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森本 栄浩アナウンサーのブログ

森本栄浩の青春甲子園

更新:2008年3月21日
いよいよ開幕ですね。21日にはリハーサルが行われ、開会式のプレイベントで「今ありて」を歌う谷村新司さんが何度も歌声を甲子園に響かせ、入念にチェックしていました。谷村さんの「今ありて」が聴衆の前で披露されるのはおそらく初めてでしょう。スタンドのファンや出場校の選手たちからも拍手が起こっていました。本番が楽しみです。行進も凝っていて、まずプラカードの文字を書の甲子園といわれる「国際高校生選抜書展」団体の部、地区優勝10校が担当します。今大会の出場校はありませんが、甲子園でもおなじみの旭川竜谷(北海道)や仙台育英(宮城)なども名を連ね、原則地元地区の出場校を受け持ちます。さらにプラカードを持つのは、これまでのボーイスカウトに代わって出場校の生徒になります。部員であったり、生徒会長、女子マネージャーなどですが、華陵(山口)は女子部員の高松香奈子選手が先頭を切って行進します。甲子園練習ではユニフォーム姿でベンチ入りした彼女にとっても夢がかなったことでしょう。

リハーサルでは谷村新司さんが登場し「今ありて」を熱唱。開会式プレイベントでは、大会歌をいつも合唱している神戸山手女子高校の現役生に500人を超える卒業生が加わります。天国の阿久悠さん(今ありての作詞者)にも歌声は届くことでしょう。
リハーサルでは行進曲のアレンジを担当して23回目の元大阪市音楽団団長の永野慶作さんに会いました。3月4日に毎日新聞のわたしのコラムで取り上げさせていただいたわけですが、感謝の言葉を頂戴し、恐縮しました。特に、得賞歌「栄光」については、「本当にうれしかった。センバツだけでしか聴けないと書いていただいて感謝しています」とおっしゃり、喜んでいただきました。わたしがもっとうれしかったのは、「1回目からずっと貼って保存してるんやで。一冊の本にならんかな」とほめていただけたことです。80歳になられても相変わらずお元気でした。

コラムの最後の2回です。39回目は優勝空白県の話題です。夏も含め、優勝がないのは16県。その中で決勝未経験は7県です。今大会でその7県に該当するのは岩手だけ。優勝なしだとこれに宮城、福島、福井、滋賀、鳥取が加わります。この10年で、沖縄や北海道に優勝旗が渡ったり、長崎の躍進など空白がかなり埋まってきています。春は寒冷地にハンディが大きいため、厳しい見方もあるようですが、さらに地域レベル差がなくなってくることを期待しています。

選手宣誓は中京大中京(愛知)の矢澤英典主将。「記念すべき大会でプレーできることを誇りに、父、母、仲間、監督など多くの人に感謝の気持ちをこめてプレーします」と元気よく予行演習。少し早口になっていましたが、本番ではとにかく落ち着いてやってほしいものです。
最終回は総まとめといった感じで、高校野球にかける思いを綴りました。今大会も楽しみなチームが多く、感動のドラマが生まれるでしょう。わたしはこれまでから伝え手という立場にありながら、ファンの代弁者でもあると思ってきました。高校野球ファンにアンチはいません。だれもが等しく感動し、どのチームにも応援の気持ちで接することができるのが高校野球のよさです。もちろん、テレビ、ラジオで甲子園の感動をお届けするのがわたしの役目ですが、甲子園でしか味わえないこともあります。ですから、ひとりでも多くの人に甲子園へおいでいただきたい。そして真に感動していただきたいと思っています。子どもの頃、阪神電車が甲子園の駅に着き、スタジアムの照明塔が目に入るとわくわくして、一目散に駆け出したのをつい昨日のことのように思い出します。

更新:2008年3月19日
新装甲子園の正面玄関。工事はあと2回、シーズンオフに行われます。舞台裏も大きく変わって、インタビュールームもかつては1、3塁と分かれていましたが、今回から勝者チームが先に引き上げて監督、指名選手がインタビュー台に上がり、敗者チームは隣で取材を受ける。残りの選手は別室で取材を受けるというようになりました。と言っても、説明を受けただけで、イメージがわかないというのが本音です。
 
