AMラジオ災害問題協議会 特別番組 いのちのラジオ

2020年1月25日

先日KBSホールで開催された「AMラジオ災害問題協議会」の
防災シンポジウムの内容をまとめた番組を放送します。
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明日26日(日)20:00~21:00に、MBSラジオで
タイトルは、「AMラジオ災害問題協議会・特別番組 いのちのラジオ」です。

番組のご案内は私で、
シンポジウムの内容を踏まえて、防災や災害報道の話もしております。
シンポジウムの最後の決意表明についても話しました。
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阪神・淡路大震災当時の報道を経験された
ABCの道上洋三さん、ラジオ関西の谷五郎さん、NHK大阪放送局の住田功一アナの
お話からは当時のご苦労を痛感しました。
阪神・淡路大震災当時は報道の仕事をしていなかった世代の
KBS京都の森谷威夫アナ、ラジオ大阪の藤川貴央アナ、和歌山放送の覚道沙恵子アナは
災害報道への取り組みなどについて話しています。
ぜひお聞きください。

阪神・淡路大震災の発生から25年

2020年1月20日

1月17日に阪神・淡路大震災の発生から25年となりました。
今この記事をご覧になっている方は、
25年という時間経過をどのように感じていらっしゃるでしょうか?

私がこれまで取材で話を伺った被災された方からは、
「つい昨日のように感じる」とおっしゃる方、気持ちを整理しようとされている方、
「忘れたい」とおっしゃる方まで、様々な声があります。
きっと同じ言葉でも全く同じ気持ちは1つとして無いはずです。

先日、震災当時に生まれていなかった20代に
「阪神・淡路大震災は、現代のできごと、もしくは
戦争のような歴史教科書で習うできごとのどちらのように感じる?」
と、質問したところ、
「歴史上のできごとに近い」と感じるとの答えでした。

年齢、居住地などによって、見え方/捉え方が異なる震災発生から25年という時間。
一方で、9131日と表記してみるといかがでしょうか?
あの日から、9100回以上の朝が来て、夜が来て、食事をしたり
学校に行ったり、仕事をしたり、布団に入り、目が覚めて・・・。
このような日常生活を、被災地内でも被災地外でも、
この同じ世界で、誰もが同じ時間を過ごしてきました。

1995年1月17日。
私は、滋賀県に住む小学3年生(10歳)でした。
2段ベッドの上で寝ていた私は地震の揺れで目が覚め、
いつもの(震度1くらい)地震だろうと思って、
すぐに収まるだろうと思っていても、なかなか収まらない。
早く収まることを願いつつ、2段ベッドの下にいる弟の名前を何度も呼びました。
本棚の不安定な本が床に落ちたくらいで揺れは収まり、
その後起きる時間までもう1度寝ました。
朝起きてテレビで見たのが、阪神高速の高架が倒れた映像です。
学校では、募金や救援物資として被災地の学校に送るノートや鉛筆を寄付しました。

それから1週間程が経った頃だったと思います。
授業中、教室に校長室から内線が入りました。
その後、担任の先生は、
「みなさんも知っているとおり、大きな地震がありました。
転校してくる友達は地震で両親を亡くしています。みなさん仲良くしてくださいね。」
とだけ言いました。
両親を亡くし、祖父母の住む滋賀へ来ることになったのです。

転校生が教室で先生から紹介されている時、
テレビを通して見た震災を目の当たりにし、
地震で大切な人を亡くすという事実を、
またそれがどれほど辛く、悔しいものかを知った瞬間でした。

いとこと一緒に住むことになり引っ越していくまでの約1か月間、
クラスメイトの誰もが、土日に家族と過ごした楽しい話をしなくなりました。
誰かが決めた訳でもなく、こどもながらの精一杯の気遣いだったと思います。

この経験が、私にとっての阪神・淡路大震災の経験です。
災害報道や防災に関わっているのは、この経験が遠因なのかもしれません。
そのクラスメイトは、その後、どうしているのかは知りません。
元気でいてくれることを願っています。

2020年1月17日。
近年は、神戸市役所南の東遊園地の「阪神淡路大震災1.17のつどい」会場から
中継の仕事で、マイクを持ってお伝えしてきました。
今年はマイクを持たずにこの日を迎えることになりました。

仕事で訪れると、放送に集中せざるを得ない場合もあります。
そのため充分に追悼や祈念をできていないのではないかと心配していましたので、
今年は一人の住民としてこの日を迎えようと決めていました。

まず、16日夜、阪急今津線の宝塚駅と宝塚南口駅間の武庫川の中州に向かいました。
16日夕方に追悼ライトアップが行われ、
午後5時46分には黙祷が行なわれた場所です。
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武庫川の中州にある「生(せい)」の文字。
阪神・淡路大震災の発生から10年の2005年に
現代美術家の大野良平さんが石積みの巨大アートオブジェを
街と人の心の再生を願って制作されました。
有川浩さんの小説/映画『阪急電車』で知られた方も多いかもしれません。

その後、終電で、神戸三宮・東遊園地の「阪神淡路大震災1.17のつどい」の会場へ。
途中で振り返ると、「KOBE 1.17」の山麓電飾が点灯しています。
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東遊園地にある「慰霊と復興のモニュメント」の地下の「瞑想空間」には、
震災で亡くなった神戸市内外の犠牲者や復興の尽力された方々の
5016人の名前が銘板に刻まれていています。
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今回は、竹の名産地で西日本豪雨の被災地の倉敷市真備町からも
竹灯籠が届けられました。
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他の被災地のみなさんは阪神・淡路を忘れていないし、
阪神・淡路も全国の被災地を決して忘れていません。

