• 篠山紀信(写真家)
  • 2012年10月 9日(火)
  •  作品のキーワードは「時代」だった。
     時代の断片、時代の先頭、「時代は動いてるんだから」、時代の伴走者、時代の顔、時代の記憶、写真家の存在は消え時代だけが残った……。
     9月9日オンエアの、写真家・篠山紀信さんの回――ナレーションや篠山さん自身の発言に登場した「時代」は、視聴しながらメモをしただけでも、こんなにたくさんあった。
     大きな言葉である。強い言葉でもあるし、響きの良い言葉でもある。だからこそ、安易に多用すると、ヘタクソなJ・POPの歌詞さながらに鼻持ちならないクサみも発してしまう、怖い言葉なのだ。だが、1970年代から今日に至るまで、それこそ「時代の先頭」を走りつづけた篠山さんは、みごとな説得力でその言葉を背負うに価する存在として描き出されていた。

  • 戌井昭人(作家)
  • 2012年9月20日(木)
  •  2003年4月からお世話になってきたこのコーナーの連載も、残すところあと2回。9年半・全114回の連載というのは、25年以上にわたる物書き人生でも最長の記録となった。ありがたい話である。関係各位に心から感謝する。
     さて、たとえテレビの素人の感想文とはいえ、9年以上も『情熱大陸』の視聴をつづけていれば(毎月平均4作として、450作以上も観てきた計算になる)、多少なりとも視聴者として鍛えられる。ドキュメンタリーの方法論について、自分なりにわかったつもりの部分もないわけではないのだが、もちろん、それはごく一部。さまざまなタイプの作品を観れば観るほど「正解」がわからなくなり、ドキュメンタリーの奥深さを思い知らされることのほうがずっと多かったし、その難しさに触れられたことこそが僕にとって連載の最大の収穫だったのだ。

  • 桂文枝 (落語家)
  • 2012年8月20日(月)
  •  前半で提示された謎や問いかけがすべて解決し、ちりばめた伏線もことごとく回収され、必要不可欠な場面や言葉が最高のタイミングで登場し、無駄な饒舌とは無縁で、エンディングの着地もピタッと決まる――そんな名人芸のような物語は、小説でもドキュメンタリーでも、ほんとうに気持ちがいい。割り算でいうなら「余り」なしの感覚である。
     だがその一方で、形がみごとに整いすぎた物語には、微妙な物足りなさも残ってしまうのも確かなのだ。
     つくり手の思惑を超えたアクシデントや、筋書きからはずれてしまった言動、うまくはめ込む場所の見つからないエピソード、落としどころがわからないままになってしまったつくり手自身の迷い、さらには主題や人物の内面に「迫りきれなかった」という苦い悔恨……そういったものが必ずしもマイナスになるわけではなく、むしろ逆に作品の大きな魅力になりうるというのが、物語の難しい、だからこそ面白いところである。

  • 井上真央が撮る小田和正(女優/ミュージシャン)
  • 2012年7月17日(火)
  •  異論が出るのは承知の上で、あえて申し上げておくのだが、「人物ドキュメンタリーの醍醐味とは、被写体をめぐるさまざまな関係性をどう描き出すかにある」――というのが、僕の持論である。
     被写体をただ中心に据えてアップで映し出すだけなら、それはプロモーションビデオと変わらなくなってしまう。そうではなくて、その人物にとっての「自分/社会」「自分/時代」「自分/他者」のかかわりを、どうとらえるか。あるいは「公/私」や「理想/現実」のバランス、「過去/現在/未来」のつながり……。それらの根底にある最も大切な関係性こそが、「撮る/撮られる」なのだ。
     特に『情熱大陸』のように長期取材を敢行する場合、最初はお互いに手探りだった被写体とスタッフとの関係性がロケを重ねるにつれて変わっていく、いわば「行間のドラマ」が欠かせない。それが本筋の物語を支える力にもなるし、被写体の人間的な魅力を伝えるエピソードにもなる。
     それを思うと、六月十日と十七日、二週連続でオンエアされた『井上真央が撮る小田和正』は、とても大きな賭けだった。

  • 中村美里 (柔道選手)
  • 2012年6月20日(水)
  •  またオリンピックの季節が巡り来た。『情熱大陸』のラインナップにも五輪選手の名前が目立つようになった。番組の放送開始は1998年4月のことだから、2000年のシドニー、04年のアテネ、08年の北京、そして今年のロンドン——さすがに長寿番組、つごう四度のオリンピックを経験することになるわけだ。
     それにしても、オリンピックでもサッカーのW杯でも、「4年に一度」という間隔は、じつに絶妙ではないか。これより間隔が短いとあわただしすぎるし、長くなると間延びする。特にアスリートの現役生活が長くなったいま、オリンピックは「一生一度の晴れ舞台」という従来の物語に加え、「連覇」や「雪辱」という新たな物語の舞台ともなっているのだ。「2年に一度」では連覇や雪辱のありがたみが薄れ、「8年に一度」では連続出場は現実的にほぼ不可能——5月20日オンエアの柔道選手・中村美里さんの回も、まさに「4年に一度」ならではの物語だったのだ。

1963年3月6日、岡山県生まれ。
早稲田大学教育学部卒。
出版社勤務を経て田村章など多数のペンネームを持つフリーライターに。
91年『ビフォア・ラン』で作家デビュー。
99年『ナイフ』が坪田譲治文学賞、『エイジ』が山本周五郎賞を受賞。
『ビタミンF』で第124回(2000年/下半期)直木賞を受賞。
小説作品に『定年ゴジラ』『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』他多数がある。また『世紀末の隣人』『ニッポンの課長』などのルポルタージュ作品もてがける。
近著に『星をつくった男 阿久悠と、その時代』『十字架』『峠うどん物語』がある。