MBS(毎日放送)

第21回 烏川耕一

新喜劇って全員でやった方が面白いかなと思うんです。

―NSC11期生ですね。

学生の頃は、ダウンタウン世代やったんです。「4時ですよーだ」とか見て、お笑いブームに影響を受けてました。でもほかにもやりたいことがあったんですよ。高校3年でいざ進路ってなった時に、僕、考古学者になりたくて、実際、遺跡を掘ってたんです。NSC10期生の申し込みが終わっていたというのもあって、遺跡の発掘をやりながら、冬はスキー場にこもってプロのスノーボーダーになりたいなと思ってたんです。当時、まだ誰もやってなかったスノーボードを高3の時に始めてハマったんですよ。でも実際行ってみると、すでにすごい人がいっぱいおって、やめよっと思って。その間にちょうど11期生のオーディション受けたら受かったんで。
(考古学の方は?)
考古学者はシュリーマンの本をちらっと読んだり、テレビで見て、憧れてただけで。発掘と言っても、僕の場合は市とかの下請け作業で、完全な土堀りですね。ある程度まで掘って、側溝作って、時代の層を一枚づつ掘る。鏃(やじり)とかいっぱい出てくるんで、感動はします。あんまりたくさん出てくるんで初日の何時間かで感動はなくなりましたけど。でも掘っていた我孫子で、日本最古のナウマン象の足跡も出ました。
(ええっ!)
この世界に入る前に、僕の作業風景が新聞に載ってます。発掘のお陰で高校でラグビーをやっていた時にどう頑張っても58キロまでしかならなかった身体が、すっかりたくましくなりました。

―NSC11期といえば、陣内智則さんや中川家さん、たむらけんじさん、ケンドーコバヤシさんらと一緒ですね。

豊富な年と言われてますね。偶然やと思うんですけど。最初は漫才をやりたいと思って入ったんで、NSCの中で漫才コンビを組んでましたが、難しいし、おもろい奴いっぱいおるし。NSCを出てちょうど、YSP(吉本新喜劇プロジェクト)のオーディションがあって、会社から受けへんかと言われて、新喜劇に入ったんです。相方は芝居に興味なかったんで、そのままコンビ別れしました。NSC在籍中から芝居の演技の授業があって、卒業公演で、僕がたまたま主役みたいなことやらせてもらったりしたので、その辺から、(新喜劇に)傾いてたのかもわかりませんね。

―初舞台は覚えてますか?

覚えてますね。稽古の時が、一番緊張しました。ほんまに。(舞台やテレビで)見てきた人ばっかりで。2丁目劇場って、近い世代の人ばっかりやないですか。NSC出て、みんな2丁目劇場行くのに、僕だけNGKに来たんで、しばらく緊張してたような気がしますわ。楽屋もみんな一緒にいるわけですから。初舞台は大学の応援団で、辻本さんが団長。川畑さんがその下にいてて、僕がその下っ端。応援団というかバンカラ学生みたいな感じで。セリフもあったような気がしますね。
(どんな役柄が多かったですか?)
若い頃はヤクザ役が多いですね。怖い役とか怒る役ってたぶん簡単な方やと思うんですよ。普通の役が一番難しいと思うんで。最初って、幕開きか、お客さんかヤクザの下っ端か。何かあっても上の人が救ってくれるような役。身体も大きかったし、ヤクザ役が多かったですね。

―けっこう下積みは長かったですか?

いつまでが下積みかっていわれたら難しいですけどね。どれが成功かもわかれへんし。今も下積みといわれたら、下積みかもわかれへんし…。幕開きからある程度の役をもらえるまでを下積みと言うなら、最近は早い子は早いと思うんですね。今の新喜劇はけっこうキャラクター重視的なところが大きいので、キャラがあるとすぐポーンとひっぱられる。僕らの時代は芝居重視で、芝居を覚えなあかんみたいな。最低限、芝居も覚えなあかんけど、最近はそこを口うるさく言う感じじゃないですよね。いいことでもあり、怖いことでもあると思うんですが。僕は2、3年くらいで役をもろてたかな。「ひょっとこ」っていじってもらってからは早かったと思います。

―最初にいじられたのは?

