結婚を前提に50人ほどの女性と交際していたK氏。被害者らは誕生日と嘘をつかれプレゼントを騙し取られたと訴え、去年4月にK氏は逮捕された。しかし検察はK氏を不起訴とした。被害者らへの聴取時に、検察官が主張した内容とは。結婚詐欺に立ちはだかる「法律の壁」に迫る。
結婚を前提に交際後に「誕生日だからプレゼント欲しい」
3月10日、大阪市内の弁護士事務所で詐欺事件の被害者が相談していた。
(弁護士)「ここまできたら腹立つじゃないですか」
(Aさん)「とことんまでやったるぞ、みたいな」
(弁護士)「その熱意が通じたんですって警察には」
(Aさん)「2度と絶対に同じことをやってほしくないし。やらせないためにこうやっている」
Aさんが騙されたと訴えているK氏。おととし1月にマッチングアプリで知り合い、すぐに交際が始まったという。
(Aさん)
「たった2回しか会っていないのにキスとかしてきたので。私は次に付き合う人とは結婚できる人、『本当に将来一緒にいられる人じゃないとそういうことはしたくない』と言ったら、『俺も本気や。一生一緒におるつもり』と言って」
シングルマザーのAさんは、K氏と結婚を前提に交際。するとすぐにK氏から次のようなことを言われたという。
(K氏)
「2月22日が誕生日だからプレゼントに8万円のドローンがほしい」
Aさんが断ると、「欲しいものがあるから電子マネーで2万円欲しい」と言われ、Aさんは誕生日だったことから応じた。
さらにK氏はこんな要求もしてきたという。
(Aさん)
「『自分が水素水を扱ってる会社をやってる』だとか『ずっときれいでいてほしい』と」
Aさんは結婚を前提に交際していたこともあり、言われるがままに整水器や酵素ドリンクなど計18万円分を契約した。
同時期に約50人の女性と交際…掲示板には“詐欺被害”訴える書き込み
ところがその後、驚くべき事実が発覚した。
【K氏からの被害を訴える書き込み】
「好きになった頃合いで、水素水とか勧めてきます。人の恋愛感情を利用するのは、本当に悪質です。皆さん騙されないで下さい」
K氏からの詐欺被害を訴える掲示板が立ち上がっていたのだ。
AさんはK氏とデートをした後、K氏の行動を確認した。すると直後に別の女性と仲むつまじく落ち合う様子を目撃した。
Aさんは掲示板に書き込まれた被害者らに連絡を取り始めた。すると…。
(Aさん おととし11月)
「全員の交際期間を聞くと全部私と被っているんです。現在把握しているのは35人ほど。(Q35人?)はい。まだ増えるんじゃないかなと思っています」
最終的にAさんと同じ時期に交際していた女性の数は50人ほどいたことがわかったのだ。ほとんどが30代~40代の女性だった。
その1人で、Aさんと同時期にK氏と交際していたBさん(40代)。取材班はK氏の実態を調べるためにBさんとのデートの現場を撮影した。
(K氏)
「ほんま可愛い。一番可愛い。癒されるわ」
席に着くなり甘い言葉を口にするK氏。ところが…。
(K氏)「空気清浄機。コロナまで取れる」
(Bさん)「今の段階で私との先は考えられる?」
(K氏)「考えているから付き合っている。結婚しないっていうことは絶対にない」
(Bさん)「わかった。ありがとう」
(K氏)「じゃあ、あとハンコ」
同時交際していた多くの女性に対して「結婚する」と約束していたK氏。
警察は詐欺罪で男性を逮捕…しかし検察は不起訴に
警察は去年4月、結婚を前提に交際していたAさんら3人に対して、誕生日を偽り電子マネーやスーツなど総額10万円相当を騙し取った疑いでK氏を逮捕した。
取り調べに対してK氏は次のように話した。
(K氏)
「全員と結婚を前提に交際していた。誕生日を偽ったのは本当に自分を信じてくれるのかを測る愛情のバロメーターだった」
誕生日を偽っていたことは認めていた。
しかし、神戸地検伊丹支部は去年5月、K氏を不起訴処分にした。
