60年代も半ばに入り、65年頃になると、音楽的に
も社会的にも、大きな変化が出てきました。
まず、社会的な動きとして、“ヒッピー”なるものが
登場。今や死語となってしまってますが、これは当時の
若者たちのことを指す、いわゆる俗称であります。主な
生息地は、サンフランシスコを中心とするベイエリア一
帯。とにかく、ここにいろんな若者が移り住んで来たの
です。
彼らは自然を愛し、戦争や人種差別を嫌い、コミュー
ンと呼ばれる所で共同生活をしながら、社会のすべての
既成から離脱していたのです。彼らの生活テーマは “
LOVE&PEACE”。そして何よりも、音楽とドラ
ッグを好んだのだ。ヒッピーたちの間では、ドラッグが
お金よりもずっと貴重であった。そんな中からうまれて
来たのが、アシッド・ロックと呼ばれる音楽なのです。
まずは代表グループの曲を聴いてみよう。
♪ジェファーソン・エアプレイン
/SOMEBODY TO LOVE
1965年結成、紅一点ボーカルを含む6人組でスタ
ート。サンフランシスコ出身ということもあり、グレー
トフルデッドとならんで、アシッド・ロックの代表格バ
ンド。
それでは、ここでこのアシッド(サイケデリック)ロ
ックの特長をみてみることにしましょう。
(1)ぶっ飛びの歌詞!!
これはもう、あたりまえです。ヒッピーの基本思想は、
自由!!そして、このベイエリアには音楽産業の制約は
通用しない。主に薬関係の状態や行動など、とてもあぶ
ない歌詞が多い。
(2)ぶっ飛びの演奏!!
アシッド・サイケデリック系のロックは、レコードで
は決して把握できない!!と言われたほど、そのライブ
・パフォーマンスはすごかった。なぜなら、彼らは常に
トリップしていたから。ゆえにほっといたら、一晩中で
も演奏は続いたのです。逆にそんな所から「インプロビ
ゼーション(即興)がすごい」とも言える。
(3)ぶっ飛びの演出!!
トリップ状態をより増幅させる為に、視覚にも刺激を
つけようと、はじまったライト・ショーと呼ばれる演出。
これは音楽とサイケデリック・アートがみごとに融合し
たパフォーマンスであった。現在のコンサートでは、当
然のように照明がありますが、なんと、これが起源だっ
たのです。
とまあ、このように、制約のない音楽だっただけに、
他では類を見ない、多彩で冒険に満ちた変化が存在した
のです。
そしてこのサンフランシスコの熱波は、他の地域へと
飛び火し、67年頃には、アメリカのどこへ行ってもヒ
ッピーがいる、という状況になっていきます。と、いう
ことは、アシッド・ロック、サイケデリック・ロックを
演奏する、グループも各地に登場してくるのです。大都
市であげると、ロサンゼルスからはジム・モリスン率い
るドアーズ、バニラ・ファッジなど。デトロイトからは
MCS、そしてニューヨークからは、ベルベット・アン
ダーグラウンドなどです。
♪ドアーズ/ハートに火をつけて
67年“ドアーズ”でデビュー。とても珍しいBAS
Sレスバンド。ジム・モリスンの一般の道徳感を否定す
る歌詞が問題になることもしばしば。でも彼を優れた詩
人としてリスペクトする人は数知れず。
このように、アシッド・ロック、サイケデリック・ロ
ックとは、ドラッグ・カルチャーをそのまんま表現した
ものであったのです。この頃は何をするにもまずドラッ
グ、というものすごい時代だったのですね。
よい子のみんなは決してマネしないで下さい!(これ
は昔の話です!!)
この後、ヒッピーたちは、フラワーピープル、フラワ
ーチルドレンと呼ばれ、より平和を願う動きへと発展。
音楽とともにフラワームーブメントへと変化していきま
す。そして、あのモンタレーポップフェスティバルや、
ウッドストックなど、伝説のイベント、伝説のアーチス
トなどを次々とうみだしていくのでありました。
来週からいよいよ70年代へ突入です。
(その1)は、シンガー&ソングライターのお話です。
(次回は「シンガー・ソングライター」)
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