祇園囃子


水無月も半ばも過ぎると、鉾町界隈からはもうお囃子の音が聞こえてきてます。「コンコンチキチン、コンチキチン」て、ものごころついたときから聞いてきた、このお囃子を聴くと、ことしも祇園祭がはじまるんやなぁて肌で感じます。祇園祭は宵山や山鉾の巡行がよう知られてて、三日間くらいのお祭りやと思われてますけど、実はその他にも色々たくさんの行事があって、一ヶ月近うつづくお祭りなんです。

祇園祭は祇園会(ぎおんえ)ともいいますけど、ようは八坂さんの一連の神事なんです。わたしら中京で育ったもんにとっては、氏神さんの祭事でっさかい、ゆうたら、いちばん大切なお祭りですわなぁ。せやけど、ここ数年は人混みがおっくうで、あんまり行ってしまへん。こんなんでは罰あたるし、ことしは出来るだけ、顔を出さなておもてます。いつも持ち歩いてる、八坂さんで頂いてきた青龍の石(※1)を握りしめて、そう誓うて帰ってきました。

 お稚児さん


祇園会(ぎおんえ)はお稚児さんの「お千度詣」から始まります。神さんとお稚児さんとの初顔合わせですなぁ。お稚児さんは、祇園祭の象徴で、「長刀鉾」に乗って神さんの代わりにお祭りを仕切るのがお役目です。

昔はお稚児さんはみんな氏子の家の中から選ばれてました。たんとのお人が観に来てくれはんのは有り難い事ですけど、日本の三大祭りや言うたかて、ようは氏子のお祭りやし、氏神さんにお仕えすんのは、氏子のちょうどええ年格好の子ぉが務めたもんです。ただ、やっぱりお家の格とか、かかる費用のこととかで、なかなか氏子だけではなり手がのうてねぇ..。

お稚児さんには、10歳くらいの男の子が選ばれはんのですけど、選ばれたお家はまあ大変です。行事もぎょうさんあって、学校も休まんならんし、お家も仕事どころやあらへんようになります。なんやかんやで、相当な出費も覚悟せなあきまへん。せやけど、京都のお家にとって、自分とこの男の子がお稚児さんに選ばれんのは、そらもう、たいへんな名誉なことです。

手前のことで恐縮ですけど、わたしの亡き叔父も昔、お稚児さんに選んでもろたそうです。それから何十年経っても、祖父は当時のようすをわたしに誇らしげに聞かせてくれました。そん時は、もひとつピンときてまへんでしたけど、今になって思うと、京都の長い歴史に加わらせてもろて、ほんまに有り難いことです。今年も賢そうなお稚児さんが選ばれたゆうニュースを聞きました。きっと立派におつとめを果たされることですやろ。

 宵山



烏丸通歩行者天国

日和かぐら
お祭りがいちばん華やかなんは、宵山やろねぇ。夜店が建ち並び、はんなりした浴衣着た娘はんが、四条通りをそぞろ歩かはって賑わいも最高潮に達します。せやけど、宵山は夜だけやあらへんのです。鉾町の古いお家は「屏風祭」ゆうて、代々のお宝を惜しげもなく、見せてくれはりますし、鉾によっては一般客を乗せてくれはったりもします。菊水鉾ではお抹茶がふるまわれたり、四条が歩行者天国になる前の昼の時間も、鉾町の方々はお客はんへのおもてなしに心くばらはります。

祇園町では、「一力(いちりき)」やら「美濃幸(みのこう)」やら「中村楼(なかむらろう)」やら、そうそうたる料亭やお茶屋はんが会場になって、朝から茶会が催されます。老舗の旦那さんや舞妓ちゃんがお運びしゃはって、そらはんなりしたお茶席です。今年は全部廻ろかおもて、朝から行列並ぶ覚悟してますわ。

わたしの育った店は四条通りに面してましたんで、子供の頃から、この日ぃばかりは店の雑用をてったわされました。仕事を終えて、子供にしてはえらい遅い時間に床に付いたんですけど、お祭りの興奮でなかなか寝付かれへんかったですなぁ。通りの賑やかな人通りの音に混じって、「日和神楽(※2)」ゆうて、それぞれの山鉾から降りてきはった各鉾の囃子方が鳴らす、鐘の音や笛の音が、調子を変えて大きなったり、小さなったり、なんやこの世とは違うとこから聞こえてくるようでした。氏子の子らにとっては、一年でいちばん長い日ぃです。

 巡行〜本祭




神輿渡御
眠い目ぇをこすって学校に行っても、この日ばかりは出欠をとったら、氏子だけは、さっさと下校さしてくれはります。鉾の巡行に立ちあうんは、勉強より大事やとゆうことなんやねぇ。学校を出ると、友達とどこで見るか悩んだもんです。四条河原町の豪快な辻回し(※3)を見にいったり、先まわりして、何回も長刀鉾を追っかけたり..。

