NO.119「ディック・フランシス逝く」(2/26)
2月14日、イギリスのミステリ作家ディック・フランシスが亡くなった。競馬好きならば一度は彼の名前を耳にしたことがあるだろう。ディック・フランシスは元ジョッキーであった。
ディックが生まれたのは1920年。小さい頃から馬を扱い騎手を目指すが、体格がよかったため平地競走のジョッキーにはなれず、26歳のときに障害のアマチュア騎手になる。28歳でプロに転向。53〜57年までクイーンマザー(英皇太后)の専属騎手を務め、53〜54年のシーズンにはリーディングジョッキーになった。現役時代の有名な話にデヴォンロック事件がある。これは1956年のグランドナショナルで、後続に大差をつけて先頭を走っていたデヴォンロックが、ゴールの直前で転倒。勝利を逃したという衝撃的な事件である。この転倒の原因はいまも謎のまま。結局ディックはグランドナショナルには8回挑戦し、優勝することができなかった。
57年に37歳で騎手を引退した後、新聞記者になり競馬欄を担当。62年に初の長編ミステリ『本命』を発表し、以来続々と競馬界を舞台にしたミステリを発表し続け高い評価を受け、ミステリの大御所として数々の賞にも輝いている。日本では早川書房がその翻訳をずっと発行してきた。訳は菊池光氏。美しく簡潔な翻訳であった。作品のタイトルはすべて感じ二字に統一されていてかっこいいのだが、タイトルを見てもなかなかストーリーが浮かんでこなかったりするのは私だけ?
さすがに元ジョッキーだけあって競馬場のシーンや馬の描写になると、他の追随を許さないものがある。私の大好きな一説を引用してみよう。これはパドックの風景を描いたくだり。「騎手たちが色とりどりのアザミの冠毛のように軽がると小さな鞍の上に放り上げられて、歩いているサラブレッドの滑らかな動きに合わせて痩せた体を動かしている。馬場に出て馬の足どりがトロットあるいはキャンターに変わると、騎手たちは鎧に足を入れて体を浮かせ、ごつごつしたリズムをやりすごしてらくになるのだが、パドックから出て行く時はラクダの隊商のようにけだるい感じで体を揺すっている。私はそれを見るのが大好きである」(『横断』菊池光訳)。うーん、すばらしい!
全43作。全部を読んではいないのだが、一つ挙げるとすれば『骨折』がいい。父の病気により厩舎を任された男のもとに、マフィアも恐れる悪党が「息子をダービー馬に乗せろ」と脅しをかけ、息子を厩舎に無理やり送りこんでくるのである。まあ、あとは読んでみてくだされ。きっと面白い。まだ読んでいないディック・フランシスの作品を読むことは、私の老後の楽しみの一つである。ディック・フランシス様、すばらしい作品をありがとう。 |