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Member Introduction 社員紹介

人とは違う個性を活かし、目指すはアナウンサーの新境地

福島 暢啓

アナウンサー室 アナウンス部
日本語日本文学研究科修了/2011年入社

一般職入社のはずが、アナウンサーへ路線変更!?

両親共働きの鍵っ子だったので幼い頃からテレビやラジオにどっぷり浸かり、"放送に育てられた"と言っても過言ではない幼少期を過ごしていました。しかし、そんな私が就職活動を控えた頃、聞こえてきたのが「テレビ・ラジオが消滅しそうだ」という巷の声。これは私が何とかせねば!少しでも力になりたいと考え、放送業界を受けることを決めました。なかでも毎日放送を選んだのは、関西で特に愛されているイメージがあったから。日本でも有数の歴史を誇る放送局であることにも魅力を感じていましたね。

実は私が入社した2011年度はアナウンサーの募集はなく、私も一般職として入社しました。ところが研修もすべて終え、いよいよ配属という時になって「アナウンサーはどうか」と人事部から打診されたのです。学生時代には落研に所属し、大学の先輩と漫才コンビを組んでM-1グランプリに出場するなど、人前で話すことは結構得意。幼い頃から"自分の部屋は楽屋。それ以外はステージ"と考えるような一面もありましたから、業界の花形であるアナウンサーへの配属は願ってもないチャンス。アナウンサー室のセンター長から直々に「君を迎えいれたい」と言われた時は、心の中で「よっしゃ!」と拳を突き上げていました。

アナウンスメントという"芸道"に精進できる幸せを実感

現在、テレビでは「ちちんぷいぷい」と「MBS SONG TOWN」を、ラジオでは「ヤングタウン日曜日」と「福島のぶひろの、どうぞお構いなく。」などを担当しています。どの番組にもそれぞれ思い入れがあり、軽重をつけることは出来ませんが、「ちちんぷいぷい」で担当している「歌碑ものがたり」というコーナーは私にとって特別な存在です。私は中学生の頃から昭和の流行歌が大好きで、ある時ディレクターに「津々浦々にある歌碑を訪ね、掃除して回りたい」と伝えたところ、番組のコーナーにしてもらえたのです。2014年春にスタートし、この2年で出会った歌碑は100基を超えました。北は北海道の知床から南は沖縄の読谷村、はたまた台湾まで歌碑を訪ね歩き、正直、「もう歌碑ないんじゃないの!?」とも思ったり(笑)

アナウンスメントは実に奥が深い"芸道"であると考えています。いつかは原稿の読み方だけで「これは福島だ」と分かってもらえるような"自分の流派"を形づくりたいと思っているんです。バラエティや情報番組ではシソやわさび、刺身のつまのような添え物として他の演者を引き立てながら、自分は前には出過ぎず、何をしてもどこまで行ってもアナウンサーという佇まいを感じさせる。そんな隠れた名脇役のような位置づけを確立し、アナウンサーとしての活躍領域を広げていければと思っています。入社6年目、まだまだ道のりは長そうですが、ちょっとずつでも前に進めたらと、奮闘しながら充実の毎日を送っています。

みなさんへ一言

放送業界を目指す人は華やかで目立つ人が多いからこそ、私はあえて逆を行き、地味を究めることで存在感を発揮しようと考えました。企業研究や就職活動に大まじめに取り組む優等生ではありませんでしたが、「放送が好き」という気持ちだけは誰にも負けないと、面接ではその想いをとことんアピールして入社を果たしました。みなさんも、自分がこれと思うことは徹底的にやる、人に伝えるということを大切にしてください。MBSはそんな想いをしっかりと受け止め、引き上げてくれる会社です。

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