36年ぶり出場の成章。36年前は初戦で諫早(長崎)に惜敗。今大会は開幕試合を引き当て、大応援団の前で戦います。健闘を期待しています。
出場校の甲子園練習が始まりました。最終日はあいにくの天気でしたが、憧れの大舞台で伸び伸びと球を追っていました。21世紀枠出場で、開幕試合を戦う成章(愛知)も元気に練習。4人の投手がマウンドに最初から最後までとどまって、感触を確かめました。糟谷寛文監督は、「うちは投手力で勝ってきたので投手が納得いくまでやらせました。いい感じで来ているので楽しみ」と打線看板の駒大岩見沢戦に自信を見せていました。スタンドからは拍手が起こるほどで、早くも関係者が関西入りする過熱ぶりです。応援バスも駐車場に入りきらないほど申請していて、主催者は悲鳴を上げていました。また、新甲子園での練習とあって、3年連続の北大津(滋賀)の宮崎裕也監督には、「昨年までと違いましたか?」という質問が出ました。宮崎監督は、「前の日に智弁和歌山の高嶋さんがいろいろおっしゃっていたようですが、わたしはいつもすぐ負けていたので何が変わったのかわかりませんでしたワ」と言って笑わせていました。ただ内野スタンドが緑で統一されたのは、「見やすくていいですね。あとは観客がどれだけ入るかで変わってくるかもしれませんが」と話していました。

さて、コラムの最終盤、35回目の「雪の甲子園」です。前日は雨のセンバツの話をしましたが、雪の甲子園はさすがに珍しいです。わたしが思う唯一の名シーンは一昨年の早稲田実(東京)−関西(岡山)の延長引き分け再試合の終了直後に降り出した雪です。まるで熱戦を戦い終えた両校選手をたたえる紙ふぶきのようにカクテル光線にきらきらと輝いて舞い落ちてきたのです。早実の夏の決勝の駒大苫小牧(北海道)戦の延長引き分け再試合は語り継がれるでしょうが、この極寒の再試合もひけをとりません。

36回目の「決勝のあとの準優勝監督インタビュー」では、鳴門工(徳島)の高橋広監督が、後輩の河田アナの「でもすばらしい準優勝ですよ」という一言に涙を流したというシーンです。それまで「出ると負け」状態だった鳴門工。この報徳学園(兵庫)と優勝を争った6年前の大会は快進撃で、その後、常連常勝チームに生まれ変わるきっかけになりました。高橋監督は、「それまでいつも1回戦で負けたのでなんとかひとつは勝とうと」と言って絶句してしまいました。選手のがんばりをほめたい気持ちが素直に出たのでしょう。そのことを河田アナに言いますと、「別にそんなつもりで言ったんじゃないんですけど、本当にびっくりしました」と照れていました。ちなみに今回のコラムでは取り上げませんでしたが、昭和56年、PL学園(大阪)に逆転サヨナラで敗れて初優勝を逃した印旛(千葉)の蒲原弘幸監督もこのインタビューで号泣しました。

37回目は、「夏があるから」という言葉を封印してほしいという願いです。これは今大会に出場したすべての学校に言えることですが、最終目標である夏の大会のためにセンバツでは試したいことがいくつもあるでしょうが、決して「夏のために」ということは言わないでいただきたい、ということなのです。多くの学校が甲子園を夢で終わらせていることを考えれば、甲子園を夏の予行演習と思っているような学校には出ていただく必要はない、ということです。引き合いに出したのは、20年ほど前の関東のある初出場校で、しきりに甲子園練習のときから「夏のテスト」という言葉を繰り返していました。わたしもあまりいい気はしなかったのですが、先輩アナが、「こういう甲子園をなめたようなチームは絶対に勝てない。夏も負ける」と言い切りました。実際にその通りになったのですが、常連校の監督さんほどこういったことは言いませんね。現実にはテストと思しきことをやっているのですが、言うとしても試合後で、「これであの子が自信をつけてくれれば負けても収穫はありました」と前向きにとらえて甲子園をあとにしていきます。春の失敗は終わってからで十分。やる前から夏のことを考えているようなチームが活躍したためしがありません。

