loading

Member Introduction 社員紹介

一貫して番組作りに携わる ラジオ・テレビの制作現場で 培ったものとは

福岡 元啓

東京制作室
法学部卒業/1998年入社

ラジオで学んだ作り手の心構え。そしてテレビ報道へ

最初に配属されたのがラジオ制作でした。新入社員の研修時に「ラジオもいいですね」と言ったのが影響したのかもしれません。配属と同時にいきなり、番組ディレクターとして「ヤングタウン」という深夜の看板番組を担当しました。ディレクターの仕事は番組の進行はもちろんのこと、番組構成や音楽の選曲、出演者とのコミュニケーションなど全て自分でやらなければならない。新米だろうがやらざるを得ない状況でした。一方でラジオは出演者との距離の近さが魅力で、作り手として多くを学ぶことができました。ジャリズムさんやよゐこさん、山本太郎さん達とご一緒に仕事をしていて気づいたことは、ラジオはタレントさんにとって本音が吐露できる自宅のような場所だということでした。普段は華やかなテレビという舞台で活躍されていても、そこは緊張感漂う言わば闘う場所だといえます。しかし、リスナーとの距離が近いラジオではその疲れを癒すことが出来るのです。新米の私でしたが、よき作り手とはどういうものかというアドバイスもたくさんもらい、タレント心理を学べたことは後に大きな財産になったと思います。作り手として出演者にどう配慮するべきなのか、制作者としての自分の原点はここで磨けたと思っています。 4年間をラジオで過ごし、テレビの報道記者に異動しました。それはもう全く違う世界です。神戸支局でスタートし経済部、大阪府警などを担当しました。殺人犯、詐欺師、暴力団関係者…普通の世界では接しない人物たちを相手に、自分しか知り得ない情報をマスに伝えるべく、ニュースソースを現場へ行って掘り探すわけで、常に他社とはスクープを取るためにしのぎを削りました。

社の看板を背負っている以上、絶対に負けるわけにはいかない。ネタを探すために、本当に良く歩いたものです。革靴を今までに経験したことがないペースで履きつぶしました。自分が手がけた取材で思い出に残るのは北海道物産展の偽業者を暴いたものと、街頭募金詐欺を追求した調査報道です。いずれも誰もがまだ注目していないネタだったので反響も大きく、その後も徹底追求を続けたことで第42回ギャラクシー賞に2作品とも選ばれるダブル受賞になりました。報道というのは発表モノのニュースを出稿しているだけじゃだめで、世の中という目に見えぬ大きな池に「疑問」を投石して波紋を広げる使命があると思います。ちなみに街頭募金詐欺はその後、最高裁でも詐欺罪が成立すると認められ、新たな判例として注目され、警察幹部からも注目される事案となりました。

情熱大陸のプロデューサーとして目指すもの

2010年秋から情熱大陸のプロデューサーをしています。様々な制作会社からの企画提案をジャッジするほか、自分が興味のある人をリサーチするなど毎月100本ほどの企画とにらめっこしています。プロデューサーとして重要な役割のひとつは番組のコンセプトを考えることですが、東日本大震災以降、随分と「日本」を意識するようになっています。あの震災で学んだことは「昨日の価値観が今日になれば全く違うものになってしまう」ということです。津波によって全てが一瞬にして奪われてしまった。だからこそ「今」を意識し、タイムリー性にこだわっています。企画を選定する作業とともに、番組の構成や原稿などを精査するのもプロデューサーの大事な仕事で、新鮮な映像を入れたいので、最近はOAギリギリの前日まで編集をして、原稿とにらめっこしながら番組を仕上げています。
情熱大陸が始まって19年が経ちました。大勢の視聴者に支持され続け、Twitterのフォロワー数も日本のテレビ番組では群を抜いて多く、すでに13万人を超えています。放送する度に思うのですが、取材対象者から生き方を教えて頂いているような気がしています。先人達が築き上げたこの番組、新しいことをするには勇気が必要ですが何もしないままだと萎んでいくことになりかねない。怖くてもやらなければならないと思い、震災半年で放送した「石巻日日新聞」編では、番組始まって以来の生中継に挑戦しました。「そもそもドキュメンタリーに生中継ってどうやねん」って意見もありましたが、自ら被災者でもある小さな新聞社の人たちの葛藤を伝えるため、究極のタイムリー性を追求したわけです。技術的に難しいこともありましたが、ナレーションの窪田等さんはじめスタッフ全員が前向きに取り組んでくれたことで無事に放送することが出来ました。有り難いことにこの放送はギャラクシー賞の月間賞を頂くなど結果もついてきてほっとしました。
番組は、2016年4月に900回を迎えこれからも、批判を恐れず攻めの姿勢でどんどんチャレンジを続けていきたいと思っています。
その気になれば、いろいろなことをさせてもらえる会社だと痛感しています。2016年の5月から日本のドキュメンタリー番組として、初めてのフィリピンでの地上波レギュラー放送と見逃し配信を行っています。日ごろの業務の合間を縫って、毎月現地でフィリピンのスタッフとともに編集作業をすることで、質の高い日本のテレビドキュメンタリー文化をフィリピンに伝えられたらと思っています。

みなさんへ一言

私がこの業界を志望した理由は、自分の感じたメッセージを伝える職業につきたかったからです。関西には縁がなかったのですが、MBSが制作するネット番組はジャーナルな雰囲気があったので興味のある放送局でした。準キー局はいい意味で中途半端だと思います。大きすぎて埋没することがないし、小さすぎてドラスティックな事が出来ないわけでない。自分のやり方とやる気次第で大いに裁量が持てるところに魅力があります。この業界を志望する学生さんに伝えたいことは、番組(モノ)作りをやるなら、社会との接点を常に意識してほしいということです。芸術でよければ個展でいいわけです。骨太で「情熱」のある方との出会いを楽しみにしています。

制作

社員紹介一覧へ