今回のパリオリンピック™では、ウクライナへの軍事侵攻を理由にロシア・ベラルーシが“国として”の参加は禁止されました。一方、パレスチナと対立するイスラエルは、通常どおり参加しています。なぜロシアがダメで、イスラエルはOKなのか。そこには、オリンピックの理念や国際情勢など、様々な要因が関係しています。“平和の祭典”の裏側について、オリンピックの歴史などに詳しい環太平洋大学・体育学部の真田久教授への取材などをもとに情報をまとめました。
【ロシア・ベラルーシ】国として参加NG…ウクライナ侵攻が理由
今回のパリオリンピックで、国を代表しての参加が禁止されたロシアとベラルーシの選手。“中立”の立場を表明した人のみ、“個人資格”での参加が認められていて、その数はロシア15人・ベラルーシ17人(7月20日現在)となっています。ただし、個人として出場する選手は開会式の入場行進が認められず、メダル授与式で自国の国歌・国旗は使用されません。
なぜ今回、ロシアが国としての参加を禁止されたのか。まず、ウクライナ側は「ロシアの選手を参加させるべきではない」という声明を出し、国連も「ロシアはウクライナを侵略している」という認識です。そして、IOC(国際オリンピック委員会)は「ロシアはウクライナのオリンピック委員会を勢力下に置こうとしている」として、スポーツの世界でも侵略が見られることから、今回の処分が決まりました。
そもそも『オリンピック憲章』では、「平和な社会の推進」という理念を掲げていて、平和に反する国は参加できないのが原則です。
【イスラエル】国として参加OK ガザ地区へ侵攻しているが…
一方で、ガザ地区に侵攻している「イスラエル」、イスラエルと対立する「イラン」、アジアの平和を脅かす「北朝鮮」は“国として”参加しています。『オリンピック憲章』には「すべての個人はスポーツをすることへのアクセスが保証されなければならない」という理念もあります。国の政治的事情で参加できないのはおかしい…ということで、「平和な社会の推進」と「スポーツへのアクセスを保証」、ときに対立する2つの理念の両立に、IOCは苦心しているようです。今回のロシア選手の“個人資格”での参加は苦肉の策でした。
ガザ地区に侵攻しているイスラエルについては、パレスチナが「イスラエル選手の排除」を求め、国連は「即時停戦」を求めています。一方、IOCは「両国のオリンピック委員会は平和的に共存している」という見解です。
また、イスラエルが参加を許されたのは、1972年の『ミュンヘンオリンピック事件』に対する同情的感情も世界的にあるのではないか、ということです。事件では、オリンピック開催中、選手村にパレスチナ・ゲリラの武装組織が乗り込み、イスラエルの代表選手ら11人が殺害されました。
ちなみに、北朝鮮は前回の東京オリンピックをコロナ禍を理由に参加表明しませんでした。しかし、実はこれはルール違反で、各国のオリンピック委員会は参加を表明する義務があるということです。この“ルール違反”によって北朝鮮はIOCから制裁を受け、2023年までオリンピックには参加できませんでしたが、今回のパリ大会は制裁が解除され、参加となりました。
『オリンピック休戦』を3度“無視”するロシア…北京大会時には開会式の日にグルジア侵攻
過去を振り返ってみても、オリンピックは国際情勢に影響されてきました。
【1972年・ミュンヘン大会】
イスラエル代表選手ら11人が殺害される。
【1980年・モスクワ大会】
アフガニスタンに侵攻したソ連への抗議として西側諸国がボイコット。金メダル確実と言われた柔道・山下泰裕選手が参加できず。
【1984年・ロス大会】
ソ連など東側14の国と地域が出場見送り。
【1992年・バルセロナ大会】
旧ユーゴなど民族紛争。
こうした中、1993年、オリンピック期間中の休戦を呼びかける『オリンピック休戦』が、国連で全会一致で決議されました。もともと古代オリンピックは「戦争からの解放」という目的で始まっています。
しかしその後、ロシアは3度にわたりこの取り決めを“無視”。2008年・北京大会では、開会式の日にグルジア(現ジョージア)を侵攻。2014年のソチ大会(冬季)では、パラリンピック期間中にクリミアを侵攻。今回のパリ大会も休戦していません。
“新オリンピック”をロシアが計画!?過去にも似た例が…
さらに、今回、国としての参加を禁止されたロシアですが、自ら“新オリンピック”の開催を検討しているということです。そのロシア主催の競技大会は60か国以上が参加するだろうと言われていて、賞金が出るという話も。これをIOCが容認すると世界が分断されてしまう一方で、各国に参加させないよう働きかけても分断が進んでしまうということで、難しい判断を迫られそうです。
過去にも似たような話がありました。1962年、インドネシアがジャカルタで開催した『アジア大会』に台湾・イスラエルが呼ばれず、これについてIOCが“不当な差別”だとしてインドネシアに制裁を課しました。するとインドネシアは、新興国のスポーツ大会『ガネフォ』を1963年に開催。50か国ほどが参加し、翌年に控えていた東京オリンピックに暗い影を落としたのです。こうした前例もあり、IOCはピリピリしているようです。
では今後、オリンピックはどうなっていくのでしょうか。真田久教授によりますと、今増えている「団体戦」は“ナショナリズム”に結び付きやすいため、“平和の理念”を優先する場合、個人戦ばかりの方がよいということです。ただし、団体戦は盛り上がりやすため、商業的成功を考えると…ここにジレンマがあるようです。