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赤木 誠アナウンサーのブログ

赤木誠のベースボールワールド

更新:2013年4月23日
 「鷹が、大阪・難波の地から九州・福岡に飛び立って25年が過ぎました」
4月20日、タイガースライブの第一声です。
「OSAKA CLASSIC 2013」と銘打たれて行われた3連戦の第2戦。
南海ホークスの最後のユニホームを目の当たりにして、まさに万感の思いの実況に
なりました。

 「猛虎の熱戦」をお伝え出来るようになるまで、僕の主戦場は大阪球場でした。
当時の「ダイナミックナイター」の実況を夢見て、大阪球場の、捕手のすぐ後ろの放送席で、
一体何試合、「投げました、打ちました」を繰り返したことでしょうか。
よく来ているということで、当然、監督、コーチ、選手とも顔見知りになります。
穴吹さん、藤原さん、山内孝徳さん、そして20日ゲスト解説を快諾していただいた
山内和弘さん、井上祐ちゃん、加藤伸ちゃん、ドカちゃんこと香川さん、懐かしい顔
が次々に浮かびます。

 当時、MBSラジオでは「ゴーゴーホークス」というホークス応援番組が毎夕放送されて
いました。ホークスOBのかつての大投手・宅和本司さんがメインパーソナリティーで
「ホークス又負けました。今日こそは…」というのが定番になるほど苦しい戦いが続いて
いましたが、その分マスコミも含めて不思議な一体感がありました。今でも当時の鷹番の
方々とはお付き合いがあります。

 そして迎えた1988年10月15日。大阪球場が泣いた日。入社して数多くのビッグ
イベントを中継、取材していますが、あれほど思い出すたびに涙がこぼれるイベントはありません。
(書いている今も涙腺が…です。)超満員のすり鉢状のスタンド、投げ込まれたテープ、杉浦監督の 
「ホークスは不滅です。行ってまいります」の名台詞、そして秋の夕暮れ、難波の空に響き渡った
トランペットによる球団歌。最高の別れでした。

 20日の中継では、ジスゲームというより近鉄、南海、特に南海の話が多くなり、「今」を
お聴きになりたいリスナーの皆さんには、今ひとつだったかもしれませんが、「OSAKA CLASSIC」
ということでご容赦ください。当日はRKBラジオネットで福岡にも放送されていました。
最後、「ソフトバンクファンの皆さん、南海ホークスのこともどこか心の片隅に覚えていてください」と
締めるつもりが、胸が詰まって言えませんでした。もしこの文章をお読みになることがありましたら宜しく
お願いします。

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プロフィール

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名前:赤木 誠
生年月日:1958年10月24日
入社年:1981年
出身都道府県:鹿児島県
出身大学:九州大学
趣味:ウォーキング、観光
何でもひとこと:無芸大食。プロ野球、ラグビーには少々詳しいです。福岡・札幌は、住んでいたことがあるので、土地勘はあります。

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