38回目もこれに関連していて、センバツは決定から準備期間が長く、そのギャップで夏に向けて出遅れてしまう、という話です。甲子園が終わると、期待の大きさに反して試合があっという間に終わってしまったショックから立ち直れないケースがかなりあったということです。これも常連校ほど少ないのですが、センバツを引き摺って本来の姿を見失ってしまったまま夏を迎えて敗退するというチームがこれまでにも見られました。早々に敗退したチームだけでなく、一定の成果を挙げたチームでも、浮かれて春の公式戦で早期敗退し、夏のシード権を失って予選落ち、というケースも見られました。要は、「夏にもう一度ここでやりたい」という気持ちがどれほど強いか、ではないでしょうか。ですからわたしは、春夏連続の出場校はマークしています。

更新:2008年3月17日
組み合わせ抽選も終わり、いよいよ本番モードに入ってきました。わたしのコラムも終盤です。今回は盛りだくさんの内容です。

まずはコラムから。31回目の全力疾走の土佐(高知)です。高知はこのところ明徳義塾の独壇場になっていますが、かつては高知商、高知と土佐が3強として甲子園を沸かせていました。特に土佐は純白のユニフォームに全力疾走が定番で、文武両道を実践している高校球界屈指の人気校です。しかし、このところ甲子園はご無沙汰で、15年の空白が続いています。土佐の卒業生には親しい人も多く、今回取り上げましたら、大変喜んでいただきました。その見事なまでの全力疾走は芸術といっていいでしょう。

32回目のキャプテントークについては、後述しますが、コラムでは不思議な縁について書きました。トークのあと、主将たちは翌日の抽選会に備えて日本高野連で一泊します。多くの生徒は大部屋ですが、ツインルームの組み合わせもあります。このツインの二人のチームが本番でよく対戦するのです。10年前、春夏で激闘を演じた横浜(神奈川)とPL学園(大阪)が3大会連続で当たった9年前の大会では、キャプテントークで横浜・松本主将とPL・覚前主将が相部屋になり、(部屋割りは抽選)初戦で激突しました。近いところでは、一昨年、北大津(滋賀)と旭川実(北海道)が同様に相部屋決戦を演じました。試合のほうも1点を争う熱戦で、試合後両主将はがっちり握手。勝った北大津の有吉主将は、「せっかく仲良くなったのに、複雑でした。でもいい試合できてよかった」と友情が本物であることを確認したようでした。

33回目の抽選会については、キャプテントークと同じく行われる日に合わせて掲載していただきました。この抽選方法は究極とも言うべきで、できるだけバラエティに富んだカードを提供しようという主催者の意図が感じられます。欠点は、出場校の多い地区から抽選を始めるということで、あとで抽選することになる出場校は対戦相手が限定されてしまうことになります。ところで、コラムでは、「失敗の許されない緊張感は、普段の放送の比ではありません」と書きましたが、「そんないい加減な気持ちで放送をやっているの」と言われてしまいました。これは少し誤解を招く表現だったかもしれず、本心は、放送は自分が怒られるだけで済むのですが、これで失敗したら多くの人がいやな思いをしてしまう、というつもりで書いたのです。念のため。

34回目のセンバツにつきものの雨について。雨が生んだドラマは数知れず。最も語られるのは昭和54年の東洋大姫路(兵庫)−池田(徳島)の準々決勝。野手の前でボールが止まるほどのぬかるみでした。わたしはその2年後の大府(愛知)−御坊商工(和歌山)戦で槙原(元巨人)が敗れたシーンをとりあげました。豪腕投手と技巧派投手の明暗がはっきりした試合で、1回戦で金村(元近鉄)の報徳学園(兵庫)を破った大府の優位は動かないと見られた試合が雨に支配されたということを力説しました。

さて、リニューアルされた甲子園の「内覧会」が、12、13の両日、無観客試合として行われました。新聞報道等でご存知と思いますが、ベンチが危険だったり、グラウンドが狭かったりとプレーヤーのマイナス面が多い反面、イスが大きくなってファンは心地よく観戦できるようになりました。われわれの放送席もスタンドの後方に移り、およそ10メートルグラウンドから遠くなりました。肝心のグラウンドは、写真をごらんいただければお分かりかと思いますが、バックネットの傾斜が緩やかになって、捕手からの距離が半分くらいになった印象です。また、ベンチからの距離も半分の感覚で、にぎやかな試合中でもベンチの声が選手まで届くのでは、と思いました。抽選会でも多くの監督さんから逆取材を受けました。

