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亀井 希生アナウンサーのブログ

サブカル天国

更新:2007年10月9日
 『安らかに…“ノリック”』

WGP500ccやMotoGPでも活躍した、オートバイレーサーの阿部典史さんが、7日夕方、交通事故のため亡くなりました。32歳でした。

新聞などによると『片側2車線の道路。バイクで右車線を走っていた阿部さんは、前方左車線を走っていたのに右回りでUターンしようと右車線に進入してきたトラックと衝突した。現場はUターン禁止の場所だった』ということです。簡単な図でも書いて頂ければ判ると思いますが、これが本当なら全くひどい運転です。

「公道は怖くて飛ばせない、サーキットの方が何倍も安全だよ」とは、2輪・4輪問わずレーサーたちが良く口にする言葉です。サーキットでは、一定の技量を持った人間だけが、一方通行のコースをルールにのっとって走っています。それに対し一般道路では、様々な運転レベルの人たちが、色々な精神状態で勝手に走っている。しかも右折車・左折車に対向車、歩行者や自転車と、不確定で不安な要素が多過ぎるというわけです。そして今回の阿部さんの事故も、正にそのことを実証する結果となってしまいました。

“ノリック”の愛称で親しまれていた阿部選手。スポット参戦した94年日本GPでの鮮烈な走りには、私もヤラレちゃった一人で、自分の頭の形はアライなのに、ショウエイのレプリカヘルメットを買ってしまいました。長髪をヘルメットからなびかせ疾走するその姿には、メーカーや国籍を越えて人々を魅了する“何か”がありました。ヘルメットに描かれていた星のデザインそのままに、彼は光輝く個性も併せ持った“スター”だったのです。

赤いマシンが
美しく映えるライダーでした
GPライダーとしてのキャリアは、既にピークを過ぎていたかもしれませんが、全日本や8耐、あるいはオートバイの啓蒙活動などで、まだまだ大活躍してもらえると楽しみにしていた矢先の事故でした。何より32歳、これから御家族と共に人生の楽しみや醍醐味を味わえる時だったのに… 一人のファンとして、また同じオートバイ乗りとして、同じ夫や父として、本当に残念でなりません。

誰からも愛され、どこの国のサーキットにも必ずファンがいた“ノリック”、心から御冥福をお祈り致します。(10/8記)



プロフィール

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名前:亀井 希生
生年月日:1967年12月15日
入社年:1991年
出身都道府県:愛知県
出身大学:名古屋大学
趣味:中日ドラゴンズ応援(名古屋出身)、SF・アクション映画、戦国武将、プラモデル作り、オートバイ(乗る&レース見る)、週刊プレイボーイ購読など
何でもひとこと:「ふぅ、勝った、勝った。ところでお前、ガンダム録ったか?」(2007年、巨人とのCSを制した落合監督が、帰宅して息子・福嗣さんに語った言葉)

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