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第6章 80年代のアメリカン・ロック

(その1)ブリティッシュ・インヴェイジョン
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 日本での意味はアダルト・オリエンティッド・ロック、
つまり、大人向けの品のよいロック、ということになり
ますが、アメリカでA.O.R.と言うと、アルバム・
オリエンティッド・ロックの略で、ツェッペリンやエア
ロスミスなど、アルバムで勝負しているロックのことに
なってしまうのです。

 ひとくちで言うと、英国人のアーティストが、アメリ
カのヒットチャートを支配してしまう状況のことをこう
呼びます。歴史上、この動きは2回起こっていて、1回
目は1964年頃、ビートルズの大ブレイクをきっかけ
に、ローリング・ストーンズ、ハーマンズ・ハーミッツ
などのブリティッシュロックが次々とアメリカ進出を果
たした時だと言われてます。そして2回目が、今日お話
しする1980年代に入ってからのブリティッシュ勢大
進出、いわゆるニューブリティッシュ・インヴェイジョ
ンとか、セカンド・ブリティッシュ・インヴェイジョン
と言われた時のことです。

 まずは、なぜ、このような状況が起こりえたか?これ
には1981年8月1日に登場したMTVが大きくかか
わってます。それまでFM・AMのラジオ局によってヒ
ット曲がうまれ、地道なコンサート・ツアーによってス
ターが育てられてきたものが、MTVの出現によって、
ヒット曲やスターは、テレビを通じてうまれていく、と
いうふうに変化していったのです。

 これにより、アメリカ以外のアーチストが、アメリカ
で成功するためには、ふつう3〜5年は時間がかかる、
と言われていたものが、デビューシングルのビデオクリ
ップ1本で、あっさり全米にプロモーションできてしま
い、あっと言うまに大ヒット、なんちゅう革命的なこと
が起こりだしたのです。

 まず火ぶたを切ったのはデュランデュラン。ルックス
よし、曲よし、VIDEOクリップ(パフォーマンス)
よし、のええとこづくしで大ブレイク。これをきっかけ
に後へつづけとばかりに次々とイギリス勢がアメリカ進
出を開始。

♪ヒューマン・リーグ
 /DON’T YOU WANT ME('81年)

’79年イギリスでデビュー。’81年にアメリカ進出、
この曲は82年に全米NO.1になったのだ。その後も
アメリカで活動をつづけ、86年にも“ヒューマン”で
NO.1をゲット!!デュランデュランと同じく、ブリ
ティッシュ・インヴェイジョンのはしり的存在。

♪カルチャークラブ/君は完璧さ('82年)

’82年デビューと同時にアメリカにも進出。女装して
いるボーカリスト、ボーイ・ジョージのキャラクターは、
まさにMTVにうってつけだった。ビデオクリップを通
じて大ブレイクした所なんぞ、まさにブリティッシュ・
インヴェイジョンそのものであります。この曲は’83
年に全米第2位まで上昇、84年には“カーマ・カメレ
オン”でNO.1をゲット!!

 まぁ、ここらへんは、数曲のヒット曲も持っているし、
ブレイク後もアメリカで活動をしばらくは続けていたと
いうことで、名前も知れわたってますが、中にはブリテ
ィッシュ・インヴェイジョンのおかげでアメリカ進出し
ちゃった・・・。いわゆる一発屋もわりといるのです。

♪デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ
       /カモン・アイリーン('82年)

 彼らにとってのセカンドアルバムからの3rdシング
ルとしてこの曲はリリースされ、見事全英NO.1にな
る。その後、ビデオクリップとともにアメリカ進出。8
3年にNO.1をゲット!!でもそっからが続かなかっ
た。(他にカジャグーグーなんてのもいた。)

 とまぁ、いずれにせよ、ヒット曲にはVIDEOがつ
きものであった、ということです。( ユーリズミクス 、
U2、ティアーズ フォー フィアーズ、ワム!、D.ボ
ウイ、ポリス・・・ )

 では、ここでもう一度、このブリティッシュ・インヴ
ェイジョンの背景をおさらいしてみましょう。80年代
に入ってからのイギリスの音楽はちょうどニューウェイ
ヴ、ニューロマンティクスと、ルックスを重視したもの
がハヤリだった。そしてそのサウンドは、バンドという
よりは、打ち込みを多用したシンセ系だったので、ライ
ブよりもイメージが伝わるビデオ・クリップ、というも
のに一早く着手していた。そしてアメリカには、それを
プロモーションで使える場があった。

 そもそもイギリスのロックには、“見せる”という要
素がふくまれてました(グラム・ロックなど)から、ビ
デオクリップを創ることなんぞ朝めし前の得意ジャンル
だったのです。このイギリスの特質とMTVの方向性が
みごとにハマった結果、第2回めの波、つまりブリティ
ッシュ・インヴェイジョンは起こるべくして起こった、
というわけです。でも、MTVというものをつくったア
メリカ人は、この結果をどう感じたのでしょーか。実は
アメリカ勢もまけてはいなかったのです。

 来週は本物のアメリカン・ロックのお話です。

(次回は「アメリカンロックの復権」)



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