京都 町家 徒然散歩


かつて応仁の乱に山名宗全が陣をかまえたことから発した西陣。織物の町として栄えたこの町も、着物離れ・職人の高齢化などから少しずつ過疎化が進んでいました。そんな中、1995年に"ネットワーク西陣"という組織が発足しました。空き町家や空き工場の有効活用を促進する事が目的のグループでした。その活動をきっかけに、多くのアーティスト達が職住一体の機能(LIVE & WORK)を持った町家に興味を示し入居を始めました。その数は130件以上にも至り、彼らの作品展が開催されました。その活動はやがてニューヨーク州ピークスキル市との交流に発展し、現在は住民レベルでの国際交流にまで至っています。
その活動の火付け役となったのが、佐野充照さんと、その相棒のフリーカメラマン小針剛さんでした。
佐野充照さんに、それらの活動を通して入居したアーティストの活動やエピソード、町の風景などを織り交ぜて、お話を聞いていきたいと思います。

 第18回『西陣ファクトリーガーデンなど空き工場や空き校舎の利用』




ネットワーク西陣の仲間である西陣ファクトリーガーデンは、北座から1分ほどの距離にあるネクタイ工場跡地で、ネクタイ製造会社の財木孝太社長から借り受けたものだ。

照明デザイナー岩村源太さんやコンピューターグラフィックデザイナー吉田尚美さん、吉田幸代さんなどが中心となって、展覧会やミニコンサート、演劇などを行っている。メンバーは初期のころからすると変遷があるが、基本的には、アートの種を蒔くという意味の「シード」精神は、脈々と受け継がれている。これは、元は織物工場であった所が、その広い空間を有効利用するアーティストたちによって、蘇った例である。

あれから、相当な時間が経過しているが、今も時々、斬新なアート空間として新聞などマスコミに登場している。}

もう1つの例は、廃校になった地元小学校を利用した、「リオ カーニバル イン 西陣」。その名の通り、リオのカーニバルから命名したイベントで、リオのダンサー10人ほどを招き、「地元の人たちと一体感のあるイベントをやろう」という目的で行ったもので、2年連続実行した。

無料イベントということで、3年目は資金難でできなかったが、廃校の小学校跡地や現役中学校を使った巨大なイベントを行うことによって、アイデアや実行力さえあれば、なんでもできるんだということを印象づけられたことは、とても良かったと思っている。

自分たち実行委員にとっても、自信になったし、見に来てくれた地元の人たち、一緒に踊ってくれた人たち、サブイベントのフリーマーケットや前座をつとめてくれた人たちにとっても、一体感のあるものになった。

まさか、リオから直接呼んでくるわけではなく、日本公演を引き受けているプロモーターとコネクションがあったからこそ、大坂公演の合間をぬって、やってきてくれたのだった。そして、前座は、私が万葉粥の宴()などで個人的に知り合いになった演奏家や、創立まもない「和太鼓ドン」(今では、立命館大学のサークル枠を越えて、いろんな大学生が参加している半プロ集団になっている)、南アフリカからやってきていたジャンベ奏者など、さまざまなコネクションを駆使し、作り上げてきた。

フリーマーケットは、西陣楽市楽座桃山文化村を立ち上げた経験から、簡単に動員できた。このときには、西陣に学校を構えていたインターナショナルスクールの保護者によるバザーや郵便局による切手販売なども盛り込んだ。

スタッフは、わたしたちネットワーク西陣のメンバーと、まちづくりに参画していた立命館大学の乾ゼミの生徒たちを動員し、連日夜中までうち合わせなどを行ってきた。

こういうイベントであっても、わたしたち素人のようなものが成功に導くことができるということ、これは自信にもなったし、商店街などが協力し、智恵と実行力さえあれば、これぐらいの規模のことが出来るんだということを示す結果となった。
記:佐野充照

■佐野充照(さの じゅうしょう)
法華宗僧侶。本門法華宗妙蓮寺塔頭円常院住職。
住職の仕事をするかたわら、「町家倶楽部ネットワーク」の代表としても京都の町家
を活用していく取り組みをおこなっている。

人と人、人とモノ、人とまちを結ぶ仲人「町家倶楽部ネットワーク」
http://www.machiya.or.jp


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