• 中村美里 (柔道選手)
  • 2012年6月20日(水)
  •  またオリンピックの季節が巡り来た。『情熱大陸』のラインナップにも五輪選手の名前が目立つようになった。番組の放送開始は1998年4月のことだから、2000年のシドニー、04年のアテネ、08年の北京、そして今年のロンドン——さすがに長寿番組、つごう四度のオリンピックを経験することになるわけだ。
     それにしても、オリンピックでもサッカーのW杯でも、「4年に一度」という間隔は、じつに絶妙ではないか。これより間隔が短いとあわただしすぎるし、長くなると間延びする。特にアスリートの現役生活が長くなったいま、オリンピックは「一生一度の晴れ舞台」という従来の物語に加え、「連覇」や「雪辱」という新たな物語の舞台ともなっているのだ。「2年に一度」では連覇や雪辱のありがたみが薄れ、「8年に一度」では連続出場は現実的にほぼ不可能——5月20日オンエアの柔道選手・中村美里さんの回も、まさに「4年に一度」ならではの物語だったのだ。

     作品は冒頭で、中村選手が北京五輪で銅メダルを獲得しながらも悔し涙にくれたことを紹介し、その後の歳月を、手際よく語っていく。中村選手は稽古を重ね、さらに強くなった。しかし、そこにライバル・西田選手が台頭してくる。北京の雪辱を果たすためには、その前に西田選手との決戦を制してロンドンの出場切符を得なければ……。物語の展開としてはオーソドックス、古風と言ってもいい。そもそも、「オリンピックが一番の大会」「金メダルを獲らないと意味がない」「好きな言葉は根性」と語る中村選手自身、23歳とは思えないほど古風なアスリートなのだ。
     そんな彼女を描き出す作品のまなざしもまた、じつにまっすぐだった。奇をてらうのではなく、あくまでも正攻法——顔の汗などの伏線をきちんと張って、きちんと回収し、スイーツ好きで稽古以外の時間は事務仕事にいそしむ中村選手の意外な素顔を見せたうえで、それをさらにひっくり返すべく、パソコンを操作する指の太さを僕たちに伝える。あるいは「たとえロンドンがダメでも北京で一度出場できたんだから」という感じで娘をいたわろうとする両親と、あくまでも「ロンドンで金」を目指しながらも両親の言葉に神妙にうなずく娘との、若干すれ違いながらも優しさに満ちた会話……。そういった細部がほんとうにしっかりした、古風なまでに足腰の確かな作品なのである。
     とりわけ、西田選手との直接対決にみごと勝利を収めたあとの中村選手に、ライバルに対する思いを尋ねてくれたことが、とてもうれしかった。柔道にかぎらずスポーツはすべて勝ち負けの世界である。勝者がいれば敗者もいる。それを否定してしまうと、物語はただのきれいごとに陥るだろうし、なにより闘っている選手たちに失礼にもなるはずだ。勝者と敗者のコントラストは打ち消してはならない。そのうえで「勝ってうれしい」「負けて悔しい」のレベルを超えた深みのある言葉や表情を引き出すことこそが、アスリートを描くドキュメンタリーの真骨頂なのである。
     作品は中村選手がロンドンへの切符を手にしたところで終わる。いわば「雪辱の物語・序章」である。作品中では試合後に一度も笑顔を見せることのなかった中村選手が、ロンドンで満面の笑みを浮かべる瞬間が、真のラストシーンになるはずだ。そのときの笑顔がどれほど魅力的なのか、この作品を観た人は皆、想像ができるのではないだろうか。笑顔を映さなかった作品だからこそ、本番で見せてくれるに違いない笑顔の魅力を先回りして伝えられる——これもまた、ドキュメンタリーの真骨頂なのである。

1963年3月6日、岡山県生まれ。
早稲田大学教育学部卒。
出版社勤務を経て田村章など多数のペンネームを持つフリーライターに。
91年『ビフォア・ラン』で作家デビュー。
99年『ナイフ』が坪田譲治文学賞、『エイジ』が山本周五郎賞を受賞。
『ビタミンF』で第124回(2000年/下半期)直木賞を受賞。
小説作品に『定年ゴジラ』『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』他多数がある。また『世紀末の隣人』『ニッポンの課長』などのルポルタージュ作品もてがける。
近著に『星をつくった男 阿久悠と、その時代』『十字架』『峠うどん物語』がある。