午前5時過ぎ。例年より早い時間から多くの方々が集まっています。
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例年よりかなり来場者が多い印象でした。20代が増えている気がしました。
竹灯篭にもあかりがともりました。
暖冬傾向もありますが、大勢の方で会場はあたたかかったです。
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去年のMBSテレビの震災特番にもご出演いただいた
トランペット奏者の松平晃さんとも初めてお会いしました。
今年は、神戸市中央区の諏訪山公園・ビーナスブリッジで、
「花は咲く」を鎮魂への願いを込めて演奏されました。
松平さんは演奏後に東遊園地にいらっしゃいました。
この場を訪れる一人ひとりが大切な思いを持っています。
その思いを共有していきたいと思うのです。
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(左から松平さん、藤本真一1.17のつどい実行委員長、福本)

今年は震災を経験していない若い世代がかなり多く参加していたように
東遊園地は、震災で辛い思いや悲しい思いをされた方が集まる場のみならず、
あの時を経験していない人も多く訪れ、犠牲者を追悼しています。
あの日をきっかけに自らの研究を災害・防災に切り替えた多くの研究者も、
当時を経験していない若手の研究者や行政関係者も手を合わせるために大勢訪れます。
防災関係者にとっては、自らの思いを再確認する場であるともいえます。

阪神・淡路大震災の発生当時、すでに大人だった「第1世代」
私のように当時こどもだった「第2世代」
当時生まれていなかったり、当時の記憶のない「第3世代」

第2世代でも、当時いた場所や体験や思いも様々です。
あの時、滋賀県にいた小学生として経験した阪神・淡路大震災。
この経験だからこそ役に立つこともあるかもしれない。
そう思って阪神・淡路大震災に向き合ってきました。

2020年1月17日朝。
95年当時こどもだった私も、「第3世代」の成長を喜びつつも、
第2世代として、マイクを持っても持たなくとも、
報道従事者として、防災関係者として、その前に一人の「人」として、
亡くなった方々に思いを馳せ、生きたかった方々の思いを受け継いでいくために、
仕事でもプライベートでもできる限りのことに取り組んでいこうと誓いました。

私自身は災害報道において、「節目」という言葉は使いません。
節目は、被災された方がそう思った場合だけに使うことができる言葉だからです。
5年や10年でない年が来年やってきます。
26年、そして30年へに向けての「語り継ぎ」や、
今後起こりうる災害に備えるための「つながり」が続いていきます。

伊藤若冲展

2020年1月18日

今年最初の美術鑑賞として、京都高島屋で開催中の若冲展を訪れました。

『没後220年 京都の若冲とゆかりの寺 -いのちの輝き-』
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江戸時代、錦市場で生まれた伊藤若冲。鶏の絵が有名ですね。
例えば、細見美術館蔵の「雪中雄鶏図(せっちゅうゆうけいず)」は、
今にも木の上から落ちそうな真っ白な雪の前を色鮮やかな鶏が歩みます。
色のコントラストや縦長作品であることなどで、鶏の躍動感を感じます。

かわいく虎を描いた「竹虎図(ちっこず)」(鹿苑寺蔵)も人気ですし、
子年の今年は、「鼠婚礼図(ねずみこんれいず)」(細見美術館蔵)を
ぜひご覧いただきたいですね。

『没後220年 京都の若冲とゆかりの寺 -いのちの輝き-』は、
京都高島屋では1月20日(月)までで、
午前10時~午後7時30分(午後8時閉場)、
最終日20日(月)は午後4時30分まで(午後5時閉場)です。

その後1か月開きますが、2月21日(金)から3月8日(日)まで
大阪高島屋でも開催されます。

AMラジオ災害問題協議会

2020年1月15日

関西のAMラジオ7局で行なっている「AMラジオ災害問題協議会」の
シンポジウムが13日に開かれ、
パネリストとして登壇させていただきました。

阪神・淡路大震災の直後に、地震で両親を亡くした転校生に出会ったことや
現在の会社や自分自身の取り組み、
「報道従事者もこの地で暮らす住民の一員として、住民とは
情報の伝え手/受け手の関係ではなく、共に助け合う関係にしたい」

ということなどをお話ししました。

このシンポジウムの模様は後日各局で放送されます。
MBSラジオでは、1月26日(日)夜8~9時に放送します。
ご案内役は私が務める予定です。

今年の阪神・淡路大震災に関する私の仕事は、これにて終了です。
17日早朝などの番組は私より若い世代、
つまり当時生まれていなかったり幼く記憶の無い世代である
「第3世代」のアナウンサーががんばってくれます。

私は、久しぶりに仕事ではない形で1.17を迎えてみます。

さて、シンポジウムでは、OBCの藤川貴央アナに久々に会いました。
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こういう時のために字がうまくなりたいものです。
思いは本当です。

京都ビビビッ!vol.28

2020年1月 5日

京都が大好きなみなさん、あけましておめでとうございます!
早速ですが、1月6日19時~京都ビビビッ!生放送です。

年明けということで、初詣の話題はもちろん、
今年話題のあの歴史上の人物も、お土産特集もします。

平安神宮で、お正月限定の授与品・神矢(しんや)を授かることができました。
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今回の放送で、元々は日曜出勤生ラジオのコーナーとして始まった
「一人でも京都」が、合計100回となります!

2015年からの京都ビビビッ!は今回で28回目。
これからも京都を深く、長く取材できるよう頑張っていきます!