loading

Member Introduction 社員紹介

『情熱大陸』『世界ウルルン滞在記』『世界の日本人妻は見た!』多くの番組を手がけても「もうやり尽くした」とはいえないテレビの世界

中野 伸二

編成局 チーフプロデューサー/編成部 企画統括
法学部卒業/1988年入社

編成部の企画班として新番組に取り組む

制作と編成を行き来する社会人人生ですが、2015年7月に東京制作室から本社編成部に異動しました。東京支社勤務が長く、19年ぶりの大阪です。編成に異動するにあたって制作現場を離れるのは寂しくないかとよく聞かれました。でも、そんな気持ちにはなりませんでした。そもそもタイムテーブルは有限です。僕がずっと番組をつくるということは、他の誰かにつくらせないということでもあります。かつて僕は先輩からバトンをうけとりました。だから僕も次の人に渡していく。自然の道理です。それに、自分にしかつくれない番組、自分がやらなければダメになる番組って、実はよくないかもと思うんです。たとえばシャネルやグッチというブランドはデザイナー交代があってもシャネルやグッチであり続けていますよね。テレビでも、自分がいなくなったくらいでは揺るがない番組にしておく。それが先輩としての責務かと。

異動した編成部の仕事は、ひとことでいえばタイムテーブル全体のプロデュースです。その中で企画班は、MBSのタイムテーブルにあるすべての番組の品質向上にあたっています。1日24時間、1年365日の時間軸のなかでMBSの多様なクリエイティブをいかに表現するか。これには個別の番組を手掛けるのとは違う醍醐味があります。
また、新たな番組の開発にあたっては、企画班の「目利き」力が問われます。制作局、報道局、スポーツ局などの社内各部はもちろん社外の制作会社からもさまざまな番組の提案が持ち込まれます。ただ企画書という紙を読むだけでは判断できません。いま視聴者はMBSで何を観たいのか。MBSは視聴者に何を観てもらいたいのか。ディレクター、プロデューサーと向き合って話しこむなかで、企画の芽が見えてきます。ほのかに原石が光りはじめます。来年、MBSは開局65周年を迎えます。特別番組の企画募集には山のような企画書が集まりました。さてどんな番組で視聴者のみなさんに楽しんでもらおうか。企(たくら)んでいると、あっという間に時間は過ぎます。

テレビマニアではなかった自分が
放送局でどのように働いてきたのか

僕は入社前、放送局にどんな部署や職種があるのかあまりよく知りませんでした。ただ、一視聴者として見ていたテレビの向こう側の世界がとにかく楽しそうに見えて、その一員に加わりたいと考えました。就職試験のとき、周りには「スポーツ中継で感動を伝えたい」「バラエティ番組のディレクターになって笑いで関西を元気にしたい」「ドキュメンタリーで世の中の不条理を描きたい」など、明確な目標をもって語る人がたくさんいました。そんななか「MBSという場に身をおいたら、自分と自分のまわりにどんな面白いことが生まれるのか興味があります」みたいなことを言っていました。ナニサマだったんでしょう(笑)。やりたい仕事というよりも、住みたい世界=居場所としてMBSを選んだという感じです。そんなヤワい気持ちで入社したものですから、「自分が選ばれたせいで、明確な目標があったのに落ちた人がいる」という申し訳なさが心の底にいまもあります。でも、だからこそ、「やりたくてもできなかった人がいるのだからサボるわけにはいかない」「自分の作った番組で、その人たちに納得してもらわないといけない」――そう思ってきました。かなりこじれたモチベーションの持ち方かもしれませんが、僕なりの、せめてもの仁義の通し方です。

入社後は東京支社のテレビ営業や本社報道局社会部、東京報道部を経験した後、1998年から東京支社でテレビ制作に携わりました。番組開始から10年間にわたって『情熱大陸』のディレクター・プロデューサーを務めたほか、『世界ウルルン滞在記』や『久米宏のテレビってヤツは!?』など全国ネットの番組を手掛けた後、支社テレビ編成部に異動。支社編成部長を経験した後、再び現場に戻り、2013年に『世界の日本人妻は見た!』を立ち上げました。編成部長が現場に復帰するのはとても珍しいことでしたが、MBSがはじめて火曜20時枠を任されるにあたって、またお鉢がまわってきたという感じでした。
この番組を企画するにあたってキモにしたのは、世界各国の"ふつうの生活"にフォーカスすること。ツイッターやフェイスブックが広まり、いまやスマホ一台で誰もが繋がりあえる。世界は超フラット化し、どんな彼方までも見通せる――と米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマンは『フラット化する世界』で書いていますが、地球はやっぱり真っ平らではないと思うんです。最先端テクノロジーで磨き上げられたようにみえても、実際に地べたに降りてみればいろんな凸凹(デコボコ)があります。
番組の取材カメラは、異国に嫁いだヤマトナデシコたちが台所で料理し、リビングを掃除し、近所のスーパーにでかける姿に寄り添いながら、珍妙な凸凹を記録していきます。
ある国で買い物すると、小銭のお釣りのかわりに飴を渡されます。またある国では、洗濯物の種類によってこと細かく温度設定を変えないと姑や夫に叱られます。
それは"驚愕"や"衝撃"の映像ではないかもしれません。でも小さな凸凹こそが日々の暮らしの中に機微とか陰影を生み出し、人生を味わい深いものにしてくれると思うのです。

