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赤木 誠アナウンサーのブログ

赤木誠のベースボールワールド

更新:2014年10月30日
 自身9年ぶりの日本シリーズ中継が26日に終わりました。
番組の冒頭、解説の金本知憲さんの紹介で2003年第4戦のサヨナラHRの映像が流れました。実況していたのは、私です。
実はこのサヨナラHR、私の恩人?なのです。

 時は、2003年10月23日。誕生日の前日(あまり関係ありませんが)。
阪神甲子園球場は、晩秋というより初冬の冷たい空気に包まれていました。
事前番組のため、多分17時半には放送席に座っていたと思います。
18時放送開始、15分プレーボール。初回から試合が動き、両チームの激しい主導権争いが続きます。その分絶叫も増え、喉の渇きも早く手元のお茶がドンドン減っていきました。
いつも1試合にペットボトル1本以上は軽く空けていたので、何も気にせず、いつも通り喉を潤しながら中継していたのですが、21時を過ぎたあたりからグッと冷え込みが増し、解説、ゲストの皆さんが入れ替わり立ち代り席を外してトイレに向かうようになりました。
私は、それまで「危ない」というトイレ黄色信号にもなったことが無かったので、より熱いお茶を普通に飲み続けていました。

 が、その時がついに訪れたのです。5−5で延長に入った22時過ぎ、突然やってきました。
アナウンサーになって初めて訪れたトイレ危機。それまで実況アナウンサーのトイレ話で「集中していれば、大丈夫ですよ!」と偉そうに?答えていた報いがこの大舞台で来たかと、恐らく顔面蒼白になっていたと思います。当然、お茶をストップ、アナウンスを抑え目にしたことは言うまでもありません。そうして何とか10回の表を喋り終えました。

 そして10回のウラ。先頭の赤星選手がアウトになった時、極限が近づいて来ました。11回に入ったらもうギブアップだなと思った矢先、飛び出したのが金本様のサヨナラHRだったのです。
「飛び込んだ〜」の実況のウラに「助かった〜」があったのです。

 後日、金本さんにお礼を言ったのは勿論です。金本さんは、笑っていましたが…。
幸せなことにその後、その手の危機には、遭っていません。
日本シリーズ特有の緊張感、底冷えの甲子園(放送席がスタンド)、点の取り合い、延長戦色んな要素が絡んだんでしょうね。

 さて、その年以来の虎鷹決戦、第2戦テレビに続く、私の第7戦ラジオ実況、あるんでしょうか。

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プロフィール

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名前:赤木 誠
生年月日:1958年10月24日
入社年:1981年
出身都道府県:鹿児島県
出身大学:九州大学
趣味:ウォーキング、観光
何でもひとこと:無芸大食。プロ野球、ラグビーには少々詳しいです。福岡・札幌は、住んでいたことがあるので、土地勘はあります。

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