脳の寄り道感

2019年8月24日


こんな仕事していると活字とは仲良しでなければならないとは思うのですが
なにせ、子供の頃から本は嫌いじゃないけど、覚えるのが苦手。物語以外は苦痛。
読書量なんて、読む人に比べたら全然大したことなくて、理系の道へ。

そんな自分ですから、20年近くこの仕事を、だいぶ苦手なことを無理して
行ってきた気がしている。そして、いよいよもって読書量が圧倒的に減ってきている。
携帯の方がネットの記事のほうが楽だ。横書きのほうが好きなのか、
と思ったりするけど、原稿は縦書きのほうが楽。あんまり関係なかったりする。
読んでも読んでも情報が溢れてる。調べても調べても知らないことだらけ。

そんなこと言ってたら今度は英語が出てきだしてる。
これからの人は英語は多分、必須なんだろな。
あー、この単語習ったなぁ、と思っても意味が出てこない。圧倒的に悪い語彙力。

そして、読めば読むほど、脳みそは別のイメージを回転させる。
そこから自動的に連想されるなにか別のことに行くことをとても好ましく思う脳で、
これが集中力の劣化かも知れない。脳の寄り道感、とでもいいましょうか。

そうなったらもう感覚にすがるしかない。なのでほぼほぼ感覚が一番。
そうなってくると圧倒的に音楽がヘルプフルだったりする。

急に頭の中に流れてくる音楽を探して、再生してみて、少し時間があったら
歌詞など見てみると、なにかのヒントが隠れていたり、
勧められた映画は、旧作でもレンタルしたりして探してみる。
音楽と映画は、海外の人とでも共有しやすかったり。でも大事な英文が
簡略化して和訳されてるケースもあって、ちょっと焦ったりする。

んで、何が言いたいかって、
本を読み始めたらこんな文章がどっかから降ってきたのでとりとめもなく書いてみたのです。
コラムって、そんな感じで書いていくものではないでしょうか?

この脳の寄り道感を活かすも、その目の前の事象に集中するもどちらもよい。
できれば、脳の寄り道感が仕事に生きるのがありがたいんですけどね。

偶然からのリポート

2019年8月19日


香港情勢が大変でもう11週間もデモが続いている。
「ニュースなラヂオ」でお伝えした情勢はなかなか膠着していて、
どうも先が見えない。
でも、彼らは諦めないことが一番大事だと、今回伝えてくれて
それは2014年の雨傘運動の反省から来ているとも話す。

2年位前に、ほんとに別件で台湾の調べ物をしているときに
滞在先のホステルの共有スペースで香港の若い学生さんと出会った。
台湾の歴史を調べていると話すと、香港についても知ってほしいと言われた。

調べているうちに4月になって、いまニュースになっている逃亡犯条例の話が
入ってき始めた。そこからどんどん毎週送られてくる情報は先進的で
現地の情報がその人から入ってきてから
その後に日本でニュースになっていくような流れが多くあった。

そして今回のニュース。

たった10分と言われれば10分だし、物足りないと言われればそうだし
専門家じゃないから詳しくないと言われればそうだし、現地にいないから取材が甘いと言われれば
そうにちがいないし否定できない。でも今回初めてインターネット電話で現地とつないだり
新たな取り組みを試しながらやってみました。

香港を見続けてほしい、という現地からの声。
必死の声をなんとか形にしたい、という思いだけで作りました。

少しでもお聴きただけてなにか感じていただければ幸いです。

ニュースに大きいも小さいもないし、オンエアにも大きいも小さいもありません。
(多少、目立つオンエアやそうでないオンエアはあるかも知れませんが)
不思議な流れでたどり着いたニュース。その流れに乗せられていると
なにか、自分なりにですが、いい感じでできているような気にならせてもらえる。