リニューアル甲子園。スタンドは緑で統一。バックネットの傾斜が緩やかになり、スタンドがかなりせり出しました。内野スタンドも6メートル前に。今大会が実戦初お目見えです。

今年もキャプテントーク、盛り上がりました。特に積極的な主将が目立ち、意見にも具体性がこめられていて、聞いていても納得の表情を浮かべている生徒が多かったように思います。
キャプテントークは、抽選会の前日、13日の午後に行われました。司会はわたしと毎日新聞運動部の大坪康巳記者という2年連続のコンビです。今回はいつもより4人多いこともあって、かなり盛り上がりました。恒例の「ふるさと紹介」で口火を切ってもらうわけですが、一関学院(岩手)の佐々木一真主将が、「平泉が世界遺産登録をめざしています」と話すと期せずして拍手が起こる和やかなムードで始まりました。21世紀枠出場の安房(千葉)岩澤寿和主将が、「キャプテンなのに試合で活躍できず迷惑かけた」と苦労を語ると、沖縄尚学の西銘(にしめ)生悟主将が、「失敗の方が多いのは当たり前なので、勇気付けられた」と自ら発言するなど積極的な主将が多いと感じました。毎年盛り上がるユニークな練習では、中京大中京の矢澤英典主将が、「ラグビーのトヨタ自動車と交流がある関係で練習にランパスを取り入れ出しました。それより、他競技のトップレベルの試合を見て刺激を受けるのがいいと思いました」と披露。また、千葉経大付の内藤大樹主将は、「チームを全国制覇という文字の4班に分けて練習します。目標はレギュラーの『全』で、落ちる人もいます」と強豪ならではの内幕を紹介しました。

他校への質問では、優勝候補筆頭の常葉菊川(静岡)に集中。小松島(徳島)の井内(いのうち)学主将が、「練習時間が短いと聞いていますが、自主練はどんなことをしているのですか」と質問すれば、前田隆一主将は、「納得するまでやっています。2時間3時間は当たり前です。」と連覇へ万全であることを強調していました。最も盛り上がったのは、明徳義塾(高知)の中山雄太主将が、「寮の食事が口に合わない。みなさんの寮の食事はおいしいですか」と問うと、寮生活の主将10数人の中から中山くんが横浜の小川健太主将を指名。小川くんは、「(渡辺)監督さんの娘さんが栄養士の資格をとって食事を作ってくれています。ボリュームも味も満点で感謝しています」と答えると全主将が笑顔とともに納得の表情を浮かべていました。傍聴していた脇村・高野連会長も、「早速、渡辺さんに報告しておきますよ。さすがだなあ」と渡辺ファミリーの結束の固さに驚いていました。終了後の宿泊は例年よりも生徒が多く、二人部屋は管理人室だけ。ここには横浜の小川主将と平安(京都)の山口篤史主将が入りましたが、今回は初戦での対戦とはいきませんでした。
翌日の抽選会はオーバルホールから取材の記者が溢れるほどの取材陣が詰め掛けました。早速、決まったカードから展望をしてみましょう。

今回は1回戦が4つあり、ここに入らないのがポイントです。とはいえ、8校は(つまり4分の1)やむを得ず入るわけで、あきらめるしかありません。ただ、この1回戦は興味深い対戦が並びました。まずオープニングを飾る駒大岩見沢(北海道)と21世紀枠の成章(愛知)。早々に北海道を出て調整している駒大岩見沢は好調が伝えられています。強打の「ヒグマ打線」を大応援団を繰り出す予定の成章がどう抑えるか注目です。続く東北(宮城)と北大津(滋賀)は好カード。東北有利の声が高いようですが、近畿屈指の強打線で左腕に強い北大津が攻略する可能性は十分です。安房−城北(熊本)が初日の第3試合。安房の全員野球に期待です。初日に21世紀枠が2校出場する楽しみな開幕です。

