特別企画 ドラマを120%楽しむ特別企画。【監督自らの解説】
〜監督からドラマが大好きなあなたへ〜 「ピュア・ラブ」をもっと楽しく見ていただくために、ドラマ作りの裏側をチョッピリ公開。
ネタバレする可能性があります。ご注意ください。 →[ この週のあらすじ ]
第31話

ドラマを盛り上げてくれる小道具の話をしましょう。
小道具は設定上必要だという理由で最初から指定されている場合が多いのですが、そのほか、ディレクターや美術担当者が考えて付け加える場合や、さらに俳優が提案して採用される場合などがあり(たとえば周作の眼鏡、忍の手首につけている数珠などは、各々篠田さん、尾崎さんのアイディアです)、31話で私が注文して付け加えた小道具はシーン10(周作の医長室)での移動型シャーカステン(レントゲン写真を見るための装置)です。これを使ったのは、その前で周作と白井が言い合うことで、シャーカステンの白っぽい人工光が二人の顔に当たって、普通でない異常な雰囲気を出したかったからで、ちょっとした違いではありますが、普通の天井灯の下での会話では、ああいう感じにはならなかったと思います。
このちょっとした違いというのが大きいのです。それから脚本にはない小道具のひとつとして、「ピュア・ラブ」の解説でも触れたのですが、この医長室の客用テーブルの上にずっと置いてある女性好みの手作り風の化粧箱(中にヌガーやチョコがはいっているのですが)、これはその性格から周作が置いたのではないということは明らかで、ということは彼が婦長をはじめ、女性陣に非常に人気があるということもわかりますし、その中のチョコを白井がことあるごとにつまみ食いすることで、彼の性格描写にもなります(「ピュア・ラブ」の第1話、「ピュア・ラブU」の第1話など)。
またこれは演出というよりお寺の決まりごとですが、シーン33(隠寮)での老師の座っている背後の床の間には、真ん中に香炉、少しはずして生け花、床柱のそばに陽春を呼ぶ馬鈴、そして季節やシーンによって掛けかえられる掛け軸など、細かいところで小道具が雰囲気を作ってくれているのです。

第32話

この回の見せ場はシーン13(龍雲寺の隠寮)での6分あまりの長い芝居でしょう。
「地獄・極楽」のシーン以上の長ゼリフのある老師役の川津さんも大変ですが、演出側から見ても大変面白いシーンです。天寧寺の石段のように動きのある派手なシーンではないので、わかりにくいでしょうが、8畳の和室に7人が作法上の位置に座ってしまうと、部屋の入り口側がいっぱいになって、廊下からの出入りのできないほどです。
そこへ陽春が入ってきて全員にお茶を配り、出て行き、さらに老師が入ってくる。
  1. その陽春と老師の出入りをどう見せるか
  2. やってきた7人(忍、戸ノ山、裕太、ルナ、大紀、おさむ、元)がなぜそれぞれの位置に座るのか、納得のいく設定が見つけられるか?子供たちが老師に質問するために来たのだから、子供たちが主で忍と戸ノ山が従になり、裕太、ルナの順で老師と親しいので、奥から裕太、ルナとなるのは判っても、大紀、おさむ、元の3人は普通だと大将である大紀が奥(つまりルナの隣り)のはずだが、それだと色々と都合の悪いことが出てくるので、それをどうするか?
  3. 脚本上、やってきた忍が隠寮に老師が不在なので手土産の明石焼きを案内役の伸隆に渡す設定になっている(これも脚本上の工夫で芝居が複雑になる)ので、最初は隠寮の障子が開いていなければならない。それを誰がいつ閉めるのか?(開けっ放しだと都合の悪いことがいくつかある)
などなど、パズルを組み立てるように頭の中で色々と登場人物を動かしてみて、最善の人の動き、並べ方を見つけていきます。
結局、(1)は老師と陽春の格の違いを出すように芝居を組み、Aは「かりん糖」の力を借り、Bは忍が伸隆に明石焼きを渡すときに言うセリフの前で、チラリと隠寮の中へ目線を走らせるという細かい芝居を付け加えて、障子は陽春が閉めるということで解決をつけました。
ちょっと専門的過ぎるかもしれませんが、録画して何度もご覧になる方も多いようなので、こんな見方もあるということで楽しんでください。

第33話(この回の解説は放送後にごらんになることをお勧めします)

