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"病の父を励まそう"と小学4年生で始めた『ジャグリング』...20歳になり世界の舞台「シルク・ド・ドゥマン」へ

2020年02月11日(火)放送

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世界トップクラスのパフォーマーが集まり、サーカスの技や芸術性を競う大会が、フランス・パリで開催されました。その大会に、世界の舞台を目指してきた滋賀県大津市の男性ジャグラーが挑戦しました。

「シルク・ド・ドゥマン」出場のジャグラー

今年1月31日~2月2日にフランス・パリで行われた、サーカスの技や芸術性を競い合う世界的な大会「シルク・ド・ドゥマン」。パフォーマーにとって憧れの舞台です。一本の綱の上で片手だけで逆立ちをしたり一輪車に乗ったり。中国のチームは伝統の雑技団の技を披露します。
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日本からは8人がジャグリングのチームを組んで出場しました。その中の一人、木下洸希さん(20・左から4人目)はチーム最年少で滋賀県大津市出身です。

MBSでは2017年に彼を取材していました。当時、高校3年生で既にプロのジャグラーとして活躍していた洸希さん。クラブやボールをさばくスピードが速く「高速ジャグラー」として名を馳せていました。

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洸希さんがジャグリングを始めたのは小学4年生。若年性パーキンソン病を患い47歳で思うように体を動かすことが出来なくなった父親の輝人さんを励ましたいとの思いからでした。

「サーカスがお父さんは好きだったと聞いていまして、その中で自分でも出来そうなことはないかなと考えた時に、スーパーボールやカラーボールで練習し始め、お父さんにジャグリングを見せたのが最初ですね。」(木下洸希さん・2017年)
「見せたら『手つきが良い』とか(お父さんが)言い出して、初心者用のジャグリングボールを急に買ってきた。」(母・千晶さん)
「(そのジャグリングボールが)今は僕のお守りになっています。いつも近くに置いて。」(父・輝人さん)

「『シルク・ド・ドゥマン』という舞台に立てるのは凄く嬉しい」

取材から3年、すっかり大人になった洸希さん。現在は全国のイベントなどに呼ばれてステージパフォーマンスを披露しています。今年から活動の場を東京に移し、一人暮らしを始めました。「シルク・ド・ドュマン」出場の声がかかったのはその矢先でした。

「今回させて頂く『ルミナス』というパフォーマンスが凄く好きで、パフォーマンスしている時が一番楽しい。その好きなパフォーマンスで『シルク・ド・ドゥマン』という舞台に立てるのは凄く嬉しいです。」(木下洸希さん)

集団パフォーマンスで問われること

今回のメンバーは日本トップクラスのジャグラーグループが中心となり、世界で通用するパフォーマーに声をかけ集められました。メンバー全員、普段はソロで活躍するジャグラー達。ジャグリング自体はお手の物ですが、団体での演技となると勝手が違うようです。練習現場では…

「ボールの高さとクラブの高さを揃えないと、結構目についちゃいます。」(演出担当 MIKIさん)
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ジャグリング技術だけでなく、集団パフォーマンスならではの動きも問われます。洸希さんは歩き方を補正されていました。

「右足に体重をかけて立っているので、(右側)ばかりにのせるクセがついているんです。そうすると、(歩き方が)ピョコピョコみたいになってくるので、歩き方を補正して中心を使って歩くようにしています。」(MIKIさん)

大会前の父と息子

大会を間近に控えた日、洸希さんは滋賀県大津市の実家に帰っていました。久しぶりの父・輝人さん(57)との再会です。会話は自然とフランス大会の話題になります。

(父・輝人さん)「何組くらい出るの?」
  (洸希さん)「20後半くらい。」
(父・輝人さん)「賞とかあるんちゃうの?」
  (洸希さん)「まあまあまあまあ。」

洸希さんの練習の様子の動画を見たお父さんは…

「だいぶ上達していますので、安定性出てきました。皆さんに見てもらいたいし、喜んでもらいたい。」(父・輝人さん)

ジャグリングで世界への一歩踏み出す

そして、いよいよ大会当日。

日本チームによるパフォーマンスが始まりました。音楽に合わせてボールやクラブが光を放つ、光のジャグリング「ルミナス‐J」です。明かりを落としたステージ上に色とりどりの明かりが飛び交います。
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そして結果は…日本チームは『審査員特別賞』を受賞しました。父への思いから始めたジャグリングで洸希さんは今、世界への一歩を踏み出しました。

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