京都 町家 徒然散歩


かつて応仁の乱に山名宗全が陣をかまえたことから発した西陣。織物の町として栄えたこの町も、着物離れ・職人の高齢化などから少しずつ過疎化が進んでいました。そんな中、1995年に"ネットワーク西陣"という組織が発足しました。空き町家や空き工場の有効活用を促進する事が目的のグループでした。その活動をきっかけに、多くのアーティスト達が職住一体の機能(LIVE & WORK)を持った町家に興味を示し入居を始めました。その数は130件以上にも至り、彼らの作品展が開催されました。その活動はやがてニューヨーク州ピークスキル市との交流に発展し、現在は住民レベルでの国際交流にまで至っています。
その活動の火付け役となったのが、佐野充照さんと、その相棒のフリーカメラマン小針剛さんでした。
佐野充照さんに、それらの活動を通して入居したアーティストの活動やエピソード、町の風景などを織り交ぜて、お話を聞いていきたいと思います。

 第5回『妙蓮寺万灯会』



小針剛をそそのかしたちょうど同じころ、妙蓮寺で私は、開創701年目の新しい行事を企画しようとしていた。

私は、ただのイベントではなく、地域の活性化としても意味のある、一般に開かれた行事として万燈会復活を提案した。

それは、天明の大火で中断してしまった奉納画の展示で、復活すれば207年ぶりとなる画期的な行事だ。

全国の著名画家から新進気鋭の作家まで、幅広く奉納を募った。

この行事を行うためには、多くの困難があった。そのためにアイデアを提供してもらったり、お手伝い願った人たちの数は、延べ人数にすれば、200人以上に上る。


[西陣楽市楽座桃山文化村]


多くの人の協力によって、着々と万灯会の準備が進む中、広く一般の人にも来てもらおうと、同時開催の手作り市・フリーマーケットを企画提案した。

いかにして出店者を募集するか、募集のチラシや協力者を探すこと、その協力者と一緒に募集にゆくタイミング、マスコミなどへの情報提供はどうするのかなど、問題は山積みであった。

初めての取り組みであるため、各地のフリーマーケット会場や神社仏閣の市を回って、出店依頼、開催告知チラシを配りまわった。

恵まれたことに、京都は、けっこう、大きい寺社の市やフリーマーケットが催されていたので、助かった面がある。

迎えた10月、はじめての取り組みである万燈用の奉納画が次々と到着してきた。
最終では、135人230枚にのぼる奉納画が集まった。

これは、いかに寺院というものが、今でも公共性や日本人の心の底に流れる何かをもった施設であるかということを示す数字でもある。

このことを謙虚に受け止め、寺院の果たす役割を考え直すことが必要だと思う。

万燈会はいうまでもなく大成功をおさめ、年一回限りであったはずの手作り市・フリーマーケットが出店者・お客さん双方の要望によって、『西陣楽市楽座桃山文化村』と名付けられて、毎月12日に開かれることになった。

このようにして、ばたばたとして始まった妙蓮寺の万灯会と手づくり市・フリーマーケット「西陣楽市楽座桃山文化村」であったが、両方とも現在も堅実に続いている。

毎月、勧誘の努力を続け、妙蓮寺に出店してもらった出展者が出ている他のフリーマーケット会場に行って挨拶したり、ゆっくりしゃべったり、新しい人を誘ったり、努力は続くのであるが、自分にとって楽しいことは、横から見ると、まるで遊んでいるように見えるようだ。

マーケット会場をぶらぶら、朝から晩まで、出展者や買い物客と話し込んだり、買い物したり、たこやきやケーキを食べたりしているのだから、遊んでいるのと変わらない。

が、ここがポイントなのである。他から見たら、遊んでいるように見えるかもしれないが、このように時間をかけて、楽しみながら、一緒に話すこと、買い物すること、共通の話題を見つける事、そういうことの積み重ねが人と人のネットワークを築くのである。
こうして、1995年の9月から10月にかけて、妙蓮寺と私の西陣における個人的活動とが連動しだしたのである。
記:佐野充照

■佐野充照(さの じゅうしょう)
法華宗僧侶。本門法華宗妙蓮寺塔頭円常院住職。
住職の仕事をするかたわら、「町家倶楽部ネットワーク」の代表としても京都の町家
を活用していく取り組みをおこなっている。

人と人、人とモノ、人とまちを結ぶ仲人「町家倶楽部ネットワーク」
http://www.machiya.or.jp


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