警察は、Aさんら3人が誕生日を信じてプレゼントを渡していたことから、「嘘の誕生日を告げた行為が詐欺罪にあたる」と判断。
一方で検察は、「結婚を前提にした交際であれば数万円程度のプレゼントは誕生日でなくても贈る」と指摘。
つまり、誕生日を偽った行為とプレゼントを渡した行為に因果関係がない、と判断したのだ。
しかしAさんにとって渡した2万円は決して簡単に出せる金額ではなかったという。
(Aさん)
「私みたいなシングルマザーにとってはすごく大きな金額なんですね。今回の件が不起訴になってしまうと、同じようなデート商法とかしていることを、推奨ではないけれども『やっても捕まらないんだぞ』という悪い人たちの後押しをしているように思われるんじゃないかと」
Aさんらは処分を不服として、検察の判断が妥当かどうか、「検察審査会」に申し立てた。そして今年1月。
【検察審査会の議決書の内容】
「関係資料等を総合的に判断すると、検察官のした不起訴処分には納得できないので速やかな再考を要請する」
判断は「不起訴不当」。無作為に選ばれた一般市民11人が審査し、検察に再判断を求める議決を下した。事件は再捜査となった。
検察官「普通は結婚前提に付き合っている相手に3万円ぐらい負担する」
複数の女性に結婚を約束して誕生日を偽ってプレゼントを受け取る行為は詐欺ではないのか。3月16日、Aさんは検察の再聴取に臨んだ。
【Aさんと検察官とのやり取り】
(Aさん)「よろしくお願いします」
(検察官)「担当検事です。結婚をどれくらい本気に考えていたのか、結婚について双方どう考えていたのかと、(検察審査会から)指摘を受けましたのでお聞きしたいです。(K氏)から誕生日じゃなくて単に『プレゼント欲しい』とか『3万円欲しい』とか言われたら、それはあなたは渡さなかったんですか?」
(Aさん)「渡さないです」
(検察官)「渡さないんですね。将来を共にしようと思っている相手であっても3万円すら負担するのは嫌だと?」
(Aさん)「嫌というか…、誕生日だから渡すんですよ」
(検察官)「そうじゃなくて。第3者に『誕生日だから3万円くれ』と言われて渡します?逆に聞きますけど」
(Aさん)「第3者?」
(検察官)「まったくね、大して仲の良くない友達に『誕生日だから3万円くれ』と言われたらね?」
(Aさん)「それは出さないです」
(検察官)「そこなんですよ!違い!(K氏)だから渡しているんですよ。誕生日が大事なんじゃなくて相手が大事なんですよ」
検察官は「恋愛感情があれば3万円のプレゼントは誕生日でなくとも渡す」と主張した。
(Aさん)「誕生日だから出せる金額と、誕生日以外で出せる金額って、やっぱり違う」
(検察官)「いや、それは普通じゃないです。“普通”は結婚前提に付き合っている相手に3万円ぐらいだったら負担をするよねっていう」
(Aさん)「何を基準にしてはるんですか?」
(検察官)「通常人です。普通の感覚。裁判というのは一般通常人というのが基準にあります。やはり起訴は難しいんです」
結局Aさんの主張は受け入れられなかった。
専門家に聞く『法律の高い壁』
こうした検察官の主張は妥当と言えるのか。かつて刑事裁判官として数々の判決を言い渡してきた片田真志弁護士に話を聞いた。
(元裁判官 片田真志弁護士)
「誕生日を偽ったというところが本質だと捉えると、これは詐欺にはなりにくいと思うので。ただこの事件であれば、結婚を前提とするパートナーを探している。実際に会った後にも結婚に関する発言がある。しかし実際には何十人にも同じようなことを言っている。交際の最初から最後まで、欲のためにというか、経済的な利益を得るために全て嘘をつきまくっていたと立証できるのであれば、一連の経過全体を欺罔と捉えることで、詐欺と構成する余地は私はあるんではないかと思います」
3月31日、神戸地検伊丹支部は再び不起訴処分とした。事実、罪に問えない結婚詐欺。法律の高い壁が被害者らに影を落としている。