理想のディレクター像はなし!
熱い人にも冷めた人にも『情熱大陸』を作って欲しい

『情熱大陸』や『ウルルン』をつくったというと"熱血漢"を想像される方が多いのですが、だいたいが実際に会うと拍子抜けされます(笑)。体温が低そうだとか。もちろん熱いハートをもってものごとに取り組んでいるんですよ。でも同時に、状況をいつも客観的・俯瞰的にみてしまうんです。「ああ、いまアドレナリンが出ているな」とか「ちょっと調子に乗っているな」とか。コンサートなんかを観にいってもそうです。観客総立ちの一番のクライマックスで、ふと、さめる。正気になる。熱中を通り越してファナティックになるのが嫌というか。皮肉屋でもなく、ニヒルを気どっているわけでもなく…。なんというか、懐疑主義者ではあります。

そういう意味で『情熱大陸』は僕らしい番組なのかもしれません。取材対象は世界的アスリートから、科学者、芸術家、料理人、アイドル、沖縄の主婦まで節操がないといっていいほど幅広い。褒め称えるでもなく仮面を暴くでもない。ニュートラルな視点で向き合い、どんな人でも放送時間は分け隔てなく30分です。
実はこの番組、オンエア前に取材対象から内容をチェックしたいと言われてもお断りしています。事前の打ち合わせの段階で先方にそのことを伝えていますが、おかげで企画がボツになったこともあります。オダギリジョーさんのように最後の最後まで粘られ、「だったら編集室までチェックにやってきところも撮影します」ということになり、これは、かなりスリリングな作品になりました。

『情熱大陸』で撮りたいのは、被写体本人も気づいていない、見えていない、自分の姿です。被写体が、自分の見せたいものだけを見せるのであれば、それはプロモーションビデオです。なにも『情熱大陸』が取材する必要はありません。オンエアで映し出されたものを見て、取材対象者が違和感を覚えるということがままあります。「わたしって、こんななの?」と。それは番組として失敗ではありません。むしろ成功だと思っています。自分が抱いているものとは、違う自分。完璧なセルフイメージからすれば、それは今まで気づかなかった「ほころび」です。でもその「ほころび」を慈しむべき新たな魅力として見つけ出し、味わい深い物語として紡ぐのが『情熱大陸』の醍醐味だと思うのです。放送終了と同時に、取材対象から電話がかかってくることがあります。そのときに「ありがとう!」といわれると、嬉しい反面、「あぁ、思ったとおりのものしかつくれなかったのか」と、複雑な気持ちになっていました(笑)。

入社して30年近く経ちますが、まだ、夢想しています。いつか、どこかに、MBSの「むら」をつくれないかなぁと。一種のテーマパークなのですが、その場所はちゃんとは明らかにしない。とある山村にMBSの誰かが移り住む。そこで、実際にただ暮らす。暮らし続ける。その様子が、テレビ、ラジオ、ネットなどで見られる。何かが収穫できたとか、あそこの夫婦に子供が生まれたとか。なんでもない「むら」の営みを日々伝えることで、その「むら」がいつしか視聴者の心のふるさとになる。そしていつしか、その場所を探し出して訪ねてみたくなる--。ディズニーランドでも、USJでもない、夢のむら(笑)。
まじめな話、放送局って番組をつくるだけではありません。いろんなかたちのエンターテインメントを生み出していかねばなりませんから。

みなさんへ一言

就職活動では自己PRというものをよく求められると思います。僕はこれがとても苦手でした。初めて会った人にいきなり自慢話をするなんて、なんと恥ずかしい。というか、はしたない。そもそも、たかだか20年ちょっとしか生きていないのに自慢できることなんてそうそうあるわけもなく――というようなことを面接官に答えていた僕は、おかげさまで(?)いまMBSにいます。手前味噌かもしれないけれど、こういうことが大切だと思っています。あたり前になっている風景に、自分なりの視点を持って解釈を加える。学生のみなさん、あなたの目には世界がどんな風に映っていますか。あなたのことばで教えてください。

編成

社員紹介一覧へ