「エンヤラサー」、「ソーレ」ゆう掛け声とともに鉾がいごきだす瞬間は、なんともいえん感動があります。宵山で見慣れた鉾ですけど、巡行のときはひとまわり大きく、晴れやかで、誇らしげに見えます。西陣織りに身を纏った、巨大な美術品が炎天下にゆらいで、いごいてる景色は、ちょっと信じられへん気ぃもしますなぁ。山鉾がそれぞれ独特のお囃子を奏でて、目の前をとおり過ぎてゆくさまは、確かに夏の京都のクライマックスやとおもいます。昔は時折、ぱあって鉾から地上へ「ちまき」が投げられて、それも華やかでしたけど、今はのうなってしまったんは残念ですわ。うまいこととれたら、神さんが家を守ってくれはるてゆわれて、照りつけるお日さんに目ぇを細めて囃子方に、「ちまき、投げてぇ」って叫んだもんです。

暫くして、鉾が全部通った後、四条通りに自動車がもどってくると、なんや夢から醒めたようになります。せやけど、お祭りはまだ、おわってぇしまへん。実は、ここまでは祇園会の前座なんですわ。この夜、「神幸祭(しんこうさい)」ゆうて、三つの勇壮な御輿担ぎが、八坂さんから四条寺町の御旅所(※4)に向かいます。夜遅いのにも関わらず、「子供神輿」も登場して、氏子の祭りとしての興奮はこのときがいちばんです。特に「錦市場」の町衆の担ぐ御輿は普段の若旦那とは別人のようで、「ホイットー、ホイットー!」と威勢の良い掛け声も高々しゅうて、古都のイメージをかなぐり捨てた、荒々しい一面を見せてくれます。

御神輿は24日までこの御旅所にとどまります。その後、御輿は「花傘巡行」をはさんで、最後は八坂さんに戻って、真夜中の月明かりのもと神事が執り行われて、来年の出番まで安置されます。祇園会はこの他にも、子供たちの鷺舞や狂言の奉納など、いろんな儀式行事があります。わたしもとても全部はよう知ってぇしまへんけど、ひとつひとつの行事に、一年の思いを込めた京都の町衆の心意気ゆうもんを感じます。祇園会の最後は、他の神社さんから一月遅れの「茅野輪(ちのわ)くぐり」です。京都の他にはあんまりあらしまへんけど、半年の身の穢れを払うて、みなさん大晦日まで、おきばりやすてゆう儀式です。

そうそう、巡行のおこなわれる17日の日ぃから一週間、氏子は御旅所へ詣でますけど、このお参りは、家を出て、お参りして、又戻ってくるまで、どなたとも口をきいたらいかんしきたりなんです。知ったお人に会わはっても目ぇで挨拶を交わさはる舞妓ちゃんや芸妓さんの姿は、神事としての厳しさをたたえてて、それ故、よけはんなりと人を魅了する魔力があるように感じます。毎年ぎょうさんの人を集めるこのお祭りを、ようあらわしてるしてる景色やとおもいますわ。



お囃子の音が聞こえてくると、祖父の誇らしい顔や、祖母の嬉しそうな顔、叔父の張り切った顔、たくさんの人や思い出が胸に蘇ってきます。みんなもう今はこの世にいいひん人らやけど、八坂さんの神さんらと一緒にどっかでこのお祭りを見たはるような気ぃもします。わたしらの暮らしも街も、時が経つにつれ移ろうてきましたけど、このお囃子が聞こえてる間は、今と昔が繋がってるように感じます。なぁんにも変わってへん、今年もまた、ここへ戻ってきました。
記:修学院 式

京ことばピックアップ
よう知られててよく知られてて
近う近く
ゆうたらいってみれば
誓うて誓って
たんとのお人たくさんのお人
なり手がのうてねぇなり手がなくてねぇ
ぎょうさんあっていっぱいあって
せやけどですが
はんなりした華やかな
高々しゅうて高々しくて
知ってぇしまへん知りません
おきばりやす頑張りなさい
いいひんいない
※1 青龍の石(せいりゅうのいし)
八坂さんの本殿の地下にある、龍穴の池で清めた石で、半透明で深い青と、白の2種類あります。八坂さんは都から見て青龍の方角ですさかい、この池に龍の気がいて、わたしらを守ってはるて、ゆわれてます。

※2 日和神楽(ひよりかぐら)
明日の巡行がお天気でありますようにとお祈りして、各鉾町が御旅所までお囃子を鳴らしながら奉納に行かはります。夜中のしみじみしたお囃子は幻想的やとおもいます。

※3 辻回し(つじまわし)
鉾の方向転換です。ハンドルがついてまへんさかい、人力でずるずるぅってひきずって、90度ターンさせます。重い重い鉾の車輪と竹がきしむ音が響きわたります。

※4 御旅所(おたびしょ)
八坂さんからの神さんの霊をお迎えするための施設です、まぁ、祭りの間、神さんを拝む出張所みたいなもんです。

■修学院 式
京都香梅会 会主。京都精華大学 非常勤講師。
京人形の老舗「田中彌」で外孫として育ちました。京都大学農学部造園教室にて日本庭園を学び、現在「京都香梅会」会主として、京の伝統をご紹介させてもうてます。西陣の文化サロン「京都粋伝庵」にて、茶の湯に精進の日々です。

京都香梅会 http://www.ko-bai.jp
京都粋伝庵 http://wabisabi.jp/suiden-ann/
田中彌 http://www.kyoto-wel.com/shop/S81010/


写真撮影:川崎秀典 "京都観光文化写真集 フォト京都.com"資料写真提供


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