そんな感覚を持ちながら、オンエア後に一口残ったコーヒーを飲み干し
現地の人にお礼のメッセージを送った次第でした。


感覚

2019年8月16日

「なんか、雰囲気的にいいと思うのよー」

と、ある人が言う。

「その、雰囲気的にいいと思う、という感覚がいいですよね」

と私も
返してしまう。

雰囲気とか、感覚的なものは目に見えないけれどとても信憑性がある(気がしている)。

予感とか、そういうもののことです。
意外と上手くいくものです。(そうでないこともなくはないけど、それも含めてうまくいく)

話す、伝える、という仕事をしていると口から出ているこの言葉にも
形もなく目にも見えないことに気づくのです。

脆くても、20年近く言葉の仕事をしていると
なんとなくそういうものの弱点も長所も見えてくる気がします(ほんとはみえないという話ですが)。

信用できる言葉には力があるような。
それは真実に基づいているものであることが大事だったり。
口先からのものや、ただ流暢であることではない何かがある。
そこに気づいたときの言葉は強い。

そしてそういう事に気づかせてもらえるのはいつも取材をしたときです。
今回も多くの方にご協力いただきました。

台風10号、伝わってくる被害はもちろん、
伝わらない被害や、小さいかもしれないけど、心を痛める被害のあった方も
いらしたと思います。
皆さんの平穏と無事、早い回復をお祈りしています。

ないものねだり

2019年7月16日


基本、人間ってないものねだりの生き物なのだなと思ってしまう。

台湾にお熱になってから1年半以上がたち、その後ラジオでは香港のいまのデモのニュースを
お伝えするなどしてみました。
きっかけは台湾で知り合った香港の学生さん。2年前から彼女は今の香港を予見するような話を
していて、一気に引き込まれ、当時、PCなど翻訳機やら、PCに漢字をタイプしてそれを見せ合ったりて
(特に会話の中で人名などが出てきたとき、ニュースで中国系の人達の名前を漢字の日本語読みで
 扱っている私達からすると、サウンドだけからそれが何を(誰を)意味するのか理解するのは
 なかなかに難しかったりします)。

日本のある大学の学生の方みなさんと先日話す機会があったので香港取材の話を少しさせていただいたら
どうやら熱心にお聴きいただけたようです。
同世代。日本で平和に暮らしている学生さん、でも多分、彼らなりに就職活動とか、これからの
人生とか悩みをかかえたりもしている、もしくは、これからするだろう世代に
僕から言うことなど何もなくて、でも、同じ世代の人たちがいまどういう思いで、
何を感じてあの場所であんなにも大きな動きになっているのか、無関心でいてほしいとは思いませんでしたので
彼らが考える何かのきっかけになればと、お伝えした次第です。

他方、また別で学生さんと話たりする機会。熱心な学生さんにはどうぞ
心を大きく揺らすいろんな感情を、伝える、シェアする機会を持っていただきたいと
感じました。若い人はみんないい目をされてますね。

年齢とともに体力、気力、能力の衰えを感じだしはじめて、それでいてまたまた
やりたいことが山のようにある。喋り足りない、聴き足りない。取材したりない。
たどり着きたいなにかが先にありそうな感覚がする、とか。

ないものねだりは見えないものばかり。
ま、ぼちぼちぎりぎり合格点くらいが、いいのかもしれませんね。

カフェで

2019年3月 2日

カフェで流れている音楽を
携帯電話のアプリで検索をかけ
それが何かを知り
ネットで聴いている。

そんな時代、想像していなかったです。
音楽の聴き方に変化が出てきすぎていて。

脳みそは年齢のせいか飽和して
新しいものを受け入れなくなりつつあるような気がするんだけど
そんなことをいったら
知り合いから

うえださん、自分で限界を作らなくていいですよ。
楽しい学びは続けてください。

とのことで自分の今の能力を評価しないで
いろいろごちゃごちゃ、続けていこうと思った次第です。

音楽は面白い。
ギターほどおもしろい楽器はない。奥深いけど
10代の時にもっと勉強しておけばよかった。でも、
いま、ほんとにわかりやすい解説や説明がネット上に溢れてる。

このままあと数年もしたらすごい変化が起こりそう。
人が幸せになる変化であることに期待したいですね。