イギリス勢の成功例と同じく、プロモーションビデオ
を多用したアメリカ勢が次々とデビュー、83年頃には
MTVもアメリカ中心のプログラムへと変化していき、
ヒット曲、ヒットアルバムがうまれていく。
80年代のアメリカの音楽史上、どこからどう話を進
めてもMTV、そしてビデオクリップの所になってしま
います。それほどこのMTVの出現は産業的にも大きな
意味があるできごとであったのだ。
それではここで、あらためて、ビデオクリップの大き
な種類分けをしてみましょう。細かく言うと無限ですが、
ほんとうにざくっと分けると3つに分類されます。
1)演奏もの(曲ありき形)・・・これはその名のとう
り、アーチストのライブ・パフォーマンスの要素をふん
だんに取り入れたもの。MTV→ビデオクリップ→プロ
モーションという図式が成立する前から存在してました。
(ライブビデオ)ゆえに、MTV初期頃はまだまだこの
タイプのビデオクリップが多かったと思います。
2)イメージもの(映像ありき形)・・・映像にあそび
の部分を入れこみ、曲のイメージをふくらませる、とい
うもの。つまり、映像でできる最大限のアイデアを最高
の技術で表現するということです。もちろん、コンピュ
ーター処理が不可欠になってきますので、そういった分
野の人たちが大活躍したのもこのタイプが出たおかげ。
例えば、A−HAの“テイク・オン・ミー”とか、ピ
ーターガブリエルの“スレッジ・ハンマー”のように、
実写とそれ以外のものを組みあわせたアイデアと技術は
当時としては画期的ビデオだったのです。これは現在で
も主流となっているタイプです。
2)ドラマもの(金ありき形)・・・基本的には歌詞に
もとづいた形で曲をドラマ化し、ストーリーをもった短
編映画風にしたもの。このタイプの特長は、まず、その
曲をうたうアーチスト本人が、役者として登場する、と
いうところ。
ハマればカッコいいんですが、ハマらんかった場合、
安もんのB級映画よりこっけいな作品になってしまう、
というリスクが付いてまわります。
以上、大きく分けるとこの3タイプになるビデオ・ク
リップ。特に2と3は、MTVというメディアがあって
こそ、うまれたものでありましょう。もちろん2と3の
出現により、テレビ、ビデオといった電化製品の普及率
もぐーんとあがったことでしょう。
それ以外にも、2のタイプなんかは、すぐさま、CM
業界など、短い時間で勝負している映像関係のエリアに
大きな影響をあたえました。3は、その後、アーティス
トが本気で役者を目指してしまう、なんてゆう、おもし
ろいことにもなっていきました。
’84年にはMTVビデオ・ミュージック・アウォード
も登場、もはや音楽と映像の関係は、切りはなし不可能
な物になっていたのです。
ということで本題です。今日は、3ドラマもののビデ
オクリップのお話です。その内容とかテクニックは、さ
っき言ったとうりなので、まず、代表作品をば。
♪マイケル・ジャクソン/スリラー('84年)
マイケル・ジャクソンの成功の陰にMTVあり、と言
われるほど、有名な作品。また、長編のドラマ的ビデオ
クリップというものの第一号がこの スリラー だったの
です。見事にこの作品は第一回ビデオ・ミュージック・
アウォードでベスト・パフォーマンス・ビデオ賞を受賞。
おまけにグラミー賞では12部門にノミネート、その
うち8部門を取る、というものすごいことになった。ア
ルバムのセールスはかるく3000万枚以上になり、3
3週間、チャートの第一位に君臨したのだ。この大成功
のきっかけは、なんといっても、業界初ということで話
題になったこの長編ビデオクリップだった、と言えます。
♪プリンス/パープル・レイン('84年)
これはビデオクリップではなく、プリンスが主演した
映画です。ここでプリンスは、ビデオ・クリップでシン
グル・ヒットというシステムをまったくひっくり返し、
映画でサウンドトラック・アルバムをヒットさせる、と
いう新しいヒット図を創りあげたのです。もちろんアル
バムは全米NO.1になり、映画の興業成積も7000
万ドルをこえる大ヒットとなった。
この時期のこの2つの大ヒットは、もちろんビデオ・
クリップをつくる他のアーティスト達に大きな影響をあ
たえました。でも、それ以外にもこの大ヒットは意味を
持っているのです。
それは、ブラック・アーチストのポジションを変えた、
という点です。マイケルとプリンスの大成功は、すなわ
ち、ポップというエリアで黒人アーチストが白人のマー
ケットへも進出を果たした、ということなのです。そう
でなければ3000万枚以上のセールスはありえません
ことよ。(アメリカ総人口を2億人として、7人に1人
は持っている。)
プリンスもしかり。7000万ドルの収益を上げるた
めには、単なる“ブラックムービー”だけでは無理なの
です。白人のマーケットでも受け入れられたからこその
数字です。
この2人の共通点は、まず音楽性です。彼らは黒人で
あるけれど、R&B、ソウルにこだわっていない。別に
スピリットを失ったのではなく、あくまでエンターテイ
メントとして音楽をとらえていたのでしょう。ゆえに彼
らは、白人マーケットではロック・アーチストとして受
け入れられていたのです。そのためには映像というもの
が必要不可欠なアイテムだったという点も共通してます
ね。
そして、この2人の大成功により、ブラックアーチス
トと、R&B、ソウルなどの黒人ルーツ・ミュージック
が再認識され、ブラックロックアーチストがどんどん出
て来ることになったのです。
来週は、このタイミングで出てきたブラック・ロック
・アーティストを紹介します。
(次回は「ブラックロックアーチストとその他のブーム」)
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