MBS 毎日放送

ミント! ミント!

毎週月~金曜日 ごご3:49~放送関西のニュースは毎週月~金曜日 ごご4:30~放送

特集記事

【特集】『うなぎ店の宝』も奪った集中豪雨...コロナ乗り越え再開したばかりの旅館も「なんでこんな仕打ち」

2020年07月14日(火)放送

SHARE
Twitter
Facebook
はてなブログ
LINE

九州地方などを襲った集中豪雨。熊本県有数の観光地でもある人吉市では球磨川が氾濫し、県内唯一の国宝の神社や老舗の飲食店などが浸水しました。再建を見通せない状況が続いていますが、支援にもコロナの影が付きまといます。

老舗うなぎ店が失った「店の宝」

7月8日、熊本県人吉市にある創業112年の老舗「上村うなぎ屋」。

「客間があったんですけど、もうめちゃくちゃですね。」(上村うなぎ屋 上村恵子さん)
1bc'.jpg
濁流が襲いかかり泥まみれになった店内には椅子や机が散乱しています。水は2階の高さまで押し寄せました。上村恵子さん(68)は夫や息子とともに長年、この店を切り盛りしてきました。
1bb.jpg
「6時ごろきたんですけど、押し寄せてくるようにして私の後をついてくるようにして水が入ってきたんですよ。今出した品物が屋根の上に乗っかっていたんですよ。陳列ダンスがそこに上がっていてですね。後が見えない感じですね。いつ片付けが終わるかなって。」(上村恵子さん)
1c.jpg
7月4日、集中豪雨で球磨川が氾濫するなどし、熊本県内の死者・行方不明者は合わせて70人に上りました。古くから城下町として知られる人吉市も濁流に飲みこまれました。7月8日、人吉市の住宅地では豪雨によって流された木材や家財道具がうず高く積みあがっていました。

「112年ですか、老舗といえば老舗ですね。売りはもう昔ながらの生きたうなぎをお客様の注文でその場でさばくこと。いきが違いますもんね、生は全然。泣けますね。涙が出ます。」(上村恵子さん)

地元だけでなく県外からも客が訪れたという「上村うなぎ屋」。古民家風の店内は、炭火で焼き上げたうなぎの香ばしい香りでいつもいっぱいでした。

当時店に600匹ほどいたうなぎも大半が死んでしまい、さらに『二度と取り返せないもの』を失ったといいます。

「そこのかめに入っているんですけど、だめです、水が入ったから。」(上村恵子さん)

明治時代に創業して以来、つぎ足して受け継いできた“うなぎのタレ”です。かめには泥水が流れ込んでいます。店の宝が失われました。
1e.jpg
「(タレは)もう諦めます。仕方ないです。ゼロからやり直しですね。めどがつかないですもん。何か月かかるかなと思って。まあ前向きに考えていかないと、だめですもんね。なるようになるでしょう。」(上村恵子さん)

球磨川の氾濫で濁流に飲み込まれた旅館「愛着ある建物をそのままつぶしたくない」

同じく、古くからこの街を支えてきた旅館も被害を受けました。1934年創業の「人吉旅館」です。建物自体が国の有形文化財に指定されていますが、すぐ近くを流れる球磨川の氾濫で、濁流に飲み込まれてしまいました。
2b.jpg
三代目の女将・堀尾里美さん(62)。変わり果てた旅館にショックの色を隠せません。7月7日、旅館の中を案内していただきました。
2c.jpg
2d.jpg
(Qこの辺りはどのようなスペースだったのですか?)
「ここはまだロビーです。ここまでがロビーなんです。椅子があったり庭を眺めたりできる場所。」(人吉旅館・三代目女将 堀尾里美さん)

泥で覆われたロビーは宿泊客が語らう憩いのスペースでした。

2f.jpg
木の温かみが感じられる手入れの行き届いた美しい廊下も、面影はなく無残な姿に変わっていました。

「ここがピカピカのインスタ映えする我が家の自慢の廊下なんです。天井が全部崩れ落ちて。」(堀尾里美さん)

濁流は旅館が誇る源泉かけ流しの名湯にも及んでいました。
2h.jpg
「今は温泉じゃありませんけど。泥がこのくらいたまっていて。」(堀尾里美さん)

温泉に入れた手は泥まみれになりました。
2g.jpg
旅館は新型コロナウイルスの影響で2か月に渡って休業していて、6月に再開したばかりでした。

「なんでこんな仕打ちかなと。やっとコロナを乗り越えて今からだぞというときにこれだから。この愛着ある建物をそのままつぶしたくないので、何とか…再起したいと思います。」(堀尾里美さん)

泥まみれになった街の象徴「青井阿蘇神社」 立ち上がった高校生ボランティア

人吉市には熊本県唯一の国宝があります。長年、街を見守ってきた「青井阿蘇神社」です。
3b.jpg
3c.jpg
神社の前の池には朱色の橋がまたいでいました。この時期には一面ハスが広がっているはずでしたが、橋の手すりは水の勢いで大きく壊れ、ハスもほとんど、押し流されてしまいました。

街の象徴でもある神社の危機に立ち上がったのは地元・人吉高校の生徒たちでした。汗をぬぐいながら、懸命に泥をかき出しています。2年生の松村祥平さんの呼びかけで集まりました。
3e.jpg
「人吉といえば国宝の青井さん。人吉のシンボルというか。テレビで見るだけで苦しくなって、悲惨で胸が痛くなりました。自分たちの無力感というか、何かできないかなと思って(呼びかけた)。」(人吉高校2年生 松村祥平さん)

7月5日に集まったのは約80人。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、熊本県は7月14日現在、県外からのボランティアを受け入れていません。それだけに、こうした地元の助け合いに頼らざるを得ません。

「いつも自分たちの近くにあって大切な存在。」(高校生ボランティア)
「試合の前とかに来てお願いしていました。」(高校生ボランティア)
「自分のところがあまり被害がなかったけど、手伝えるものなら手伝いたいと思った。」(高校生ボランティア)

豪雨の傷跡が深く残る街では、住民たちが手を取り合い、復興に向け歩み出しています。

(7月14日放送 MBSテレビ「Newsミント!」内『特集』より)

最近の記事

バックナンバー