1回戦の残り試合は関東一(東京)−明徳義塾。明徳が唯一、初戦で黒星を喫している因縁の相手で、注目の一戦です。このあとはゾーン別にご紹介しましょう。最初のゾーンから大別してA〜Dとしますと、Aゾーンでは履正社(大阪)の充実ぶりが目立ちます。ここには投手力のいい聖望学園(埼玉)が上位を狙える戦力で、粘りが持ち味の平安も調子を上げている近畿勢優位のゾーンです。Bゾーンは連覇を狙う常葉菊川をはじめ、地区王者5校が入った最激戦区。初戦の明豊(大分)は侮れず、主戦の戸狩くんが不出来だと苦戦は確実です。横浜は初戦不戦で東北−北大津の勝者を待ち受けます。いずれも水準以上の強チームでここがカギでしょう。小倉部長は、「(エースの)土屋は秋は案外だったけど、ここへ来てだいぶよくなってきたよ」と自信を深めています。順当なら神宮決勝の再現が準々決勝でみられるはずですが、道のりは平坦ではありません。

Cゾーンは東洋大姫路、智弁和歌山の有力近畿勢がかなり有利。ただ、昨夏出場の宇治山田商(三重)は右腕ナンバーワンの呼び声高い平生くんが健在で、初戦を突破すれば波に乗る可能性があります。東洋大姫路は主戦の佐藤くんが打線でも中心で、秋は彼におんぶに抱っこの状態でした。彼の負担が軽くなるようなら上位も有望です。智弁は勝谷、坂口両君に注目が集まりますが、甲子園で好成績のときは投手が踏ん張っていました。高嶋監督がどのような起用をするか目が離せません。Dゾーンは2番目の激戦ゾーン。有力は投手力の慶応(神奈川)と沖縄尚学。ただ、古豪で試合巧者の天理(奈良)や明徳義塾、中京大中京もいて先が読めません。わたしは選手の質の高さと分析力で慶応が抜け出しそうな気がしますが、チーム状態が左右するかもしれません。

ところで、沖縄尚学の比嘉公也監督と再会しました。彼とは、彼が学生時代以来で、「指導者になりたい」という夢を聞いていましたから、感慨深いものがあり、握手する手にも力が入りました。9年ぶりの優勝も夢でない陣容ですが、まずは初戦突破を目指してがんばってもらいたいものです。

更新:2008年3月12日
わたしの毎日朝刊紙上コラムも終盤に入ってきました。6日には、80回記念大会シンポジウムも行われ、ムードが高まってきました。今週は、木曜日にキャプテントーク、金曜日にはいよいよ抽選会が予定され、本番モード突入です。

コラムの補足を、例によって行います。まずは20回目の宇部商(山口)の劇的本塁打の数々です。公立でありながら、多くの名勝負を演じてきた宇部商は本塁打で名勝負を彩ってきました。取り上げたのは、昭和58年夏の浜口選手が帝京(東東京)戦で放った逆転サヨナラ本塁打。これが同校第2号です。わたしはちなみに第1号も知っていて、敗戦できらりと光った柿田選手の3ラン(秋田商戦)です。昭和60年夏は準優勝しましたが、藤井選手が清原に迫る大会4アーチの活躍。センバツでは60回大会の坂本選手のノーヒットノーラン崩しの一撃も語り草です(中京大中京戦)。その年の夏には東海大甲府(山梨)戦で飛び出した1年生宮内選手の代打逆転3ラン。中村紀洋擁する渋谷(大阪)戦では松本選手が決着をつける満塁アーチ。甲子園通算26本の過半数が決定的な場面で出た貴重な一発なのです。これはもう宇部商の伝統といわざるを得ません。最新は昨春の林選手の日大藤沢(神奈川)戦で出たサヨナラアーチ。やはり伝統は恐ろしい。

21回目はイチローの甲子園です。2年夏、3年春とも初戦負け。ただ相手は天理(奈良)と松商学園(長野)でいずれも大会の決勝に進んだ強豪でした。わたしが印象に残っているのは、センバツの松商戦を解説していた杉浦藤文・元中京監督(故人)が、「鈴木くん(イチロー)があれだけ打てないとは」とうなっていたことです。5打数無安打に終わった試合で、愛知一の好打者が上田(中日)に抑えられたことを驚いていました。

