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【特集】食物アレルギーと大災害 "災害弱者"アレルギー児を守る「防災ハンドブック」を作った思い

2019年07月16日(火)放送

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アレルギーの子を持つお母さんたちが、災害時に自分たちの身を守るための情報をまとめたハンドブックを作りました。食物アレルギーを発症するのは小さな子どもが多く、災害が起きた時に公的支援が届きにくいといいます。ハンドブックを作るきっかけとなったのは1年前の西日本豪雨です。

配給されたのはパン 「アレルギー児は食べることができません」

去年、西日本を襲った豪雨災害。九州から中国地方にかけて約10日間、降り続いた雨は河川の氾濫や家屋の浸水、土砂災害を各地でもたらし、平成最悪の水害となりました。ライフラインが寸断され、被災地に救援物資を運ぶのも難しい状況のなか、あるメッセージがSNS上に流れました。

『断水3日目、市はアレルギー対応食品を備蓄していないようで、個人の備蓄も底をつきそうです。配給されているものは水とパンですがアレルギー児は食べることができません』(SNS上の書き込みより)

メッセージを見た大森真友子さん。大阪にある食物アレルギーの患者会「LFA食物アレルギーと共に生きる会」代表です。

「広島の三原で連絡を取り合っていた会からこういうSOSがあったりして、リアルタイムにどういうものがないとかあるとか、受け取れるか情報が来たので…」(LFA食物アレルギーと共に生きる会・代表 大森真友子さん)

大森さんは一人息子が重い乳アレルギーで、わずかな量を口にしただけで呼吸が苦しくなったり発熱したりするなど、重いショック症状を起こす場面が何度もありました。アレルギーの子どもたちが安心して暮らせるようにと、5年前に患者会を立ち上げました。

被災地から届いた“SOS”

去年の豪雨災害でSNSを発信してきたのは、広島県三原市にいる知り合いの患者会の代表で、大森さんはすぐ必要な支援はないか尋ねました。すると…。

【三原市の患者会代表のメッセージより】
『本日は4件のSOSありました。離乳食が足りません。おかゆはあるけどおかずになるものがありません。』
『断水3日目、4歳のお子さん、おう吐を繰り返しています。』
『卵、乳、小麦アレルギーの1歳児、発熱している。断水4日目、水を使わず食べさせられるものが欲しい。』

次々に被災地にいる食物アレルギーの子どもたちの状況が寄せられてきたのです。大森さんは交流のある国内の6つの患者会に連絡し、必要な支援物資を調達し合い、確実に送ることのできる搬送ルートを探して届けました。

「混乱の時、個人がバラバラで支援すると本当に必要なものが届かなくなる問題があるので、パラパラとは送れない。」(大森真友子さん)

食物アレルギーの子どもたちは災害時「災害弱者」になる

食物アレルギーを発症するのは大半が小さな子どもたち。卵、乳製品、小麦のアレルギーが多く、中にはほんのわずかな量でも原因の食材が口に入っただけで、アナフィラキシーと呼ばれるショック症状を起こす子もいて、放っておくと死に至る危険もあります。こうした重い食物アレルギーの子どもたちは、豪雨や大地震などの災害時「災害弱者」になるといいます。

「大災害が起こった瞬間から食べ物に困る。周りの人は食物アレルギーが災害弱者だという認識はあまりないが、患者さん自身もなかったりする。」(神戸市立医療センター中央市民病院・小児科 岡藤郁夫医師)

国は2014年、アレルギー疾患対策基本法を制定し、アレルギーの知識を普及させ生活環境の整備なども進めることを決めました。

しかし、災害時に配られる非常食や炊き出しで、アレルギー対応をしていくことは混乱する被災地で難しいのが現状です。事実、国が去年の西日本豪雨でまとめていた被害状況の報告書では、「避難所などでアレルギー食の不足などの要請は上がってきていない」とされていました。大森さんたちがSNSなどで受けていたメッセージとは異なる報告書が上がっていたのです。

被災地での経験をいかした“防災マニュアル”づくりへ

被災地で経験したことを次にいかしていくことはできないか。今年1月、大森さんの呼びかけで、ある会議が開催されました。

「アレルギーっ子のお母さんが、(災害時に)どういうことを知りたいか、マニュアルを作成し、ダウンロードできるようにしたい。」(会議で話をする大森さん)

災害時の食物アレルギーの子どものための“防災マニュアル”を作ることにしたのです。会議にはアレルギーの専門医や全国の患者会のメンバー、アレルギー配慮食品を作っているメーカーも参加しました。

「東日本大震災で支援活動した経験をいかして、何かお役に立てれば…」(岩手県の患者会代表)

「西日本豪雨のときには、皆さんからの支援で身も心も助けられて患者さんもすごく喜んでいた。」(広島県三原市の患者会代表)

話し合いでわかってきたのは、被災地でお母さんたちが「食物アレルギーがあります」と周りに言いづらいということでした。

「『何が欲しいですか?』と聞いても、なかなか声があがってこなくて。『もっと大変人がいるだろうから自分はまだ頑張れる』と。踏み込んで聞かなかったら、大変な状況なのに声をあげてもらえない状況」(広島県三原市の患者会代表)

また、せっかく届いた支援物資が手元に届かなかったという意見も。

「一般の支援物資と混在していた。アレルギーの支援物資と(一般の支援物資を)分けている行政はあまりないのでは」(岩手県の患者会代表)

被災を経験したからこその情報が盛り込まれる

被災した現場で経験した混乱や戸惑い。マニュアルには、そんなお母さんたちの意見や声を反映させることになりました。完成した「防災ハンドブック」には、事前に準備できる食料や衛生用品の具体例を詳しい写真も載せて解説しているほか、アレルギーに配慮した食品の一覧も掲載しました。

また、被災した時に悪化しやすいアトピー性皮膚炎やぜんそくの対策から、炊き出しの時に現場にいる人に協力してほしいことなども詳しく書かれています。困った時の相談先も明記し、被災を経験したからこその情報が盛り込まれました。

「患者さん自身が去年の豪雨災害で困ったノウハウをぎっしりつめて、どうすればいいか、という視点でみんなで作ったことに意義がある。」(神戸市立医療センター中央市民病院・小児科 岡藤郁夫医師)

「食物アレルギーと大災害」知識と理解を

大森さんはハンドブックをきっかけに、防災とアレルギーについて講演する機会が増えました。当事者が事前に準備しておく必要性はもちろん、いざという時に周りが少しでもアレルギーについて配慮してもらえれば、と訴えています。

「アレルギーの子がいて知らないフリするわけにもいかないし、どう関わっていったらいいか考えるきっかけになった。」(参加者)
「(避難所で)簡単なことだけど、白いおむすびが『塩だけです』と書いほしいんです。そういうところって、なかなか伝わりにくいし、そういうこと(災害)が起きた時にやっぱり言えないなと。」(食物アレルギーの子を持つ女性)

「(ハンドブックには)支援した私たちが大きく気付いたことが書いてあることと、実際に支援を受けた側がどうだったか、何が助かったか、というリアルな東日本とか西日本の(被災地の)声が入っている。知らないお母さんほど読んでほしい。」(大森真友子さん)

これまでほとんど知られることのなかった食物アレルギーと大災害。被災地でアレルギーの人たちが食べられる物がない、という事態が起こらないよう、私たちも知識と理解を高めておく必要があります。

(「Newsミント!」内『特集』より)

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