京女、まことちゃんが行く!


京都で現役祇園芸妓ヴォーカリストとして活躍する"MAKOTO"がお届けする京都コラム。


 第8回『ちんぷんかんぷん』



2007年、おめでとうさんどす!
今年も「京女まことちゃん」をよろしゅうおたのもうします。

余談ではありますが、
最近は 歌手活動の方で CLASSの津久井克行さんと
「東男と京女」というタイトルでライブ活動をし始めてます♪
「京女」っていうのがよろしおすねぇ〜(笑)

さてさて、、お話にゆきましょう。

置屋さんに住み込んで初めて夏に
“初舞台”を踏ませて頂く事になった。
井上流を習う 芸舞妓さん以外の方々が出さてて頂く会の『弁天会』。
同時期くらいにお稽古を始めた 仕込みさん達と3人で
「春雨」を舞わせて頂いた。

同期の二人は一つ年下。
まだ中学に通っていたので学校が終わってからお稽古に来る。
ですので、私のお稽古は一人だった。
同期となる二人は置屋さんから八坂中学に通っていたので
お稽古は二人でしてはったという事になる。

とにかく
私ら3人は舞台に立つも何も“ちんぷんかんぷん”なコトばかり。

置屋さんのお母さんに「会に出してもらいますぅ」っと報告。
お母さんは「お姉さんのところに“おたのもうします”て
ご挨拶にいっといない」っと。
置屋さんで一緒のお姉さんに

どのお姉さんにご挨拶に行くのかを教えて頂き、
「なんで こんなたくさん知らない人の所まで行くのやろ?
・・・・・こわいなぁ、、」なーんて思いながら
着物を着て 何軒かご挨拶に行った。

そして、本番の日。
筋のお姉さんに いろんな方に
「おたのもうします」とご挨拶をする事などを教えて頂き
初の舞妓さんのような姿をさせて頂く。

その姿は 舞妓さんのお座敷見習い期間と同じ格好でした。
地毛で上を結って頂き、だらりの帯が半分の長さ。
舞台なので白粉屋さんに
顔を塗っていただいて 初めての舞妓さん姿の印象は
「あれ、、あんまり、、、可愛くない」でした(笑)

時代祭の時は桂をかぶるので 顔をはぶたいで持ち上げ
少し つり目のキリっとした表情になったので
白塗りが絶対似合うと思い込んでいたのもあり
ちょっと、がっかりした覚えがあります。

思い出の初舞台 「春雨」。
未だに その舞は大好きな 大切なレパートリーです。

そろそろ、舞わせていただいても良い時期が来ました。

初心を忘れず!!
今年も頑張りたいと思います。

記:MAKOTO


※祇園甲部(ぎおんこうぶ)
祇園における八坂神社より西側を花見小路通で分けた南北に走る4分割の北東の一画を祇園東と呼び、それ以外を祇園甲部と称す。

MAKOTO
photo by Yuto HIRAKAKIUCHI
■プロフィール"MAKOTO"
生粋の京都生まれの祇園芸妓。幼少の頃より洋楽に親しみ、16歳で祇園の舞妓「真箏(まこと)」(祇園甲部歌舞会所属)となり、21歳で芸妓に成る。平成13年に「井上流の名取り」となる。
2001年に「MAKOTO」は北島健二をプロデューサーに迎え、自身のオリジナルアルバム「MAKOTO」でトライエムよりメジャーデヴュー、翌年2002年1月には藤井フミヤ、尚之兄弟の作品で初マキシシングル 「MINE」を発表、5月には織田哲郎作曲でセカンドマキシシングル「SPRING MUSE」6月にセカンドアルバム 「To be or not」を発表。
2002年7月〜9月、京都のエフエム局アルファステーションのイメージアーティスト としてラジオのパーソナリティを担当。
現在「真箏」として伝統芸能の習得に日々精進をしつつ、なおかつアーティスト「MAKOTO」では京都を中心としたライブ活動や当エンターティンメントサイトの立ち上げ、運営なども手がけ、さらに文化人として各種出版物にコラムを執筆したり、講演活動などにも精力的に参加している。

MAKOTO
http://www.fan-g.co.jp/makoto/
真箏
http://www.chimalabel.com/


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