めだかさんです。NGKで夜公演の20~30分のコントチックな新喜劇があった時、やすえ姉さんと僕がめだかさんと絡んでハケるんですが、めだかさんが、突然、僕の名前じゃなくて、「口笛どの!」と呼びはったんですよ。僕とやすえさんしかおれへんし、なんのこっちゃわからんし、どうせ俺やろな、と思って、「なんやそれ!口笛どのって誰や?」と言ったら、「あなたですよ」「なんでや?」「口笛吹いてるでしょ」「吹いてへんわ!」「あ、吹いてるような口やから」で、まあまあ笑いが来て。ハケて行く時に「口笛どの~」って言われたら、また笑いが来たし。手ごたえがあって、昼の公演の時にめだか兄さんがまたいじったらウケたんで、それを内場さん、石田さんが今のような形に作り上げてくれたんです。やっぱり新喜劇は1個そういうのがあると覚えてもらいやすい。新喜劇は名前ではなかなか覚えてもらえない。「ひょっとこの人」とか「パチパチパンチの人」とか。何か代名詞が1個あるというのがありがたかったですね。

―新喜劇で影響を受けられた方はいますか?

基本的には、当時の内場さん、辻本さん、石田さんのニューリーダーの影響はあったと思いますね。入って1年目か2年目にニューリーダーになってやっていくのをそばで見てるんで。当時は「全員野球をしよう」っていう感じの中のリーダーやったんですよ。稽古の時も、「これ違うんちゃうか」と朝までになることもあって。みんなで残って、若手でも意見を言わせてもらったり、全員で作っていく感じやったんです。今は座長が打ち合わせである程度のものを作ってしまうんで、座長が背負うような感じになってますね。ニューリーダー時代を知っているのは、座員ではもう僕くらいじゃないでしょうか。僕はそういう人たちのすぐ下くらいの世代で、それを見てるんで、影響はあると思いますね。

―若手の中の押しメンは?

最近なら、金の卵の第7個目に松村恵美という子がいて、ディズニーランドでショーをやっていた子なんですが、ダンスも出来るし。こないだ金の卵の7個目の芝居にちょっとだけ出たんですが、使いようによっては面白いかなと。おちょける感じでもないし真面目にやってるからこそ面白いかな、と。僕はボケというよりは、引き出すことが多くて、松浦のギターも、藍ちゃんのノリツッコミ、諸見里のしゅぽしゅぽ、安井まさじのいや~んも、最初に「こんなんやったらどう?」と言ったら、みんなが広げてくれる。新喜劇のいいとこはそういうとこかなと思うんですけどね。最初にちょっとやったら、オモロイなと思ったことは食いついてみんながいじってくれるんで。若手でオモロイ奴おったら、作っていってあげれたらいいなと思うんです。今は自分の週がないので、そういう意味ではなかなか若手を引っ張ってあげられるチャンスがないから、なんかそういうイベントなり何なり考えて行きたいなと思ってるんです。僕もいじってもらってここまで来たので、先輩にしてもろた恩返しは後輩にせなあかんのかな、と。

―松浦さんのギターもそうなんですね。

梅田花月で僕の週の時に、配役をものすごい考えた時に、松浦とギターが上手いしましまんずの池山心さんと、ギター2人くっつけたらおもしろいなと。キャラクター的に「ギターを持った借金取り」っておもろいんちゃうか? と思って。どこ行くにもギター持ってるみたいな。それが見事にハマって、ウケたんです。次に京橋花月の杮落としをやらせてもらう時に、「あれをやりたい」と。最初、一の介兄さんと組ましたんですよ。梅田花月の時にテーマソングが出来たんで、一の介兄さんとやらそうと思ったら、稽古の後に、「こんなん芝居とちゃうやん」と。でも「一の介兄さん、1回だけやらせてください」とお願いしたら、メッチャ受けたんですよ。一の介兄さんもノリノリで踊るわ、乗るわで、何にも文句言わないんですよ。これはもう、ウケたらOKなんかな、と(笑)。NGKで自分の週をやらせてもらえる時に、絶対入れようと、まだあまり出てなかったしみけん(清水けんじ)と組ませたんですよ。定着した方がオモロイと思うからと言って、「清水金融」として何回か使いました。やっぱり反応が早かったですね。YouTubeに誰かが上げてたり。その後、松浦には、独り立ちせえ、1人で出来るネタ考えろと言うたのに、サボるんですよね。1人でやったら、「歌ネタ王」も1人で行けたはずなんですけどね。1人ならあいつがフィーチャーされるのに。結局、ギター弾いてない方のすっちゃんがフィーチャーされるっていう…。「歌ネタ王」なのに歌ってない方がフィーチャーされるってすごいな、と。