私は「ピュア・ラブ」がこれほど女性の視聴者の皆さんに支持されているという理由のひとつに、この台本は女性脚本家の宮内さんらしい細やかな生活感覚が大切にされているということがあると思っています。
たとえば22シーン(木里子の病室)では、陽春が手土産を持ってきてこう言います。「私のお見舞いはいつも気の利かぬものばかりですが、この季節は寺の庭には栗も柿もなっておりませんので、斎座(昼食)の惣菜を少し多めに炊いて持って参りました」そしてト書きには「…といって頭陀袋から汁が出ないようにビニールでしっかりとくるんだ瀬戸物の蓋付の器を出して、テーブルの上に置く」と書いてあります。普通の女性脚本家ならト書きにここまで詳しく書かれないし、こんなセリフもなかなか出てくるものではありません。
そしてその陽春手作りの惣菜は、最初は「人参とずいきと軸三つ葉を豆腐で白和えにしたもの」だったのですが、ドラマ上の季節が5月末という設定だったので、別に病院にカレンダーが掲げてあるわけではありませんが、再考の結果、宮内さんは腐りやすい豆腐を避けて「ひじきと人参と油揚げと大豆を炊き合わせたもの」に変えられました。
こういうこだわりが全編にみなぎっているので、無意識のうちにひきつけられてしまうのだと思いますが、皆さんはどう思われますか?

第34回

この回は木里子が末梢血幹細胞移植(まっしょうけつ・かんさいぼう・いしょく)という新しい移植法を提示されてお話が大きく動く回ですが、それは放送をみていだたくとして、脇の話として、ちづるや真をめぐって忍や戸ノ山の人間的な優しさ、人の好さが一段とクローズアップされるシーンが用意されています。
忍、戸ノ山ファンの方、二人の細かいお芝居をお見逃しなく!
さらに忍が移動教室(修学旅行)に行く裕太のためにおにぎりを2つ作るのですが、その中身の具は何だと思いますか?裕太の大好物ということになっていますが、なかなかユニークなものです。
これも33話の解説でふれた宮内さん独特の生活感ですね。それからもうひとつ、陽春が書写(勉強するために書物などを書き写すこと)を始めます。「ピュア・ラブ」では臨済録(臨済宗の祖である中国の臨済の言動を弟子が書きとめたもの)を書写し終わって、それを「ピュア・ラブU」では天寧寺まで持っていっていましたね。
自分で作った写本は禅僧にとって宝物なのですが、今回、書写し始めるのは、碧巌録(へきがんろく)という千年ほど前の中国の名僧・雪竇(せっちょう)が唐代の禅僧たちの言動を集めて詩の形式で編集したものに、さらに圜悟(えんご)というこれも有名な僧が後に解説や論評を付け加えた禅の教科書として非常に大切な書物で、これは臨済録の何倍もの量があり、書き写すのは大変なことですが、これが後に重要なシーンに使われますので、よく覚えておいてください。
なおこの碧巌録(碧巌集ともいう)は、文庫本として上・中・下の3冊に分けて出版されていますので、興味のある方はどうぞ。

第35話(この解説も放送後にごらんいただくことをお勧めします)

さまざまな形の愛情が示されて、なかなか考えさせられることの多い回ですが、ここではこの回で私が一番気に入っているセリフを紹介しましょう。
シーン26(血液内科・白井医長の部屋)で、木里子のドナーになることが決まった陽春に白井が末梢血幹細胞移植について説明する次のようなセリフがあります。
白井「ただ、長期的に見た場合、移植のため、陽春さんに使用しなければならないG−CSFという薬が、陽春さんの骨髄の細胞に何らかの悪い影響を及ぼしていないという保証はありません。ですから末梢血幹細胞の採取を行ったドナーの方には、長期にわたって健康を調査させていただくことになりますが、よろしいですか?」
それに対する陽春のセリフが、よく考えていただくとわかるのですが、陽春の木里子への愛に満ちたすばらしいセリフなのです。そのセリフは「それは義務づけられるのですか?」というもので、これは訳すると「もし義務でなければ申し訳ありませんが私の健康チェックはお断りしたいのです。検査して万が一私の健康に問題が生じたことがわかると、ドナーとしての資格を失ってしまいますから。木里子さんを助けることが出来るのなら、私はどうなってもよいのです」ということになるわけですから。
それに対して白井医師は「義務付けるのではありませんが、差し支えない限り、お願いしたいんです」と分別ある医師らしい応答をし、それに対し陽春は個人的な感情で白井医師に迷惑はかけられないと判断して(もし検査を拒否して健康に問題が起きれば、白井が責任を問われる可能性もある)、「わかりました」と答えます。このやり取りで白井も陽春の木里子に対する愛情の強さ、深さを再認識するということになるわけです。