1月29日(日) 放送

環境に恵まれた素朴な暮らしを夢見て都会から福島県に移り住む人たちは少なくない。元キャリア官僚の関元弘さんや大阪でサラリーマンをしていた海老沢誠さんもそんな人たちだ。ところが地元の人たちと親しくなり、農作業にもなれてきた矢先、東日本大震災が起きる。風評被害を心配したが、友人たちが販売ルートを確保してくれるなどさまざまな支援をしてくれた。それに応えようと2人は、福島の農産物を守るために日々、汗を流す。
去年3月に起きた東日本大震災をテーマに番組が制作できないかと考えた私が、初めて福島に入ったのはまだ、夏の余韻が残る去年9月の終わりです。移動する電車の窓から外を見ると、収穫を間近に控えた稲穂が風に揺れる光景がきれいでした。関西に住んでいるとすぐにはピンと来ませんが、福島は首都圏に住む人たちにとって田舎暮らしに憧れを抱いた時、真っ先に思い浮かべる場所だそうです。中でも福島県二本松市に合併された旧東和町の農家の方々は、移住者を積極的に受け入れてきました。この地を私が訪れた理由は、就農を夢見て福島にやってきた人たちがいま、どのような思いで生活しているのかということを知りたかったからです。ちょうどその頃は、米の放射性セシウムの予備検査で二本松市産の「ひとめぼれ」から、国の暫定規制値と同じ値を検出したと発表したばかりでした。旧東和町に住む農家では、将来に不安を抱く声が多く聞かれましたが、その中に「原発事故はすでに自分の中で整理がついた」と言う人がいました。その人こそ今回の番組で紹介した元官僚の関元弘さんでした。「この地域や人が好きで、住み始めた。良いことも悪いこともひっくるめて引き受ける」という関さんの言葉を私は、重く受け止めました。しかし、静岡での農産物の販売に同行取材したとき、商品がなかなか売れない現実に戸惑う関さんにかける言葉が見つかりませんでした。福島では春からの本格的な耕作再開を目前に控えています。福島県産の農産物を敬遠する消費者にも安心して食べてもらえるように対策を講じようといまも多くの関係者が奔走しています。さまざまな困難に直面しながらも、惚れ込んだ福島の土地にとどまり、安全でおいしいと消費者から喜ばれる農産物を育てようと懸命に頑張る人たちに私は、心からのエールを送りたいと思います。