ですが、それにとらわれず、色々な経験を積んで視野を広げてから、自分のやりたいことにチャレンジできるのがベストだと私は思っています。
MBSはそれができる会社です!