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古川 圭子アナウンサーのブログ

カメタロウは今日もごきげん?

更新:2001年6月15日
カメタロウ(通称。命名ハイヒールさん)わが家の長男。生後7か月。寝返りが得意。たれ目の慎重派。

 おかげさまで、おおむね元気に、アナウンサーとお母さんを両立しております。この刺激的な毎日を、勝手にここに残していくことにしました。
まずは、あの日のことから。

 とにかく怖かった。その日が来るのが。いつ、どんなふうに始まるのか、どれくらい痛いのか。そしてそれは、真夜中に静かに始まった。


 2000年11月14日午前1時。いつものように、「これが二人家族最後の夜かもね。」と夫に話しかけ、寝床につく。
 午前2時。眠りの中に沈みこもうとすると、いつもより強くおなかが張る。これはもしや・・・自分でも不思議なほど落ち着いて、明日からの生活のことなど、ぼーっと考える。
 午前5時。痛みがほぼ10分おきになる。6時になったら行動を開始しよう。だんだんわくわくしてくる。
 午前6時。夫を起こす。エクスプレスを見ながらジャムトーストをのんびり食べる。みんなにとっては普通の火曜日だけど、私にとっては一生忘れられない特別な日になるのかあ。「二人家族最後の食事だね」とまた夫に合意を求める。決定的瞬間を見逃さないよう、だめと知りつつコンタクトレンズ(一応使い捨てソフト)を入れ、意気揚揚と出発。7時過ぎに病院到着。すでにかなりハイな状態。
 午前9時半 先生の診察。「早ければ昼過ぎ、まあ、3時ごろでしょう。」
 午前10時半 夫は会社へ。次会うときは3人家族だね。
 午前11時 完徹しているのでうとうとしてしまい、陣痛が弱まる。先生に叱られる。とつぜん破水。
 正午ごろ かなりタイヘン。胎児の心拍数が下がるとかで、酸素の吸入がはじまり、手足がしびれだす。こんなもんじゃない、もっともっと痛くなるはず、がまんがまん。あとどのくらいかかるんだろう?うー、これ以上痛くなったら叫んじゃうかも、なんかメリメリと下に下りて来たよう、いだいよーー!もう限界!と絶叫したくなったそのとき、「さあ、分娩室に行きましょう。」と、助産婦さんの救いの声。分娩室ではなぜか痛みも吹っ飛び、またわくわくする。声を出すな、目を開けて、もっとしっかり!と次々と先生の指示。いっぺんにいろいろ言わんといて、と思う間もなく、あっけなく生まれる。「1時、13分やな。おめでとう。どっちやと思う?」いいから先生早く見せて!「ほーら、男の子や」へ?おとこ?おんなのこだとばっかり思ってた・・・髪の毛が真っ黒、手の指が長い。わ、眉濃い!ふにゃふにゃだー。ぼろぼろ泣いてしまうかな、と思ってたけど、うれしくて、笑いがとまらない。私が処置を受けている30分ほどの間、生まれたての子どもが、ぱっちり目を開けて、じっとこっちを見ていた。おかあさんだよ。やっと会えたね。これからよろしくね。終わってみれば、入院から6時間、初産にしては早い展開だったそうだ。病室に運ばれ、「お昼ごはん、食べます?」と聞かれ、ああ、朝ごはんから昼ごはんの間の出来事だったんだ、と気づく。さっさと生まれてきてくれてありがとう。さっそく親孝行だね。

 問題はそれからだった。陣痛のことばかり心配していて、新生児との生活という肝心なことまで、考えが及んでいなかったのだ。そうそう、仕事場から電話してきた夫が、真っ先に「圭子はどうしてます?」と私のことを心配していたことを、ここに記しておきましょう。

カメタロウは、ごきげんで、亀井家にやって来ました。11月14日のことでした。



プロフィール

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名前:古川 圭子
生年月日:1967年1月30日
入社年:1993年
出身都道府県:大阪府
出身大学:神戸女学院大学
趣味:テーマパークめぐり、宝塚歌劇観賞
何でもひとこと:遠い昔、今宮戎のミス福娘に選ばれました。伊丹空港でJALのグランドスタッフをしていました(飛行機にはまあまあ詳しい)。ジェットコースターに乗るのが大好きです(木製コースターが特に好き)。スケートは見るのも滑るのも好きです(渡部絵美さんのころからのフィギュア好き、好きな選手はカタリナ・ビットとミシェル・クワン)。でも今は、二人の子どもの面倒をみるのが大変。タカラヅカを観るのがなによりのストレス解消です。

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