22回目はわたしの最も得意とする「校歌」のお話。その日のMBSラジオの「さてはとことん菊水丸」でも話題にしていただきました。夏の校歌は学校の提出した楽譜をアレンジして、朝日放送のスタジオで収録されます。完成度は高いのですが、どの曲も同じように聞こえたり、原曲とイメージが違いすぎるといったクレームも出ました。東海大系列の高校はメロディーが同じで歌詞が違います。カラオケを使いまわしすればいいのでしょうが、スタッフに少し遊び心ができたのかもしれません。20年ほど前、東海大山形が徳山(山口)戦で初勝利を挙げたとき、流れる校歌にナインはキョトン。わたしも、「何だこの曲は?」と思うくらいアップテンポな曲でした。当然、猛烈な抗議にあって録り直しとなり、東海大甲府のカラオケに歌詞は東海大山形で2回戦勝利後に披露されました。これより数年前、昭和56年夏に初出場した秋田経大付は、初戦突破後だれも知らない歌が流れびっくり。聞けば関係者が間違って秋田経済大学の校歌の譜面を送ってしまい、これが流れたとのこと。2回戦では無事、正しい校歌が流れました。その点、春はオリジナルですから安心、かと言えば必ずしもそうではなく、長い柳川(福岡)や横浜(神奈川)の校歌を半分に省略して(もちろんスタッフのミス)怒られたこともありました。いずれにしても甲子園で流れる校歌は学校にとって大きな意味があるだけに、すばらしい出来栄えで紹介してあげたいものです。

23回目は、入場行進曲のアレンジを手がけている元大阪市音楽団団長の永野慶作さんについてです。掲載された日が(3月4日)、氏の80歳の誕生日。センバツ80回の記念大会に傘寿を迎えられた永野さんが花を添えるということで、わたしからのささやかな誕生日プレゼントです。このお知らせをしたくでお電話しましたところ、「森本さん、コラム毎日切り取って貼ってますよ。」と先手を取られてしまいました。「読んでたら、森本さん、23回目やって。わたしと一緒やな。行進曲23回目やねん。」と至ってお元気でした。話は表彰で使われる得賞歌「栄光」について。これは昭和49年からセンバツオリジナルとして親しまれている名曲で、永野さんの曲によるものです。昭和48年の中東戦争のあおりで、凱旋の曲に使われた「勇者は帰りぬ」を使うと「石油を売ってもらえないかもしれない(永野さん談)」という懸念から新しい曲をということで誕生したといういきさつまで話していただきました。今大会も甲子園でお目にかかれるはずです。

24回目は試合後の通路取材です。今大会から内野スタンドの改修で仕様が変わるのですが、これまでは通路から引き上げると左右に分かれて取材を受けていました。このわずかな空間を隔てて、勝者と敗者、つまり明暗がはっきり分かれるのです。今回取り上げたのは8年前の北照(北海道)と橿原(奈良)の試合後です。劣勢を予想された橿原の健闘で延長にもつれ込んだ試合は、熱戦の末、北照に甲子園の女神が微笑みました。試合後、うなだれて戻ってきた橿原ナインに何と声をかけようと、ふと反対側に目をやると、北照の河上敬也監督が、「やっと勝ちましたね。20年かかりました。うれしいです」と涙をぽろぽろ流しているのです。過去2回はいずれも1点差負け。遠来の生徒のために自宅隣に寮を建て、熱血指導してきました。教えを請うために和歌山まで出かけ、尾藤公・元箕島監督に弟子入りしたほどの情熱の持ち主です。直後、尾藤さんに、「河上さん、泣いておられましたよ」と言いますと、「何や、監督が泣いたらアカンなぁ。ハハハ。おめでとう、言うたろ」と笑っていました。橿原の選手の悔し涙と河上監督の感激の涙。意味は違いますが、高校野球の涙はどれも美しいものです。

