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赤木 誠アナウンサーのブログ

赤木誠のベースボールワールド

更新:2007年12月14日
 12日、ロッテの「ジョニー」こと、黒木知宏投手が引退を表明しました。まさに”一球入魂”、雄叫びを上げながらの熱投に涙したプロ野球ファンも多かったと思います。その黒木投手が、一番の思い出に挙げた試合、98年7月7日のオリックス戦、私は、GS神戸(当時)の放送席にいました。

 日本プロ野球ワーストタイ16連敗中のロッテは、エース黒木で連敗脱出を図り、3−1とリードして9回のウラ、オリックスの攻撃もツーアウト。連敗ストップと誰もが思った時、ドラマが起こります。
MBSラジオのライブラリィーで、自分の実況を聴きなおしてみました。

「3対1、ロッテリード。9回のウラ、オリックスの攻撃、ツーアウトランナー1塁。バッター、プリアム。ツー・ワンから6球目。ピッチャー黒木投げました。打ちました。レフトポール際、ポール際、入った。入った。黒木、悪夢。9回ツーアウト、ツーストライクからプリアムに同点ホームラン。黒木倒れこんだ。しゃがみこんだ。白星遠い。3対3。こんなことがあるんでしょうか!」と、かなり扇情的な?実況でした。

まさに、ドラマ。9年経った今でも、ポール際、高く上がった白球、マウンドでうずくまる黒木、その情景がハッキリと浮かんで来ます。しかし、この試合ロッテの悲劇は、これだけではありませんでした。
延長12回、代打広永にサヨナラ満塁HRを打たれ、プロ野球ワーストの17連敗。
「ガックリ肩を落としたロッテナイン。まるで夢遊病者のように、3塁側ダッグアウトに消えて行きました。」という実況が残っていました。

 「野球の怖さ」を知った黒木投手のその後の活躍は、皆さんご存知の通りです。今のように強いロッテでは無い時代、「魂のエース」として投げぬいたジョニー黒木。”記憶に残る”投手でした。今後は、野球解説者という記事が新聞に出ていましたが、あの試合を実況したアナウンサーとして、共演出来ることを楽しみに待ちたいと思います。

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プロフィール

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名前:赤木 誠
生年月日:1958年10月24日
入社年:1981年
出身都道府県:鹿児島県
出身大学:九州大学
趣味:ウォーキング、観光
何でもひとこと:無芸大食。プロ野球、ラグビーには少々詳しいです。福岡・札幌は、住んでいたことがあるので、土地勘はあります。

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