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終わらない"自主避難" 大阪で10年の避難生活を過ごす母子...福島に残る夫

2021年03月11日(木)放送

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震災に伴って起きた東京電力福島第一原発の事故。福島県の調べでは避難者は今も3万人以上いて、森松明希子さん(47)もその1人です。森松さんは福島県の「中通り」という地域にある福島県郡山市で被災しましたが、原発事故で避難指示は出されませんでした。しかし放射線量が高くやむなく避難した人たちは、いわゆる『自主避難者』とされ、補償などの面で大きなハンデを負っています。ふるさとに帰れず大阪で避難生活を続けている森松さんを取材しました。

大阪市に住む森松明希子さん。10年前、福島県郡山市から2人の子どもと共に自主避難してきました。

(森松明希子さん)
「毎日が避難を続けることの連続であって、10年の節目ってよく言われるんですけれど、たぶん被災している人や避難している人にとっては節目ってあまりないと思うんですね。」
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森松さんは、放射線の被ばくが子どもの健康に与える影響を考え、夫を福島県に残して、親戚がいる大阪市に避難しました。

(森松明希子さん 2013年取材時)
「目の前の子どもたちの健康を守るために避難しているから、目の前に子どもがいるから我慢もできるんですけれど。夫は避難生活を続けさせるために働いて、その守るべき子どもは目の前には普段いないわけですから、どうやって精神状態を保ってるのかなと思う。」

2013年に取材したこの日は、月に一度、家族に会うために大阪にやってくる夫・暁史さんと一緒に、放射線の内部被ばくを調べるホールボディーカウンターの検査を受けました。
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検査からの帰り、途中の駅で夫は電車を降り、福島県に戻ります。

(森松明希子さん)
「一時、本当に悩んだ時があったんです。お父さんが福島に帰るたびに泣かれると、何か悪いことしているような気持ちにもなるんですよね。」

(夫・暁史さん)
「(奥さんの方はどうだったと?)たぶん、大変だったと思いますよ。子ども2人抱えて、ちっちゃいのを。(大阪と福島の二重生活については?)まあもう向こうに生活基盤できちゃったら帰って来ないよねっていう形ですよね。今さら転校なんてできないですよね言葉も違うし。」

森松さんは“放射線の被ばくを避けて健康に暮らす権利を認めてほしい”と、国と東京電力を相手に損害賠償を求める集団訴訟の原告になり闘っています。

(森松明希子さん)
「被ばくを避ける権利というのは誰にでもあるからですよ、というのを常にメッセージを送るようにしていれば、だんだん言っていることが、避難するべきだって言っている発言ではないということに気づいてもらえる。たまたま(私は)避難できただけで、避難したくてもできなかった人の問題が浮上してくる。」

原発事故から10年が経った福島県内では、放射線量の数値も下がり、元の暮らしが戻ったように見えます。しかし山林の除染は手つかずのままで、まだ放射線量の高い『ホットスポット』も見受けられます。

今年2月に福島県郡山市内で行われていた民間団体による甲状腺検査の様子。原発事故が起きた当初、県民がどれだけ放射線に被ばくしたかの詳細はわかっておらず、子どもが甲状腺がんを発症する不安が常につきまといます。民間団体が提供している甲状腺のエコー検査には今でも福島県内に住む親子が何組も訪れます。

(森松明希子さん)
「自主避難と言われているけれども、やっぱりウチは避難を続けるという選択をずっと重ねている10年であったし、この先も向こう10年は子どもたちが成人するまでは避難を続けるかなという。」


森松さんの自主避難10年と今の福島の様々な問題を描いた「映像’21:終わらない“自主避難”~福島県中通りの家族たち~」は3月28日深夜0時50分から放送です。

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