• 篠山紀信(写真家)
  • 2012年10月 9日(火)
  •  作品のキーワードは「時代」だった。
     時代の断片、時代の先頭、「時代は動いてるんだから」、時代の伴走者、時代の顔、時代の記憶、写真家の存在は消え時代だけが残った……。
     9月9日オンエアの、写真家・篠山紀信さんの回――ナレーションや篠山さん自身の発言に登場した「時代」は、視聴しながらメモをしただけでも、こんなにたくさんあった。
     大きな言葉である。強い言葉でもあるし、響きの良い言葉でもある。だからこそ、安易に多用すると、ヘタクソなJ・POPの歌詞さながらに鼻持ちならないクサみも発してしまう、怖い言葉なのだ。だが、1970年代から今日に至るまで、それこそ「時代の先頭」を走りつづけた篠山さんは、みごとな説得力でその言葉を背負うに価する存在として描き出されていた。

     そして僕は、別の感慨を胸に、作品内での「時代」を噛みしめていたのである。
     先月お伝えしたとおり、9年半にわたってお付き合いいただいたこの感想コラムも、今回で最終回になる。篠山さんの回のエンディングで流れたナレーションに託して、『情熱大陸』へのラストメッセージを――。
    「写真家は、自分が生きている時代しか写せない」
     それはドキュメンタリーのディレクターだって同じはずだ。たとえ過去の映像だけで構成したとしても、できあがった作品は、やはり「いまという時代」の産物になる。ましてや人物ドキュメンタリーの場合は、その人物との出会いは、まさしく一期一会なのだ。
     たとえば、僕が『情熱大陸』で採り上げてもらったのは2001年春。38歳のとき。ディレクターは同世代の男性だった。5年後だったら、彼は僕のどんなところをどんなふうに描いただろう。同じ2001年春のロケでも、ディレクターの歳がうんと離れていたら、あるいは女性だったら、どうだったか。
    『情熱大陸』のディレクターは誰もが、そんなことを思うのではないか? 
    「あと1年タイミングがずれていれば、まったく違う作品になったなあ」「このひとの現役時代に間に合ってよかった」「3年前からカメラを回していたら、もっと深く内面を掘り下げられたのに」「オンエアをあと半年待ってもらってロケをつづけたい」「再現が絶対に不可能な、最高の表情を撮れた!」「あの日たまたま雨だったから、全体の構成がまとまった」「このひとの魅力を最大限に引き出せるのはオレじゃないのかも」……。
     おそらく、安堵したり幸運を喜んだりする機会よりも、悔やんだり迷ったりためらったり自問したりする機会のほうが多いだろう。それでいい。いや、そんな作り手の思いが溶けているかどうかこそが、人物ドキュメンタリーとプロモーションビデオを分かつ境目になるはずなのだ。
     僕はこの連載を40歳になった直後に始め、49歳と7ヶ月で終える。四十代の立ち位置で書きつづけたのもまた、一期一会なのだと、しみじみ思う。そして、その一期一会の持つ重みや尊さ、面白さや難しさを、ディレクター諸氏には、これからもぜひ忘れずにいてほしいと、心から願っている。僕たちは皆、自分の生きている時代しか生きられないのだから(ヘンな日本語だけどね)。
     もちろん、一期一会は番組と視聴者との関係も同じだ。僕は今月から一視聴者に戻って『情熱大陸』とお付き合いする。毎週の『情熱大陸』が放つ時代の熱気は、五十代を迎えるオヤジの胸にどんな火を点けてくれるだろうか。葉加瀬太郎さんの奏でるエンディングテーマを心の中で流しつつ――お別れである。

1963年3月6日、岡山県生まれ。
早稲田大学教育学部卒。
出版社勤務を経て田村章など多数のペンネームを持つフリーライターに。
91年『ビフォア・ラン』で作家デビュー。
99年『ナイフ』が坪田譲治文学賞、『エイジ』が山本周五郎賞を受賞。
『ビタミンF』で第124回(2000年/下半期)直木賞を受賞。
小説作品に『定年ゴジラ』『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』他多数がある。また『世紀末の隣人』『ニッポンの課長』などのルポルタージュ作品もてがける。
近著に『星をつくった男 阿久悠と、その時代』『十字架』『峠うどん物語』がある。