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自身は乳がん患い...長女は蒸発『双子の孫』を引き取り"ママ"に 64歳で挑戦した1分間のランウェイに込めた想い

2020年01月08日(水)放送

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20年前に乳がんと告知されて闘病した女性。さらにその後、長女が双子の孫を残して蒸発したため、この双子を娘として育ててきました。波乱の人生を送ってきた女性が、今回挑戦したのが“ファッションショー”。そこで伝えたかった思いとは。

20年前に乳がんを患った女性 現在は患者の悩みを聞く会を開く

去年12月に大阪市内のザ・リッツ・カールトン大阪で開かれたファッションショー。ランウェイを歩くモデルは全員、乳がんを患った女性たちです。そんな中、ある特別な思いでランウェイを歩く女性がいました。

河野一子さん(64)です。河野さんは44歳の時に定期健診で乳がんが見つかりました。手術で無事、腫瘍を取り除くことができましたが、放射線治療や抗がん剤治療、ホルモン療法などが5年間続きました。通院するたび、不安が付きまとったといいます。

「そもそも自分が乳がんになったこと、最初から乳がんになるとは思っていなかったので、全然受け入れられていなくて、凄く嫌だったんです。放射線治療に通うのも嫌でしたし、そもそも病院に行くことがもの凄く苦痛で嫌だったんです。」(河野一子さん)
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その経験から乳がん患者団体を設立して代表を勤め、月に1度、治療方法の相談や患者の悩みを聞く会を開いています。

【乳がん患者の話を聞く河野さん】
(乳がん患者)「(乳がんになって)1、2年目の頃なんて、私はもう大丈夫かな?って。自分自身でずっと思っていたんですけど。」
(河野さん)「20年経っても(不安は)大小になるだけで、きれいに無くなることはないと思うんです。私だけでなんとかしようとか思わずに、周りにお願いできることはどんどんお願いして。」

長女が蒸発…双子の“おっきいママ”に

そんな河野さんは現在3人暮らし。一緒に住んでいるのは、高校1年生で16歳の双子・愛葉さんと美葉さんです。がんの告知から12年目だった2011年、河野さんの日常を大きく変える出来事が起きました。河野さんの長女が、当時小学校1年生だった愛葉さんと美葉さんを残して、ある日突然、家に帰って来なくなったのです。
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「長女が蒸発をして、子どもたちを残して行方不明になったんです。みんなに心配してもらって、気が済んだら(長女は)帰ってくると思っていました。1か月が過ぎる頃には、“彼女は今までの生活を捨てて新しく生き直すつもりなんだな”と思いました。」(河野一子さん)
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双子の父親と相談し、河野さんは二人を引き取ることを決めました。この時、孫だった2人を養子縁組し、戸籍上の娘としました。河野さんは当時56歳。蒸発した長女の代わりに、がんと向き合いながら子育てをするという決意の表れでした。

「シングルだったので、自分の老後さえ危ういような状況で。自分の年齢や環境、経済的なことを考えても、自信を持ってこれから2回目の子育てをする状況では決してなかったんです。でも、他に選択肢が無い。」(河野一子さん)
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愛葉さんと美葉さんにとっても、おばあちゃんとの生活はすぐに受け入れられるものではありませんでした。

「母親代わりになるってなった時も、最初そんなに慣れなかったし、自分のおばあちゃんやのに母親ってなるのがよく分からなくて…。そこまではずっと“おっきいママ”やったな?」(愛葉さん)
「うん」(美葉さん)

二人にとって河野さんは、“おっきい(大きい)ママ”で、おばあちゃんでした。

どんなことでも包み隠さず毎日話し合い『ママ』へ

一緒に暮らすようになって河野さんが一番大切にしたのは二人との会話でした。自分が乳がんを患ったこと、蒸発した母親のことなど、どんなことでも包み隠さず毎日話し合ったといいます。二人からの手紙を見せてくれました。

「これ、お誕生日おめでとうの手紙です。沢山ありがとうを言ってくれる子たちです。ありがとうって言ってもらえると嬉しいですもんね。」(河野一子さん)
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そして、何でも話し合える仲になった頃、いつしか呼び方も“おっきいママ”から『ママ』へと変わっていました。
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「人生を変えてくれた人って言ったら、いいことにしか聞こえないけど。ママがおらんかったら自分は今の自分じゃなかったんやろうなっていうのは思います。」(美葉さん)

モデルは全員乳がん患者 ファッションショー挑戦は“娘二人の後押し”

乳がんと告知されてから20年。再発もせず、娘二人と幸せな暮らしを送っていた河野さんに、去年あるオファーが舞い込みました。ファッションショーへの出演依頼です。同じ乳がん経験者からの誘いでした。初めは躊躇していた河野さんですが、出場を決めたのは娘二人の後押しがあったからです。

「年齢を考えると色々躊躇することもあって。(乳がんになって)20年目のイベントとして、こんなにふさわしいものは無いなと。」(河野一子さん)
「見たことがないママが見られそう。」(美葉さん)
「分かる。」(愛葉さん)
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河野さんはまず、東京都内で行われたファッションショーの練習に参加しました。今回のファッションショーは、乳がんの知識を広めて検診を促進する『ピンクリボン活動』の一環で、モデル19人は全員乳がん経験者です。それぞれ、がんのステージも違えば、再発した人もいます。河野さんは今回のモデルの中で最年長です。
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モデル初挑戦の河野さんには、やはり難しいようで、プロのお手本を前に思わず…

「かっこいいー!どうしたら…どこが違うの…。」(河野一子さん)

この日は夜遅くまで練習が続きました。

娘たちの魔法でママは“シンデレラ”に

そして去年12月19日の本番当日。

「昨日の夜までは凄くドキドキしていたんですけど。けさ出かける時に子どもたちが二人で『今日は楽しんでくるのよ、ママはシンデレラになるから、シャラーン♪』って魔法をかけてくれました。」(河野一子さん)

ヘアメイクや衣装合わせをして、待ち時間にはウォーキングの最終確認です。この日のために5か月間、準備を重ねてきました。愛葉さんと美葉さんも、ママの晴れ舞台に駆けつけました。

午後7時、いよいよ開演です。直前の河野さんの意気込みは?

「頑張ります!楽しみます!」(河野一子さん)

モデルの乳がん経験者たちが堂々とランウェイを歩く姿に、客席からは拍手が送られます。

そして、いよいよ河野さんの出番。華やかに堂々と歩く河野さん。
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ママの姿に、愛葉さんと美葉さん、思わず涙が溢れます。1分間のランウェイ。詰まっていたのは20年間の想いでした。
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「昨日も今日も変わらない日って本当は凄く幸せなんですよ、何度かそうじゃない日を経験してきたので。また今日も昨日と同じ日かって、思えるぐらい幸せなことは無いと思うんですよね。」(河野一子さん)

ショー終了後、河野さんは娘たちの元へ。

「お疲れ様ですっていうのと…」(美葉さん)
「凄くかっこよかった。」(愛葉さん)
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「いつも気にかけてくれてありがとう。ママは愛葉と美葉と暮らせて幸せです。ママにさせてくれてありがとう。」(河野一子さん)

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