京都のお地蔵さん

京都を歩いていると、しょっちゅうお目にかかるのが小さな石のお地蔵さん。朝には近所のおばさん方がお地蔵さんにお線香をあげたりお掃除する姿もよく見かけます。今回はお地蔵さん行事と絡めて、私の出会った素敵なお地蔵さんをご紹介したいと思います。
ちょっとした知識がないと名前を覚えるのも見分けるのも難しい仏像の中で、まん丸頭を見ればすぐにわかる「お地蔵さん」の正式名は、地蔵菩薩。 観音菩薩、弥勒菩薩、文殊菩薩などと同じ菩薩様ですが、他の菩薩様と違ってお寺の中よりあちこちの道端にまつられていることが多く、私達にも身近な存在です。
お地蔵さんは、弱い立場の人を救う菩薩様として、昔から特に庶民の間で篤い信仰をうけてきました。弱者といえばお年寄りや子供、病人等を指すのでしょうが、現代ではワーキングプアな若者からも人気を集めそうな、時代にピッタリの菩薩様ですね。

京都でお地蔵さん行事といえば、「六地蔵めぐり」と「地蔵盆」でしょうか。仏教行事というより、生活に混ざりこんだ民間信仰の色合いが濃いようです。
なかでも8月下旬に行われる地蔵盆は、町内ごとに行われる子供のための行事。子供の守り神ともいわれるお地蔵さんが、賽の河原で鬼にいじめられる子供達を助ける話は、皆さんも聞かれたことがありますよね。
地蔵盆では、お地蔵さんの前に近所の子供達が集まって、ゲームをしたりお菓子を食べたりして遊びます。私も小学生の頃は、地蔵盆といえば夏休み最後の打ち上げパーティみたいに思っていました。スーパーでも地蔵盆の参加賞にしてもらおうと「地蔵盆用お菓子の詰め合わせ」が登場するんですよ。
子供達の遊び場が作りにくい場所のお地蔵さんは、特設舞台に出張することもあり、鮮やかな赤毛氈の壇上にいるお地蔵さんは、まるでお雛様のようです。雛壇には嫁入り道具の代わりに色んなお菓子や玩具が並べられています。
子供達が「数珠回し」をする町内もあります。この時に使う数珠は子供10人が並んで抱えても余るほど長い数珠で、お坊さんの読経に合わせて子供達もナンマイダーナンマイダーと回していきます。
ところで、石に絵の具で顔や体が描かれているお地蔵さんをみかけたこと、ありますか?「化粧地蔵さん」って呼んでいるのですが、地蔵盆にお化粧直し、つまり顔や体を描き直す町内も多く、毎年ちょっとずつお顔が変わっていくんです。よく見ると近所のお姉さんに似ているお地蔵さんや、アートな感じのお地蔵さんもいて面白いですよ。
大人向けのお地蔵さん行事といえば、「六地蔵めぐり」。毎年8月22日から23日までの2日間、京都から地方へのびる六つの街道の結界に置かれたお地蔵さん(※)が公開されます。
この期間に6ヶ所のお地蔵さんにお参りして、各寺の「お札」を集めて家の入り口に吊るしておくと、一年間の厄病退散、家内安全、福徳招来のご利益があるそうです。そういえば玄関に祇園祭の厄除け粽と一緒に、色とりどり(白2、赤、緑、青、黄色)の護符を束ねたものが飾られているのをよく見かけます。あれは六地蔵めぐりの証だったんですね。
六地蔵めぐりリピーターにはご年配の方が多く、最近では6ヶ所を効率よく参拝できるツアーもありますが、昔は2日間かけて徒歩で京都市内を囲むように配置された六つのお地蔵さんをまわられたそうです。今年、私は自転車とバス等の公共交通機関を使ってまわりましたが、かなりの時間を要しました。歩くしかなかった時代には、深夜や朝方になってやっと到着する参拝者も多かったため、今でも6つのお寺は、この2日間に限り夜通し開門しています。私も暗くなってから訪れたお寺があったのですが、夜は夜で灯りが美しく、いい雰囲気でした。