―これからの新喜劇について思われることは?

昔は座長がすべてで、若手が笑いを取りにいったらいけなかった。その後、「やめよっカナ?」があって、ニューリーダー時代が来た。また時代が1周して、座長時代が来ているのが今だと思う。昔と違うのは完全一極集中でもなく、ほかの人間もボケたりできる。今はそれでええんかな、と思います。キャラクターがある方が人気も出やすしいし。それで新喜劇に火がついたらええなと思うんです。また1周したところで全員野球に戻るんかな、と。次は回しの時代が来るかもしれない。回しが作る新喜劇の方が僕はおもろいと思うんです。理想でいうと回しの人間が本を作って座長をやってる中にキャラクターが出る方が、なんかもっと自由に遊べるんじゃないかと思うんですけどね。自分で打ち合わせに行くといろいろ背負うんですよ。若手の子のところも作ったらなあかんとか、筋の全体も考えなあかんとなるんで。キャラクターある面白い子らって、自由に遊ばせた方がもっと面白いんとちゃうかな、と思う時がたまにあります。しんどい仕事は僕らがやったらええのにと思うんです。寛平さんの「寛平まつり」とかに出た時、「もう、みんなに任すから頼むで」って。ま、あんまり芝居も入ってなかったりするんですけど、その代わり、自由にやるから、底抜けにオモロイというか。舞台上でこっちもハラハラするし。キャラクターの人ってそんなんでええような気がするんですけど。次の段階の時に、人気のあるキャラクターの子らを自由に遊ばせてあげると、また見方が変わって、新喜劇ちょっと変わったな、となるのでは。その時に、名前を挙げてもらえるように、何歳になってもいろんな引き出しを蓄えておきたいと思います。まだ座長の夢も持っているんで。

―なにか続いている趣味とかお持ちですか?

何やろな~。僕、7~8年前からゴルフ始めたんですけど、その時、全然仕事なかったんですよ。中5週とか仕事がなくて。30代の頃にそんな時があって。腐ってもしょうがないんで、なんかしようと思ってゴルフ始めたら、めっちゃハマって。週4回とかゴルフ行ってたんですよ。金もないのに。今でこそ年何回かしか行けなくなりましたけど、ゴルフはずっと続いてますね。ここんとこはめだか兄さんと行くことが多いですね。トントンなんですよ。めだかさんと。この前一緒に行ったら、情けないスコアで。「こんなことあるかぁ?」というくらい、絶不調で。毎回、どっちもが悪いかどっちもがいいか、なんです。波長が合うんです。あと夏は川へ行ってバーベキューしたり。僕、アウトドア系が好きなんで。新喜劇のアウトドア班というか、段取りしてみんなを連れて行ってました。東吉野の方に、川と川が合流してプールみたいになっていて滝つぼもあるところがあって、穴場だったんです。後輩を連れて行くと、後輩もその川を気に入って。みんな場所の名前がわかれへんから、若手の間では「烏川の川」と言われてるらしいです。若手と交流していると、そこでひとつノリが出来たりいじりが出来たりする。もっと今の若手も楽屋でしゃべったらいいのにと思うんですけどね。緊張するとは思うんですけど。僕らも入った時はそうやったし。まずはお客さんより、先輩に自己アピールして欲しいと思いますね。

※「烏川耕一のひょっとこ大感謝祭2015春」は3月29日(日)NGKホールで19時30分開演。

2015年2月23日談

プロフィール

1973年1月24日大阪府大阪市出身。
1992年NSC大阪校11期生。

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