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JR西『新快速』が運行開始50年に...変化与えた"○○ワースト1の町"や"ある親子の人生"

2020年09月30日(水)放送

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通勤や通学で乗っているという方も多いのではないでしょうか。JR西日本の『新快速電車』が10月1日で運行開始からちょうど50年を迎えます。

兵庫県太子町にあるJR西日本の網干総合車両所。見慣れた電車が新旧3種類並びました。今から約30年前に導入された「221系」列車。そして「225系」「223系」はどちらも今も現役で新快速として走っています。

旧国鉄時代の1970年に運行開始

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新快速は、旧国鉄時代の1970年に京都-西明石間で運行を開始しました。当初の停車駅は大阪・三ノ宮・明石の3駅だけ。京都-大阪間を32分で結び、新幹線と接続する新大阪さえ通過するノンストップぶりが売りでした。
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しかし、停車駅が少なすぎる上、本数も1日6往復のみで、利便性は今一つという声もありました。

(当時のインタビュー)
「午後4時半くらいまでかな、新快速が走るのが。私がいつも帰るのは6時くらいなのね。だから急いでる時にないから凄く不便だと思う。」
「高槻あたり止まったら利用価値ありますけどね。それより快速を増やしたほうがいいんじゃないですかね。そんな気がしますね。」

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“私鉄王国”の関西で勝負に打って出るため、国鉄は新快速専用車両「117系」を1980年に導入しました。当時は珍しかった“転換クロス式の座席”など、豪華なつくりにもかかわらず特別料金なしで運行され、全国の通勤客の憧れの的になりました。

その後、停車駅を増やすことで沿線の乗客を取り込みながら、リクライニング機能が付いた有料座席Aシート(500円)を取り入れるなど、速さだけではない魅力も高めてきました。

“ワースト1の駅”が発展

新快速によって変貌を遂げた町があります。1994年に開業した「南草津駅」です。2005年には、近畿圏の駅で“築10年経ったマンションが値下がりしやすい駅ワースト1”にもなった南草津。ところが2011年から新快速が停車することで、今も高層マンションの開発が進むなど、街は発展しました。

(レック 石澤正義社長)
「地価が正直びっくりするくらいになりました。大体1坪30万円くらいだったんです。それが高いところでは今は1坪60万円とか70万円しますので。倍になりましたね。新快速がとまったことによって。」

地元の人は…

「見ての通りです。ひょっとしたら京都より繁華街多い感じ。なんか賑やかな感じ。」
(Q新快速がとまるととまらないで違う?)
「そりゃ違うでしょ。土地の価格ちょっと上がってるみたいな感じやし。」

「(新快速がとまるまでは)草津駅でたまってたので。京都まで行くのも近いんで、便利やと思います。やっぱり待ち時間が長かったので、短いというのは便利だと思います。」

“父の車掌姿”を見た息子は…

半世紀の歴史がある新快速。利用する人だけでなく“働く人”にもドラマがあります。車掌の森元啓介さん(29)は、新快速の車掌を33年務めている父・森元克好さん(60)の背中を追って、JR西日本に入社したといいます。
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(JR西日本の車掌 森元啓介さん)
「学生時代にたまたま乗った電車に父が乗務しておりまして、普段と違った姿が自分の中でとても印象に残っていて。自分の中でこういう姿になりたいというのが一つ決まった瞬間でもありました。」
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(JR西日本の車掌 父・森元克好さん)
「やはり新快速は長い区間を運転しているので、そこを注意しながら仕事しております。一つの節目の50周年を親子として乗務できるのは本当に光栄だと思っています。子どもにはこれから責任感を持って業務をまっとうしていただきたい。」

半世紀にわたり京阪神を駆け抜けてきた『新快速』。働き方など人々のライフスタイルが変わる中、どう進化していくのでしょうか。

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