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【特集】大嘗祭で使用の「米」「織物」はどこから? 供物作りの裏側と伝統受け継ぐ地域の思い

2019年11月14日(木)放送

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天皇陛下の即位に伴い行われる「大嘗祭(だいじょうさい)」は皇位継承に伴う一代に一度の儀式で、11月14日夜から15日未明にかけ、皇居に建てられた大嘗宮(だいじょうきゅう)で行われた。大嘗祭では米や織物などが使われるが、どのように作られるのだろうか。

「選ばれて動揺したが名誉なことなので」

京都府南丹市の山あいにある氷所(ひどころ)地区。この地で代々農業を営む中川久夫さん(75)は、今回の大嘗祭で使われた米を育てた。
約1300年前から続く大嘗祭は、毎年11月に国と国民の安寧や五穀豊穣を祈って行われる宮中祭祀「新嘗祭(にいなめさい)」を即位後初めて行うもので、皇位継承に伴う一代にたった一度の儀式だ。今年5月には大嘗祭で使う米を収穫する2つの地方を決める「斎田点定(さいでんてんてい)の儀」が行われた。儀式では亀の甲羅をあぶってひびの入り具合で物事を決める「亀卜(きぼく)」と呼ばれる占いが行われ、東の「悠紀(ゆき)」地方(悠紀田)に栃木県が、西の「主基(すき)」地方(主基田)に京都府が選ばれた。
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「主基田の大田主がまわってきたということで動揺はしましたけど、名誉なことだし、一生に一度もないぐらい大変な行事なので村を挙げてやろうと。」(主基田の大田主 中川久夫さん)

米を収穫する田んぼ「斎田」には『生活排水が入らない』など様々な条件があり、山の湧き水を直接田んぼに引くこの地区が選ばれたという。決定から間もなく、斎田では「御田植祭(おたうえさい)」が行われ、この地域でよく作られている「キヌヒカリ」という品種が植えられた。

極秘に進んだ米作り…そして収穫へ

斉田の米は農薬を使わずに栽培されるため、害虫がつきやすい。このため、週に一度は草刈りなどが必要となるが、約120人の住民が総出で作業にあたった。大嘗祭は宗教色が強いため、戦後初となった平成の大嘗祭のときには、国費の支出や公人の参列について議論が巻き起こり、以来、警備上の理由などから斎田のある場所は極秘となった。

「何十人と出て作業しているのを『何してはんねん』と幾度も聞かれて。宮内庁の公表までは一切言うたらあかん、でも作業はしないとあかん、そういう連続でそれがしんどかったね。」(主基田の大田主 中川久夫さん)

今年9月、収穫の直前になってようやく場所が公表され、警察が厳重な警備を敷く中、9月27日にいよいよ収穫の時「斎田抜穂の儀」を迎えた。

「みんなが協力してやってくれて最後の最後だからどんなことがあってもやり遂げたいと思った。」(主基田の大田主 中川久夫さん)

収穫された米は宮内庁が買い取り、皇居へと運ばれた。

『大麻』が反物の原料…畑を24時間体制で監視

大嘗祭に欠かすことができない重要な品は米だけではない。剣山のふもとにある徳島県美馬市木屋平(こやだいら)地区では今年7月、青々と葉を茂らせた「大麻」の畑が広がっていた。大嘗祭にはこの大麻で作られる「麁服(あらたえ)」と呼ばれる麻の反物が供えられるのだ。大麻は法律で栽培が制限されているため、地元のNPO法人が特別な許可を受けて栽培。
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畑には防犯カメラや赤外線センサーが設置され、関係者とボランティアが24時間体制で監視小屋に寝泊まりしたという。法人の理事長である西正二さん(77)は…

「寒かったのでこたつ布団に足を突っ込んで寝た。警備で一時も抜けられないので。」(NPO法人あらたえ 西正二理事長)

過疎化進み技術の継承は困難な状況

麁服は古来より阿波忌部(あわいんべ)氏が調達することになっていて、今はその末裔にあたる三木家が務めを果たしている。28代当主の三木信夫さん(83)は次のように語る。

「この家に生まれて伝統を守っていくと。徳島県の伝統文化として守っていく必要があると思います。」(三木家28代当主 三木信夫さん)

しかし、伝統を受け継ぐのは簡単なことではない。平成の大嘗祭の時(1990年)には住民が1700人ほどいたこの地区も過疎化が進み、今では3分の1の600人未満まで減ってしまった。
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麻の繊維をつむぐ作業は元来、地元の若い女性が担っていたが今回は人手を賄うことができず、木屋平を離れた人たちの家族にも声をかけてなんとか糸を作ることができたという。実際に糸をつむいだ女性たちは…

「こんなことがあると知らなかったので、誇れることが木屋平にはあるんだなと思って知れてよかった。」(徳島市在住の女性)
「伝統をつないで自分に子どもができたらその子にもこういうのをやっていたんだよと言ってどんどんつなげていきたい。」(岡山市在住の女性)

つむがれた麻糸はひと月ほどかけて麁服へと織り上げられたが、この技術を未来へと継承していくのは難しい状況だという。
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「継承できるかこれからが大変だと思います。だんだん大麻取締法によって(麻を栽培するのに)縛りがでてきて麻を織る練習ができなくなっている。木綿や絹を織る人が麻を織ることができるかというと織れない。」(三木家28代当主 三木信夫さん)

麁服作りを後世に…

そして10月下旬、いよいよ完成した麁服を皇居に向けて送り出す式典が行われた。関係者は皆、麻の繊維を身にまとい式に臨んだ。

「古来より受け継がれてきた歴史的・文化的価値の高い極めて重要な伝統行事であり、本県が誇るべきかけがえのない財産であります。」(徳島県 飯泉嘉門知事)

今回、宮内庁に納められた麁服は全部で4反だが、現物を見ることはできない。

「(麁服作りを)木屋平で続けてほしいので、その時はここに住んでいないけれど、お手伝いできたらと。」(木屋平地区の元住民)
「次もできるかどうかわらないが、地域のみんなが集まって作ったということは後世に伝えていきたいなと思います。」(NPO法人あらたえ 西正二理事長)

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