25回目は甲子園の外野席を宣伝させていただきました。今どき、無料ですばらしいドラマを堪能できるのは甲子園の高校野球を置いてほかありません。わたしは特に学生時代、外野大好きでした。大学2年の夏だったと思いますが、通路を上がって戦況を確かめようとふと顔をグラウンドに向けた途端、ライナーが飛んできてこれを外野手がダイビングキャッチ。この瞬間が週間ベースボールの大会号に掲載されたのです。水野(池田〜巨人)が荒木(早実〜ヤクルト)から奪った一撃はバックスクリーン横で見ていたわたしのはるか頭上を超えていきました。当時、テレビの中継映像がネット裏中心だったため、新鮮な感覚で観戦したのを覚えています。

26回目は滋賀県勢へのエールです。レベルの高い近畿で苦戦が続く滋賀県勢も、最近は01年夏の近江の準優勝など活躍がみられますが、かつて京都と夏の代表を争っていたころは50回の京滋大会で勝ったのは4回だけ。当時はあきらめにも似た状況で、有力選手の県外流出や指導者不足に泣かされていました。さらに1県1校が確立された昭和53年は滋賀悪夢の年で、センバツでは比叡山が前橋の松本投手に完全試合を許し、夏は膳所が桐生に0−18で大敗するなど群馬県勢に完膚なきまでに叩きのめされました。この年から学校も選手も目の色が変わり、翌年の比叡山の夏8強。さらに瀬田工の4強へと続いていくのです。わたしは、不振の原因が「冬の厳しさ」とコラムでは書きましたが、実際は気持ちの問題も大きいと思います。よく言えば人がいい、悪く言えば欲がないところが控えめな県民性にあらわれているようです。人口急増県でニューカマーが増え、そのあたりも徐々に解消されているようです。今大会の北大津は非常に期待が持てます。センバツ4強がまだない滋賀県勢の記録更新の可能性は十分と見ています。

27回目は8日、土曜日に解禁された練習試合についてです。各地で熱戦が始まり、出場校も本格的に調整できます。先述した北大津は神戸国際大付(兵庫)と2試合。初戦は主力が出ましたが逆転負けを喫しました。主戦の河合投手は万全だったようで、宮崎監督は、「河合は問題なかったんですが、あとの投手が」と控え投手の不振に頭が痛いようでした。親友の国際大・青木監督からも、「河合くんはいいですね」とエールを送られただけに、「河合と心中しようかと思っています」と苦笑いしていました。

28回目は常葉菊川(静岡)の森下監督について。森下さんは優勝監督として注目の存在ですが、わたしは30年前の浜松商優勝キャプテンの印象が強く、どうしてもこちらの方にこだわってしまいます。昨年もこのことを伺いましたら、「かなり前のことなので忘れました」という答え。こんな大事なことを忘れるはずもなく、現在自分が指導している野球と正反対のことをしていたから、思い出せないのではなく、思い出したくないのではと察しています。いずれにしても長所を伸ばす森下監督の野球は静岡に新しい風を吹き込んだことは間違いなく、さらに進化した今大会も焦点になることは確実です。

29回目は高校野球界最高の名門、中京大中京のエピソードです。アナウンサー室で、「見よ、躍進の先輩の業績」と校歌の一節にある先輩の業績を何と読むかで盛り上がりました。答えは、大会でお確かめください。

30回目の「甲子園の優勝投手はプロで大成しない」という現在はだれも語らないようなジンクスについてです。それこそ30年前はこれが平気で使われていて、優勝投手に何と失礼な、と思った記憶があります。これを打破したのは昭和55年センバツ優勝の高知商・中西(元阪神)ではないでしょうか。これについては何人かの友人に意見を求めましたが一致していました。以降、甲子園の優勝投手は「普通」に実力を発揮してプロでもエースとして活躍しています。コラムでは、「斎藤佑樹くんの将来も約束された?」と落ちをつけました。
コラムも残るは10回。全力投球でがんばります。



プロフィール

森本 栄浩Photo
名前:森本 栄浩
生年月日:1961年10月4日
入社年:1985年
出身都道府県:滋賀県
出身大学:関西学院大学
趣味:商店街めぐり
何でもひとこと:高校野球の事なら何でも答えられます。甲子園常連校の校歌が歌えます。

担当番組