この六地蔵めぐりのお地蔵さんは、等身大以上もある大きなお地蔵様で、もとは一本の桜の大木から作られた6体なのだとか。装身具もきらびやかで、お顔もいわゆる美形です。
初めての六地蔵巡りで「けっこう派手で大きなお地蔵様」を見た時は、ビックリしました。
それまで私は、お地蔵さんといえば化野念仏寺などで見る小さくてシンプルな石仏・石塔を連想していたんですね。
その化野念仏寺で、8月23日~24日に行われる「千灯供養」は、賽の河原を模した「西院の河原」で無数の石仏や石塔に供えられた和蝋燭の灯りがゆれる幻想的な夏の行事です。
8月24日には、近くの清涼寺境内にある嵯峨薬師寺で「送り地蔵盆」も行われます。ここは「生六道」(しょうろくどう)があった福正寺から数百mほどの場所にあるお寺です。「生六道」というのは、平安時代に毎夜、東山・六道珍皇寺の空井戸から冥土の閻魔様の元へ通勤していた小野篁(おののたかむら)が、こちらの世界に戻ってくる時の出口にしていた空井戸。残念ながら福正寺は廃寺となり井戸も現存していませんが、小野篁作と伝わる「生六道地蔵菩薩像」は、ここ嵯峨薬師寺に移されました。
送り地蔵盆ではそのお地蔵さんの前に、生御膳(なまごぜん)という7種類の野菜でこしらえた帆掛け舟型のお供えがいくつも並びます。帆は湯葉で、舟は南瓜や茄子を、帆のてっぺんにはミニトマトやしし唐・・・というカラフルな舟に乗って、お精霊さんがあの世に帰られるそうです。ちなみにこのお寺が一般に公開されるのは、一年に一度、この日だけ。私のマニア魂が刺激され、満たされた行事でした。
ここで、ちょっと珍しい名医のお地蔵さんをご紹介しましょう。
歯痛には伏見の「ぬりこべ地蔵」、痛みには千本今出川の「釘抜き地蔵」、不妊・難産には五条河原町の「世継地蔵」、できもの系の病気(癌など)には宮川町南の「洗い地蔵」。こんな風に京都には、神頼みならぬ地蔵頼みで専門化したお地蔵さん達がおられます。それぞれ苦しみを癒すための独自の作法があり、科学や医学の進歩した現代でも不思議な霊験を求めて、沢山の方が参拝に来られます。
例えば「洗い地蔵」さん。こちらの井戸にはバケツと柄杓、長靴とタワシが常備してあり、これを使って何度も何度もお地蔵さんを洗います。体の治してほしい部位は特に念入りに洗って、最後にお地蔵さんにかけたお水をもらって帰ります。
それがお参りの方法だと知らなかった私は、腰の曲がったご老人が満々と水の入ったバケツを運ぶのをみて、「手伝いましょうか?」と声をかけたら、やんわり断られました。(笑)
毎日来られる方も多く、なんと、お地蔵さんを洗う順番待ちの行列ができるほどです。水質検査をクリアーした井戸水とはいえ、「お地蔵さんを洗った水を飲むの?」と、最初は不安だった私も、次々ときれいな井戸水で洗い流されるお地蔵さんを見ているうちに、全く抵抗なくお水を頂いていました。
最後にちょっと気になっている、消えてしまったお地蔵さんの話を。
小さなお地蔵さん達って、いつのまにか増えたり、いなくなったりするんですよね。
実は私には、もう一度会いたいお地蔵さんがいるんです。
何年も前、大原にあるお寺へ紫陽花を見に行った時に出会った口紅地蔵さんです。
境内の隅っこにひっそりと佇む口紅地蔵さんは、小さな女の子がこっそりナイショでお母さんの口紅をつけているみたいで、とても可愛かったんです。ところが、数年後、再訪したときには姿を消していました。散々探したのですが、みつかりません。お寺の方に聞いても、以前おられたことさえあやふやな感じでした。大人になって、お嫁にいっちゃったのかな?


※ 六地蔵めぐり ・・・ 奈良街道は大善寺の伏見六地蔵、西国街道は浄禅寺の鳥羽地蔵、丹波・山陰街道は地蔵寺の桂地蔵、周山街道は源光寺の常盤地蔵、鞍馬街道は上善寺の鞍馬口地蔵、東海道は徳林庵の山科地蔵。

文・写真:星野 佑佳

■星野 佑佳(ほしの ゆか)
京都市生まれ、在住の女性カメラマン。エッセイニスト。
2000年、海外放浪の撮影旅に出、帰国後自然風景や旅風景を求め、日本全国を旅しながら撮影。桜を追いかけて全国を旅する女性カメラマンとして、TBS系のTV番組に出演。2005年頃から再び、地元である京都の風景や行事を中心に撮影、現在に至る。

 2007年度クラレ社の企業カレンダー(B3サイズ14枚)
 JR北海道 2007年春の海峡物語キャンペーンポスター(2007年4月著)      ほか

夢は「今までの旅で撮影した写真をフォトエッセイ集としてシリーズで出版すること」


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