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亀井 希生アナウンサーのブログ

サブカル天国

更新:2005年7月19日
『スター・ウォーズ/その1』

いや〜とうとう終わっちゃいましたね、『スター・ウォーズ』。…えっ、まだ公開が始まったばかりじゃないかって?違うんですよ、1978年から延々27年にわたる歳月を経て、ようやくストーリーが完結したってことです。

思い起こせば第1作(=エピソード4)の公開時、私は小学5年生でした。映画館には行けなかったので、雑誌でダース=ベイダーやライトセイバー、Xウィングなどを知り、「スゲーッ!!」と興奮したものです。そして『エピソード5/帝国の逆襲』と『エピソード6/ジェダイの“復讐”』は、父親と映画館で観ました。ベイダーとルークの父子シーンでは何だか居心地が悪かった思い出があります。

そして1999年「エピソード1/ファントム・メナス」と2002年「エピソード2/クローンの攻撃」。旧3部作ではプラモ少年だった私もいい大人になってしまいましたが、スピリットは不変。“ボーナス”という禁断のダークサイドの力(?)によって、今は無きICON社のライトセイバーに手を出しました。こうなると“光る奴”も欲しくなるわけで、トミーのスーパー・ライトセイバーに加え、マスターレプリカ社のELセイバーを2本買い。保育園児の息子との「父子対決」も実現させました。

そんな10代〜30代前半の思い出が詰まった『スター・ウォーズ』がいよいよ完結です。とにかく作品にのめりこみたい私としては、先々行・先行上映の混雑は避けて、平日・その日2回目の上映を狙って劇場に足を運びました。家を出る時にはそれほどでもなかったのですが、窓口でチケットを買う→前から3列目中央の席に→照明が暗くなる→他の映画の予告編を観る、とプロセスを経るごとにテンションが高まっていきます。そしていよいよ、ルーカス・フィルムのロゴが消えて…

『A long time ago in a galaxy far,far away....』 

もはや字幕を読むまでもないこの青い文字。そして“ジャーン!”というあの不滅のテーマ曲が!!「ああ、とうとう始まっちまったよ、最後が!!!」

…きょうはもう書けません。映画本編の感想などは次回の“エピソード2”で。(7/18記)


更新:2005年7月5日
『バチが当たるよ〜』

故・二子山親方の三十五日法要と納骨式が、3(日)東京・杉並区内のお寺で営まれ、TBSは午前のワイド番組の中で、その模様を生中継していました。
が…!ちょっと酷かったです。

生放送で緊張している現場のリポーターをスタジオで笑ったり、お寺の本堂や墓地を映したVTRを流したり、今年入社の新人アナウンサーの紹介を、コーナー内でやったり。

結婚披露宴ならいいですよ、多少のおふざけも。
当人達も了解してるし、芸能・スポーツ関係なら寂しいより賑やかな方が良いだろうし。

でもお葬式はイカンです!
仮に遺族やお寺側が、報道や取材をOKしていたとしても、やり方ってもんがあるでしょうに。
他局がVTRでの収録取材だったので、生のTBSのテンションの高さが余計目立ったかもしれませんが、亡くなった方を弔いお骨を納めるという大切な法要の場を、勝手に見世物にして騒ぎたてるのはイカン!
子どもでも「あんたらバチが当たるよ!」って叱られますよ。

テレビって決して高尚なものじゃなく、世間のアラで成り立ってることは事実ですし、他ならぬそのTBSが儲けているお金で、自分がごはん食べているのも事実。
「お前が言うなよ!」って、全くその通りです。でも、だからこそ悲しかったんですわ。

TBSにはお世話になった方もいるし、MBSとしては会社としてのお付き合いもあるので、こんなことHPに書いたら何か差し障りがあるかもしれません。
でも他局じゃなくて、自分の会社に関係のある局だからこそ、気持ちが揺れたのです。

ちなみに、そのコーナーで一番真剣に伝えようとしているように感じたのは、芸能リポーターの梨元勝さん。
黒のスーツに黒いネクタイ、真摯に現場からの取材・リポートに徹していました。

(7/4記)




プロフィール

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名前:亀井 希生
生年月日:1967年12月15日
入社年:1991年
出身都道府県:愛知県
出身大学:名古屋大学
趣味:中日ドラゴンズ応援(名古屋出身)、SF・アクション映画、戦国武将、プラモデル作り、オートバイ(乗る&レース見る)、週刊プレイボーイ購読など
何でもひとこと:「ふぅ、勝った、勝った。ところでお前、ガンダム録ったか?」(2007年、巨人とのCSを制した落合監督が、帰宅して息子・福嗣さんに語った言葉)

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